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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第三章

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3-2『循環』

ルカが罪人であったか否かは、全軍の士気に関わるところであったから重臣らは彼女の罪を濡れ衣だったと公表した。大剣を受け取ったあと、すでに牢屋を出されていたルカは清らな白布を広げられ、体中を磨かれていた。


垢を落とされ、剣で削いでいた髪が整えられる。体が軽くなり、生まれ変わったようだった。使ってもなおくすみ一つない白布を持ち帰ってもよいかと訊ねると、使用人たちは妙な顔をして肩をすくめる。


「なんと女であったのか」振り返ると大男が快活に肩を叩いてきた。

顔から胸に視線が流れ、微動しないルカをみてさらに厚い頬の肉を羽ばたかせる。豪快で不躾な男だったが、ルカは仕事上そういった男と付き合いがあった。顔は笑っているのに些細なことで声を荒げ、物を壊し、人を殴る。目の前の男の重厚な衣服や装飾、使用人たちの反応からみて不忠を向ければ相応の報いがあるのだろう。男の笑顔の中には冷たい侮蔑も張り付いているように感じられた。


「なんとも凛々しい顔をしていたから男かと思ったのだ、許せよ。そうか女とは……神官殿、そんなところに居ないでここへきてみろ。まことに女の体だ」


扉の外に立ったまま固まっていた男が、びくりと弾かれて入室してきた。いかにも気弱で人目を気にしている。お前も見習って叩いてみろと勧められた痩躯の神官は譲られるままにルカの前に出たが、濡れた髪の隙間から睫毛を揺らした女を前にして、うっと顔を顰めて顔を逸らした。


そそくさと元の場所に戻ると、腰に下げている鈴が鳴った。美しい余韻がルカの中にあった確たる思考を取り戻させた。かつて、空を横切った鳥の声を弟妹は美しいと言って追いかけたのだ。二つの小さな背中の尊さに花冠を仕上げる指がとまった。


脱出の隙を探し始めたルカをよそに、神官は儀式を始めた。鈴を鳴らしながら紡がれる言葉は昔語りのようでいて、呪詛のようでもあった。


「よくしていただいてとても嬉しいです。ですが私は行くべきところがあります」

「よくぞ言った」大男は口元だけで笑っている。


広げられた武具、数日分の食料、馬革の巾着袋。使用人の手が左右から伸びて、ルカをあるべき姿に飾っていく。廊下にでると並木道のように兵士が並び、ルカの行く道を教えていた。いくつか扉があり、曲がり角があっても、目を他に移してはならぬというように体で塞がれている。先導する神官と、後ろを歩く大男に言われるがままに前に進む。

あるのは三人分の足音だけで、他は無言で一声も漏らそうとしない。そして赤い絨毯のしきつめられた階段の前まできた。おそらくこの上に自分を待つものがいる。ルカは足を止めた。


「貴方達は……私に何を望んでいるのですか」

「おお、やはりそうして凄んだ顔は凛々しい」

「……」

「そう早まるな。お前が剣を抜いた一歩の間に死にたくなければな。まあ落ち着け、落ち着け」


大男の手には既に抜き身の剣があった。「赤子だな」とルカの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。


「勇者でなければおできにならないことをしていただくのです」と、神官が細い声で言った。

「ゆうしゃ…?」

「どうぞ、ここからはお一人で」


大きな広間にでると余りの眩さに目をしばたかせる。

兵士が自らの剣を捧げ、それ以外は玉座に向かって膝をついた。丁寧に下げられる頭の中で唯一ルカだけが立ち、真向いにいる男に気づいた。なだらかな眉の下に笑ってもいない目がふたつ、こちらを見ていた。

玉座に腰かけていた老人はおもむろに立ち上がると、両手を広げながら近づいてくる。ルカは闘技場で聴いた言葉を思い出していた。


「勇者よ、魔王の首級を獲り、この国を救う者よ」



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