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きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第三章

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3-1『循環』

ルカは十八歳になった。


母が死んだのは十四の煙の月のことだった。その日からルカは長女である前に、愛おしい弟妹の為に母になることを決めた。

だが十四の子供にやれることは限られる。国王の鋳造する貨幣も知らず、小遣いにもらっていた銀貨さえも無欲なせいで貯めこむばかりだった。家族四人に与えられていた部屋で弟妹に食事を与えていると、複数の大人が出入りして、遺体をひきとり、家財を片付けていった。気づいた時には貯蓄は革袋ごと消え、三人は部屋を追い出されてしまった。


王国内にはルカたちのような保護者を失った未成年を助ける救貧院があり、国が生活の援助をする代わりに安い賃金で就労する制度もあったが、ルカはそうした救済に巡り合うことはなく、幼い弟妹を連れて路頭に迷った。


まずは食べ物を得ようと仕事を探した。商店を訪ね、市場の出店のすべてに声をかけて雇ってくれないか頼み込んだ。みすぼらしい格好のルカを毛嫌いし、しっしと手を払われる。

店主らは客が前を過ぎると唇を湿らせて甘い声をかけたが、いなくなれば厳つい顔で客の身なりを批判することに忙しかった。納得いきかねないという顔で男はしきりに足を揺すっている。並んでいるもう一人の男がルカを見もせず、こう言った。


「軍事費拡充、でも鉱物の価値はあがらないなんておかしいじゃありませんか。そうでしょう?」

「大きな声で言えませんがね、王様は国民を愛しておりませんから、無知につけこんで税をあげたいのですよ」

「わかりますよ。あれだけ国民のため国民のためと言うような男です。王様は慈善事業じゃないことぐらい国民全員が見抜かねばなりません」

「無理でしょうね。みんな楽天家なんですから。どんなに貧乏になってもしがみついているだけですよ」

「そうなると換物して財産を守るほかありませんね……実は紹介したい卸商がいるのですが、信じていただけるなら乗りませんか」

「貴方の紹介なら泥船でも構いませんよ」

「本心にもないことを」


その場にルカは存在していなかった。男二人の前に立って見上げている少女は貧困の導火線に火をつけられているというのに、すべては透明なのだ。


いつも飢えと口渇に喘ぎながら生きた。死ななかったのは奇跡といえる。

ある夜、犯罪の下っ端仕事から戻ると弟妹が待っている家の中から乾いた笑い声が聴こえた。家といっても布切れを集め、廃材を集め、石を積み上げ、廃屋の片隅に最低限つくりあげた鳥の巣だ。ルカは足音を殺しながら茂みに身を隠し、家の中を覗き込んだ。みると見知らぬ男が弟の肩を掴んで唾を飛ばしている。角度を変えてもう少し近づく。声が鮮明になった。


弟の背に庇われた状態で立つ妹は、さんざん泣き喚いたあとで、短剣を喉につきたてられて黙っている弟の背中を必死に引いている。


ルカは上着を脱いで腰にくくりつけると、廃屋の二階にあがり、男の背中めがけて飛び降りた。男は倒れ込む拍子に顎をうったが、それでもまだ起き上がろうとした。

上着で後ろ手を縛り上げると、男は背中に座すルカを掴もうと暴れ、腰を上下させて足をばたつかせた。


弟妹を下がらせ、首裏を踏みつけながら問いかける。男は聞くに値しない罵りを吐いたが、子を亡くした不幸も嘆いた。何やらきつく掴んでいる手を開かせると、白い花があった。弟の肩を掴んでいたのではない、花を無理やりに渡そうとしていたのだ。それがどうということでもない。ないが、空しさが片隅に漂う。


気絶させようと首を踏みつけると、男は口端に泡をためながら舌を嚙み千切った。

母を亡くした日から口数少なかった妹はくずおれ、壊れたように号泣した。弟は奪い取った短剣で痙攣する男をさらに痛めつけようとしたので、そんなことをしなくていいと言い聞かせる。


三人で廃屋をでた。新しい寝床を探さなくてはならない。そこで気の優しい老婆と出会い、清い川のそばの小屋を間借りすることができた。あの夜以来また喋らなくなった妹が気がかりだったが、このところ弟も仕事をすると言い始めた。

有難い申し出に目元が潤むが、自分がしているような生き方を教えようとは思わなかった。


数日して老婆がやってきて寄り添って眠る三人を起こした。彼女は兵士を連れており、鎧をがしゃがしゃと鳴らした男はルカの首根を掴むと小屋の外に引き倒した。弟妹は叫び、姉を助けようとしたが、兵士はこれを見よと短剣を出した。


それは舌を噛み千切った男が持っていた短剣だった。兵士はルカの顔に短剣を押し付け、こう言った。人殺し、と。


腹を裂き、喉を貫かれた状態で見つかった遺体。男の手には血はなく抵抗した様子もない。口に残された短剣には人の手形が残っていた。それがあの日妹を守るために意を決した弟のものだとルカは気づいた。だが実際に三人は手を下していないのだ。男は勝手に舌を噛み、三人が去ったあと、さらに加虐したものがいたのだ。


地面に拝するルカに罪状が読み上げられる。次に目が覚めると牢屋の中だった。そばに弟妹がいないことに気づくと、目に熱い涙がたまる。

脱しようと暴れると、吐き捨てられた唾といっしょに愛する弟妹の死が告げられた。信じることはできなかった。必ず生きているに違いない、迎えに行かなきゃ。そう強く思った。


ルカは気づけば一人で立っていた。刃こぼれした剣を振り続けていたことに気づき、自分の手を見る。血だらけの手だ。

罪人と獣を戦わせる円形闘技場のなかで、ルカだけが立っていた。大歓声が何かを連呼している。血でかすむ目ではよく見えず、剣戟と断末魔を聞きすぎた耳はごうごうと鳴るばかりで使えない。


銀の鎧を着た白髪の男が無骨な剣を差し出していた。受け取れというのだろうか、ずしりと両腕に感じた質量に、たまらず膝をつく。

降りかかる声がひと際大きくなった。いつまでもいつまでも、まるで流星のようにルカの上に降り注ぐ。


―――「勇者」「勇者」「勇者!」



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