婚約破棄されたと思ったら即結婚申し込まれました
婚約破棄をしたスワンとクロウ。しかしクロウはスワンに花束を渡して結婚を申し込んできた。いったいどうして……?
※細かいことは気にせず読んでください。
たぶんきっと、私が悪かったんだわ。そう思いながら目の前の男性を見つめた。彼の名前はクロウ、私の婚約者だった人だ。
そして机の上にあるのは、婚約破棄の申込書。それを、私は彼に渡された。
私達の婚約は、私達が幼少期に決まったものだった。親同士が仲が良く、生まれた子供が男と女だったら結婚させましょうね、そんな口約束から生まれた婚約だったらしい。契約書もなんにもない約束だったけど、彼が男で私が女だったから、だから生まれたその日に婚約が決まった。
今日は私の誕生日だったの。お昼までは学校に行って、夜に家族揃ってささやかなパーティをしよう。両親と妹、使用人達が一生懸命準備してくれていたのを知っている。たくさんの愛をもらっているとわかっている。でも今の状況を、彼らに伝えてしまったらきっと、悲しいパーティになるでしょう。すぐに思いつくことだった。
私は、彼が好きだ。始まりは親が決めた婚約だったけど、一緒に過ごすたびに好きになっていた。好きになることが決められたかのように、すとんと私は彼を好きになっていた。
すくなからず、彼にも私に情があると思っていた。だから何も起こさない限り私達は何事もなく結婚するはずだったのだ。ーー今日までは。
私が悪かったんだろう。きっと、愛想つかされてしまったんだわ。
震えながら、私はペンを手に取った。すでに記入されている彼の名前を見て、涙がこぼれそうに鳴るのを堪えた。泣くのは、あとでしよう。彼の前で泣きたくなかった。
もしも、どちらかが好きな人ができたらすぐに教え合おうね。小さい頃そんなことを話していたのを思い出す。きっと、彼は好きな人ができたのだ。その相手に、私は思い当たった。
先日この学校にやってきた元平民の女の子。侯爵家の婚外子だという彼女は慣れない貴族の中で懸命に生きていた。そんな姿を見て、手を差し伸ばしたのは一回や二回じゃない。でもそのたびに彼女は迷惑そうに私の手を振り払った。
私が彼女をいじめたとして、公爵令息が私のことを殴ったことがある。その時クロウは身を挺して私を守ってくれた。証拠を出せと言われて、女の子の発言が証拠だといいきる公爵令息に周りの人が引いているのを覚えている。
あの一件が理由かもしれない。あの女の子のことを、何かがきっかけでクロウも好きになってしまったんだわ。あの女の子に触れた男性たちは、みんな人が変わったように虜になっていた。あぶない薬でもやっているように目が虚ろになっていることから、いつの間にかあの女の子には薬物女という異名がついていた。触ってはいけない。所持もしないほうがいい。でも、ひとたび興味を持ったら最後だ。
クロウも、もしかしたら。そう思いながら私は自分の名前を書き終えた。スワン・スノウ。私の名前。ファミリーネームがクロウと同じになることはないんだわと、また泣きそうになる。
ペンをおいた私に、クロウは大きく息を吐いた。そうして立ち上がり、私の隣に来た。
「スワン」
クロウの声に、私は顔を上げた。けれども私の目に飛び込んできたのは、美しい花束だった。
「……え?」
思わず、私はその花束を受け取ってしまった。みずみずしい花の香りが鼻孔をくすぐる。その豊かな香りを一瞬堪能してもう一度彼の顔を見ようとする。
ーーあれ、どうしてそんなにも、顔を真っ赤にさせているの?
「その、だな」
彼はあー、だの、うー、だの言って、そうした後に自分の顔をパシンと叩いた。何をしているの、と驚いて手を伸ばそうとすると、その手が掴まれた。
そしてそのまま、彼は私の手の甲に唇を落とした。
「スワン、俺と結婚してください」
私は何度もぱちぱちと瞬きをして、そうしてきょろりと周りを見渡した。気が付かぬうちに部屋の唯一のドアの前に私の両親がいた。ドアの隙間から顔だけを見せてくるのはクロウのお兄様だった。みんな私たちの様子を見ている。
どういうことかしら。だってクロウと私は今婚約を破棄したのだ。書面に名前を書いた。彼のことだから小細工とかそういうものの心配はないだろう。でもそのあと、彼は花束を私に差し出して、求婚したのだ。
訳が分からなくて混乱している私に、クロウが眉を困らせて笑った。
「ごめんね、驚かせたかな」
「それは、もちろん……でも、どういうことなのか、教えて?」
クロウは頷いて、そのままの――私の手に自分の手を添えたまま跪いた体勢で話し始めた。ソファに座ってもよいのに、彼は私の手を離そうとはしなかった。
「昨今学園での騒動をスワンも知っているだろう」
「ええ、あの子の事ね?」
私のことを迷惑そうに見てきた女の子を思い出す。あの子は学園で様々な騒動を起こしている。私とのあれこれだけじゃない。ほかにもたくさん。
婚約者のいる男性に色目を使うのはもはや息をすることと一緒。自分で勝手にこけてはだれこれに足を引っかけられた、自分でカバンの中身を窓の外に捨ててはだれこれにやられた、異常な行動に発言だというのに、取り巻き達は彼女のいう事だけを信じた。周りの嫌悪の目にも気が付かないで。
「俺もあの女に迫られたことがある。婚約者がいるから触らないでと言ったら、『じゃあ婚約破棄したらいいじゃない』と言い切ったあの女が、本当に本当に――腹が立った」
クロウは温厚な男性だ。深くそれでいて蒼の混じった美しい髪の毛に瞳の色。年齢を重ねると目の色は褐色に変貌する珍しい家系なのだと聞いている。見た目と中身が完全に一致している彼は怒ることを知らない。だから、腹が立ったと言い切った彼に私は驚いた。
「俺はスワン以外と結婚する気はない。しかしあの女はことあるごとに言い寄ってくる。そして君にも、危害を加えたと聞いた」
私が受けたことを彼が知っていることに驚きつつ、彼が私のことを心配して売れていることがうれしかった。先ほど婚約を破棄したばかりだというのに、やはり彼のことが好きだと思う。
「だから結婚しようと思って」
「……んんん?」
先の言葉と次の言葉の間の思考が読めない。だけれども私たちを見守っている人たちはうんうんと頷いている。ついていけていないのは私だけのようだ。
「私たちは学園を卒業したら結婚するという契約の元に婚約をしていた」
「ええと……」
「でもそれじゃ遅いんだ。もう待てない。時間が惜しい」
「クロウ……」
「だから婚約破棄をしたんだよ」
「もうちょっと細かく説明してほしいわ……」
クロウとの会話で困ったことは今までで一度たりともなかった。それなのに今は何もわからない。クロウはいったい何を言っているの?そしてなんで婚約破棄になるの……?
「スワン、あのね」
耐えかねたらしいお母様が私たちの側に来て肩に触れてきた。なでなで、と私の頭を撫で始めたのは私の妹だった。
「貴方たちのいうところのあの女、彼女は既婚者には手を出さないらしいの。自分が婚外子だった影響かしら」
「既婚者」
「すでに結婚している同級生とか先生とか、そう人からは逃げてるみたいね」
「なぜお母様がそれを」
「うふふ。……学園を卒業したら貴方たちは結婚するけれども、しかしそれまでの間にもスワンに突っかからしクロウにも色目を使うでしょうね。だから今なのよ」
「……婚約を、わざわざ破棄したのは」
「学園を卒業したら結婚するという契約だからね。今すぐ結婚するには邪魔な契約だわ」
婚約しているだけではあの彼女は私たちを邪魔するだろう。けれども結婚すれば遠巻きにされる。すぐに結婚するには婚約の際の契約が邪魔だった。だから、一回婚約破棄を挟む必要があった。
「あの女の言うとおりに一度婚約破棄をしたのはかなり……かな~~~~~り嫌だったが」
「すごい溜めたわね」
「だが俺の両親もスワンの両親も承諾してくれた。後は君だけだ」
スワン。私の名前を呼んで、クロウはもう一度私の手のひらに唇を寄せた。そうした後手のひらに自分の頬を押し付けてくる。その温かさに、先ほどまであった悲しみなんて、苦しみなんてすっかりと消えていることに気が付いた。
私は――。
*****
「また私のことをいじめる気なのね!」
彼女が私の横を通り過ぎた後に大げさに倒れた。私は彼女の横を通り過ぎる時、離れるように歩いたにもかかわらずなぜかこけたことを私のせいにしてきた。私は困った顔をして彼女を見た。
「申し訳ないけれども覚えはないわ。だって私、貴方をいじめる理由がないもの」
ため息交じりにそう言うと、彼女の取り巻きが駆け寄ってきて睨んできた。でも私はその様子を冷めた目で見たと思う。
「ねぇ貴女、私の名前をご存じかしら?」
「スワン・スノウでしょう、何言ってんのよ」
彼女は人の名前を間違えることはない。物覚え自体は悪くないのだから、まじめに勉強して、まじめな社交をすればよい縁談が舞い込むだろうに、男を侍らせることを悦に感じている。それが非常に気持ち悪かった。
「違うぞ」
「え?」
す、と、私の隣にクロウが来た。クロウは私の腰に手を回し、私の身体に自分の身体を密着させてきた。その様子を見て彼女は目じりをぎりりと吊り上げさせたが、次のクロウの言葉でその目を丸くさせた。
「彼女は昨日からスワン・ブラック、俺の妻になった。くれぐれも失礼のないようにしてほしい」
いいや、彼女どころか周りも驚いたような顔をしていた。私たちは昨日結婚した。きちんと届け出だって教会に提出した。国王陛下にも祝福いただいているし、なんなら彼女のお父様からもお祝いの言葉をいただいている。それなのになぜこの人達は驚いているのだろうか。
披露宴はさすがに卒業後にすることにはなってしまったけれども、普通なら知っているはずなのだ。皆様にご報告はできうる限りした。知らないという事は、自分の役割を疎かにしているという事。
彼女も、彼女が侍らせている男性方も、全員。
「クロウ、今日はレストランで食事に行くのよね」
「ああ、兄様が奮発してくれた。スワンの好きなチーズケーキも食べれるよ」
「とっても楽しみだわ!」
彼女の母親は、既婚者に手を出した平民――娼婦だった。だから小さいころから既婚者には手を出さないようにと言われてきたのかもしれない。彼女は私たちを見て一度顔をしかめた後すぐに顔を反らした。そのまま廊下を走っていった。周りの男性たちも慌ててそれを追いかけて行った。
「本当に結婚しただけでああも変わるのね」
「よほど痛い目を見てきたらしいな」
けれども婚約者のいる人に手は出すのだから本当にわからない。婚約だからいいのだと、結婚していないからいいのだとなるのはどうしてなのだろう。私は彼女ではないからわからないのだけれども。
「さーて、邪魔者はもう来ないから、堂々とスワンの隣にいれるな」
「そういえば最近クロウはあまり近くに来なかったわね」
「原因はあれだよ」
「ああ、そうだったのね」
クロウは私を守ってくれていたらしい。けれども私が一人なら一人であの子は来るので歯がゆかったと言っている。まぁ、これからはそんなことも気にしなくていいようだが。
「今度婚約式をした湖に行こう。風は冷たいが空気が澄んでいるはずだ」
そう言ってクロウは笑みを見せた。私も笑みを送り返し、そうして歩き出した。
結婚を早めて大丈夫だろうかとも思ったけれども、今がすごく幸せに思うので問題はない。なお私たちの結婚がきっかけとなって同年代の子たちが結婚をこぞって早めていくことになるのはこの後の話である。
おわり
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