記憶の貸し借り
僕の家のすぐ近くにあるビルに、記憶を貸し借りをすることのできる店が出来た。そう聞いた僕は、町の東側に住んでいる友人とその店が入っているビルへと向かってみた。全くの赤の他人と記憶を貸し借りするのは怖かったが、長い付き合いである彼とならむしろ楽しみですらあった。
「まだ来てないな」
待ち合わせ場所として指定していたビルの前には、僕たちと同じ目的なのだろう、なんだかわくわくしたような表情の人が多くいて普段とはまた違う喧騒に包まれている。
それにしても記憶の貸し借りなんて一体どうやって行うのだろうか、などと考えていると、聞き覚えある声が僕のことを呼んだ。
「よう、待たせたな」
声のした方へと顔を向けると、約束の時間よりわずかに遅れて彼がやってきた。彼が遅れるのはいつものことである。いまさら怒ってもしょうがないが、それでも僕は彼にこう言う。
「相変わらずテキトーだな。僕だから良いけど、彼女にはやめておけよ?」
「俺もそこまで無神経じゃねーよ。お前だからだよ」
いつものように朗らかに笑う彼に僕はやれやれとため息を吐く。そして二人でビルの中へと入っていった。
それから数時間後。記憶の貸し借りを終えた僕と彼は二人でビルから出てきた。
彼の記憶と僕の記憶が入れ替わったりするのはとても不思議で面白い経験だった。
「なかなか面白かったな」
「けどまあ、一回やればもう十分な経験でもあるな」
そんな風に感想を言い合うとちょうどいい時間になっていたので僕たちはそれぞれの家に帰ることにした。
彼はビルのすぐ近くにある家へと。そして僕は町の東側にある家へと。