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8.二日目

※ 2025/6/1 10:25 次の『9』のおさまりが悪かったのでこちらに後半部分を追記しました。

※ 改行を直しました。

 翌日。ハリエットは朝も明けきらぬ内に起き出すと隣室のセシリアをドア越しに伺い、まだ起きていないことを確認して手早く自分の準備を整えていく。ドレスとはいえ旅装なのでひとりで手早く着られるものばかりを用意している。髪をまとめることだけはどうにも苦手なので、しっかりと梳かしてハーフアップにし髪飾りで留めるにとどめた。

 ちょうど準備が終わった頃、廊下側のドアが控えめにノックされた。


「おはようございます、リビーです」


 最高のタイミングだ。ハリエットがもう一度鏡を確認してから静かにドアを開けると、お湯の入ったたらいを持ったリビーがいた。


「おはよう、リビー。そろそろ時間ね?」

「はい、お湯をお持ちしました」

「では、行きましょう」


 リビーは現在の王妃殿下付きの侍女の中で最も年若い。ハリエットとは違い試験を受けて採用された侍女で、今年で三年目になる。実は諸事情で王妃殿下付き侍女は輿入れされた時以来増えていなかった。ハリエットにとっては初めての後輩にあたる。いつもなら随行者には入らないが、今回は短期間と言うこともあり慣れさせるために同行しているのだ。

 ハリエットがセシリアの部屋をノックし声を掛けた。


「おはようございます、セシリア様。ご起床のお時間です」

「…どうぞ、入って…」


 少しの間があったがセシリアの返事がある。ハリエットはリビーに頷くと、セシリアの部屋のドアを開けた。


「おはようございます、セシリア様」


 リビーにセシリアの元へ行くように視線で指示をし、ハリエットは窓のカーテンを開ける。途端に薄暗かった部屋が一気に明るくなりハリエットも眩しさに目を細めた。今日も良い天気に恵まれたようだ。


「おはよう、ハリエット、リビー」


 ベッドの上で半身を起こし少しぼんやりとこちらを見ながら笑うセシリアは生まれたての美の女神のようだとハリエットは思う。


「本日も良いお天気でございますよ」


 ハリエットが微笑み返すと「そのようね」とセシリアが小さく伸びをした。そのままリビーからたらいを受け取ると顔を洗い準備を始めた。


「おはようございます、ルイザでございます」


 廊下側のドアがノックされる。セシリアを見ると頷いたため、ハリエットはドアを開けた。ルイザとルース、紅茶のワゴンを引いたエイプリルが入って来た。


「おはようございます、セシリア様」

「おはよう」


 一気に部屋が華やかになる。セシリアはルイザが淹れた紅茶を飲みつつ今日の日程を確認し、ルースとエイプリルの手でセシリアの身支度が進められていく。その間に、ハリエットとリビーで使い終わったものを順々に確認しながら荷物に詰めていく。


「テドベリー前子爵ご夫妻より朝食のお誘いが来ておりますが、いかがなさいますか?」

「もちろんご一緒するわ。お礼が言いたいもの」


 いつもより軽めのドレスに装飾品も必要最低限に整えられていく。今日は合間の休憩以外はほぼどこにも立ち寄らず移動の予定なのだ。ハリエットはドアの前に控えている屋敷の執事に臨席する旨を伝えるためドアを出た。


「妃殿下はぜひご一緒させていただきたいとの仰せでございます」


 ハリエットが微笑むと、老執事が自身の主人にそっくりのとても優しい笑顔で「かしこまりました」と一礼し、去って行った。ちらりとドアの脇を見ると今日も左右に護衛の騎士が立っていたが、昨夜のジャックとケネスでは無かった。夜の間に交代したようだ。


「おはようございます」


 ハリエットが騎士に一礼すると、騎士ふたりがちらりとハリエットを見て「おはようございます」とそっけなく言った。これが普通の反応よね、とハリエットはなぜだか少しほっとした。


 朝食にはルイザが付き添うことになり、ハリエットは残って荷物と馬車の確認を行うことになった。朝食の様子を直接見て手紙にしたためることができないのは非常に残念だが仕方がない。馬車の最終チェックはハリエットの大切な仕事のひとつなのだ。自分の荷物の確認を終えるとあとを三人に託し、ハリエットは外で準備を進めている馬車に急いだ。


「あ」


 馬車の点検も終わり、いったん王妃殿下の部屋に戻ろうかと思っていると荷物用の馬車の方から声がした。振り向くと、濃い金色と黒の髪が風に揺れていた。


「おはようございます、ジャック様、ケネス様」


 ハリエットが微笑み軽く頭を下げると、ジャックとケネスも「おはようございます」と爽やかに笑った。


「お預かりしたものは確かに今朝、早馬で出立しましたので、ご安心くださいね」

「ありがとうございます、大変助かりました」

「いえ、また何かあればいつでもお声がけください」


 そう言ってまたジャックが片目を瞑った。そんなジャックを見てケネスが苦笑すると、ハリエットに軽く頭を下げてふたりで去って行った。

 ハリエットの中で、第一騎士団の騎士は身分と共にプライドも高く、高貴な身分もないハリエットのような世間一般の令嬢程度ではとっつきにくいと思っていたのだが、あんなにも気さくな騎士もいるのだなと妙に感心した。


 そうこうしている内に出立の時間となり、前子爵ご夫妻と使用人たちが見送りに出てきてくれた。


「本当にありがとう。次は娘を連れてきても良いかしら?」


 別れ際、馬車に乗り込む前にセシリアが少し寂しそうな顔で言った。おかしな話なのだが、この子爵邸はまるで実家にいるように温かかったのだ。きっとセシリアもそう感じているのだろう。名残惜しそうに前子爵夫人の手を取っている。


「もちろんでございます、妃殿下。拙宅でよろしければいつでもお待ち申し上げておりますよ」


 そう言って相好を崩した前子爵に、夫人もまたセシリアの手をそっと包んで頷いている。


―――こういうのは、良い。


 ハリエットは思った。独身宣言をしているハリエットだが、この老夫婦のように穏やかに柔らかく年を取っていけるなら、誰かと共に歩む日々も決して悪くないものだと思う。

 ほんの少しだけ、ちくりとハリエットの胸が痛んだ。


 時間になり、後ろ髪を引かれながらも馬車に乗り込む。セシリアがカーテンを開けて前子爵夫妻に手を振った。丁寧に頭を下げる老夫婦の優しい微笑みを後に、ハリエットたちの乗った馬車もゆっくりと走り出した。


「どうしましょう、なんだか寂しいわ」

「はい、本当に…」


 セシリアがもう見えなくなった子爵邸を振り返る。ルイザでさえ、眉を下げて困ったように微笑んでいた。


「理想の、ご夫婦でしたね…」


 ハリエットの口から言葉がこぼれた。セシリアは窓からハリエットに目を移し何度か瞬きをすると、にやりと口角を上げた。


「あらハリエット、ついに結婚したくなったかしら?」


 楽しそうに目を輝かせるセシリアにハリエットは苦笑した。


「まさか。私は常々申し上げている通り生涯独身でセシリア様のお側に居ると決めているのです」

「結婚しても侍女で居ればいいじゃない。ルイザのように」


 私は歓迎するわよ?と笑うセシリアにハリエットは救いを求めるようにルイザを見た。ルイザもなぜか楽しそうににこにこと笑っている。

 ルイザの夫は第二騎士団の隊長格を務める騎士だ。騎士爵は一代限りであり継がせる爵位もないため子供は作らないと決めているらしい。お互い遠征も多いが、それでも大変仲が良いと評判だ。一度ルイザの夫にも会ったとがあるが、筋骨隆々の何とも逞しい、けれど笑うと右頬にえくぼのできる人好きのする御仁だった。


「からかわないでくださいませ。私ももう三十です。さすがに今更ですよ」


 この国の女性の結婚適齢期は十八歳から遅くて二十五歳ほど。ハリエットは未婚女性としてはそれなりの年嵩となる。

 断固として独身です!!とハリエットがこぶしを握ると、セシリアとルイザが顔を見合わせて肩を竦めた。



 その日は特筆することも無く、強いて言うなら馬車に座りっぱなしで腰の痛い一日となった。夕方には宿泊場所となる街についたがハリエットを含め侍女たちは皆腰をこっそりとさすっていた。セシリアもまた控えめに腰を押さえていたが、ルイザだけは飄々としていたのがさすがだった。


「さすがに…少し腰に来たわね…」

「本日は寝る前にマッサージを強めにいたしましょう」


 ルースがそう言って微笑んだ。エイプリルはメイクが、リビーはヘアメイクが、そしてルースはお手入れが得意な侍女なのだ。それぞれが得意分野を持ち、少数精鋭で今回の視察に臨んでいる。


「お願いするわ、ルース。今日はさすがに厳しいわ」


 今日は町で最も大きな宿屋を丸ごと貸切っての宿泊だ。隣室に控えるのはルイザのため、今日のハリエットの職務は夕食の給仕で終了となった。

 ルイザにもセシリアにも早めに休むように促され、夕食をいただいて早々に割り振られた自室に入る。そうして、ポケットから缶を取り出すとバタースコッチをひとつ、口に入れた。


「バタースコッチのお礼、書くのを忘れていたわ…」


 昨日の手紙はどう書くかばかりに気が行ってしまいすっかりと失念していたのだ。今日の手紙にはしっかりと書かねばならない。うーん!と伸びをすると、ハリエットは昨日とは違うレターセットを用意した。




―――――――


親愛なるダレル


 二日目が終わりました。今朝、子爵邸を立って来ましたが、離れるのが辛く感じるほど素晴らしいご夫妻で、理想のご夫婦だと思いました。

 セシリア様も寂しそうなお顔で再びの訪問をご約束されていました。馬車でのお話の多くが前子爵ご夫妻と領地の素晴らしさで終わったほどです。


 今日は本当にずっと移動で特に何もありませんでしたが、休憩以外の時間を全て馬車で過ごしたせいで皆腰が痛くなってしまいました。セシリア様も少々お疲れのご様子で、本日はしっかりとマッサージを受けて休むそうです。


 明日はついにひとつ目の目的地、レオミンスターに到着します。午前には到着予定で、午後には有名な磁器、ロイヤル・レオミンスターの絵付け工房の視察予定です。セシリア様もご愛用の茶器の産地ですので、楽しみにされているようでした。


 またお便りいたします。


愛をこめて ハリエット


P.S.

 昨日のお手紙にお礼を書くのを忘れてしまいました。バタースコッチをありがとうございます。とても美味しくて今も口に入っています。少しはしたないですね。


――――――――



 食べながら手紙を書くなど、確かにはしたなかったか。いっそ書き直そうかとも思ったが、ハリエットはこのまま出すことにした。またも遅くなれば手紙を出すのが難しくなってしまう。

 ハリエットはいそいそと封をすると手紙を持ち、一階の食堂へと向かった。案の定交代で食事をとる騎士たちがまだ食堂に居たため、食事が終わって持ち場へ戻る騎士のひとりに手紙を託すことができた。

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