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4.三日前

※ 誤字修正しました。


「ああ…本当にどうしろと…」


 言いながら、ダレルが両手で顔を覆った。あー、うー、と繰り返すダレルの次の言葉を待ったが、短気なハリエットは結局待ちきれずに聞いた。


「今回の件がどう恋文と繋がるのでしょうか?」


 びくりとダレルが肩を揺らした。そして、そーっと顔を覆った手の指を開くと、指の間からハリエットを伺った。そうして、「はああああ」とまた大きなため息を吐いた。もしかしたらこの十年共に働いてきた間に聞いたため息の数よりも今日の方が多いかもしれない。


「………妃殿下の視察が、三日後から始まりますね」


 意を決したようにダレルが姿勢を正すと、じっとハリエットを見ながら言った。


「そうですね。私も随行します」


 そう、ハリエットは三日後から王妃殿下の十日間の慰問を含む視察へ随行する。例年なら十四日間、長いときはひと月ほどかけるのだが、今年は半年後に王子殿下の立太子の儀を控えているため日程を短縮して出かけることになっているのだ。そのため本日は残業なしでの帰宅であり、視察前のゆっくりできる最後の日でもあったのだが。

 苦虫をかみつぶしたような顔でダレルが続けた。


「いまだ、仲直りできないことを陛下がいたく気にしておりまして…。このままでは仲直りできないまま妃殿下が視察に出てしまうと…」

「そうですね、中止も延期もありえません」


 実は国王陛下が今回の視察の日程を変えようとしたことを知っている。そのこともまた王妃殿下の怒りを増長させたのだが…。ハリエットはあえて言及はしなかった。


「はい。それで……その…不安になった陛下が、妃殿下の侍女殿から報告書を貰えと言うのです」

「報告書ですか?」

「はい、妃殿下はどのように過ごされたのか、妃殿下はどのようなご様子だったのか………少しは陛下を思い出されたのかを手紙で貰えと…」


 申し訳なさそうな顔でハリエットの表情をちらりちらりと確認しながらダレルが言った。おそらくその報告書の書き手にハリエットが選ばれたのだろう。


「護衛につく騎士の報告では駄目なのですか?騎士は一日に一度必ず報告書を送るはずですよね?」


 視察の護衛と同時に騎士たちは街道や周辺状況の把握の任にもついており、一日に一度、必ずそれまでの道程についての報告書が送られることになっている。彼らに頼めば日々滞りなく王妃殿下の様子がしたためられることだろう。


「王妹殿下が慰問中なこともあり今回の妃殿下の視察には女性騎士が付きません」

「はい、そうですね」

「陛下は妃殿下を男性が観察…見ることを良しといたしません…」

「ああ…」


 今回は恒例の視察ということもあり大きな危険はないと判断され、護衛は第一騎士団の近衛で構成されている。第一騎士団にはアレクシアのような見目麗しい女性騎士も複数在籍しているが、今回は未婚の王妹殿下の修道院や孤児院への慰問が重なったため、そちらへついている。


 国王陛下は自分と王弟、子供たち以外の男性が王妃殿下に近づくことをとても嫌う。ハリエットを含む数人の侍女に武術の心得があることもあり、騎士たちは護衛とはいえそれなりの距離を取っての随行となるのだ。

 とてもではないが王妃殿下のご様子を常に伺うことは難しい。むしろ王妃殿下をずっと見つめてなどいては、なまじ第一騎士団の騎士は若く見目も良い者が多いため何だかんだ理由をつけて物理的にも首が飛びかねないのだ。


「そんなわけで、妃殿下の侍女殿に手紙で妃殿下の様子を知らせて欲しいと。ただ、妃殿下に陛下が探りを入れていることを知られたくないので、私と…あなたの恋文として、やり取りをしろと…」

「………え?馬鹿なの?」


 しょんぼりと肩を丸めたダレルに、ハリエットの心の声が思わず漏れた。ハリエットの本質は今でも以前のやんちゃな少女のままであり、メイウェザーの血筋は争えない。だが、人生を掛けると決めたセシリアの側に居るため、セシリアの役に立つために礼儀作法から教養、社交や駆け引きに至るまで己の辞書に無かったことをこれまで必死に努力し続けてきた。ちょっとやそっとでは剥がれない見事な毛並みの猫を何匹もその身に飼っているのだ。が、強固に爪を立てていたはずの猫たちが裸足で逃げて行った。


「あ!申し訳ありません!聞かなかったことに!!」

「いえ、お気持ちは分かります。私も命じられた時、同じ言葉を陛下に言いそうになりました」


 ダレルが遠い目をしている。きっとその時のことを思い出しているのだろう。


「メイウェザー嬢…この際、礼儀も建前も省きましょう。どうぞ素のままでお話しください。()もそうさせていただきます」


 走り去った猫たちを今更連れ戻すのも億劫なため、ハリエットはありがたく提案を受けることにした。了承の意味を込めてひとつ頷き、ハリエットは眉をひそめた。


「…たったの十日ですよ?」


 そう多くはないが、通常時でも忙しければ十日程度顔を合わせないことはままある。寝食も時間が合わなければ別の部屋となるためだ。ちなみにその間、国王陛下から王妃殿下への愛の手紙は日々絶えることなく送り続けられる。王妃殿下からも三日に一通くらいは大変短いお返事が行く。


「はい、たったの十日ではありますが…今回は妃殿下のお怒りが解けませんので手紙のやり取りがあるかどうか分かりません。それにも関わらず視察先は近場………行こうと思えば、追いかけられます…」

「あー…」


 へにゃりと眉を下げ表情を崩したダレルにハリエットは察した。今回は十日しか時間を取れなかったため王都から馬車で三日ほどの領地を二か所、合間に周辺地域へ立ち寄ることになっている。

 馬に比べ馬車は遅い。特に王妃殿下の一行ともなれば品位を保つ荷物や各地への土産物、侍女に護衛にその他随行の者も含めればかなりの人数になる。それが一度に移動するため当然、速度は更に遅くなる。

 馬車に比べ馬は…特に軍馬は早い。馬車が一日で行く距離を、本気で走らせれば一時間もあれば走破してしまう。途中の駐屯所で軍馬を変えつつ休憩なしで走れば半日もあれば余裕で王妃殿下の滞在場所へたどり着くだろう。幸か不幸か国王陛下は乗馬が苦手ではない。

 つまり、国王陛下の不安が頂点に達すれば遠くないがゆえに王妃殿下を追って馬で王宮を飛び出しかねないのだ。唯一止められるはずの王妃殿下は、当然不在だ。


「容易に想像がつくのが嫌ですね…」

「そうなのです…」


 あとに残される者たちの心痛はいかなものだろう。今回の騒動には意図せずとはいえ宰相閣下も一枚嚙んでしまったせいで王妃殿下から大変冷たい目で注意を受け、ただでさえ普段から胃痛を抱えているのに更に強い胃薬が処方されたと聞いている。万が一があれば今度こそ倒れてしまうのではないだろうか。


「それを阻止するためにも、国の平和のためにも…どうかメイウェザー嬢、視察の間、僕に恋文をいただけないでしょうか…」


 ダレルが泣きそうな顔をしている。胃のあたりを押さえているのは彼もずっと胃痛を抱えているのだろう。ハリエットは王妃殿下付きということもあり忙しくはしているが、日々心は平穏である。この王宮で王族に関わる者たちの中で、王妃殿下付きが最も恵まれているのだと改めて再認識した。


「恋文の体をした報告書をストークス様宛に送ればいいんですね?」

「はい…可能であれば、大変申し訳ないのですが、定期報告に乗せて…毎日………」


 心から申し訳なさそうな顔で両手を組み祈るようにダレルが言う。王弟付き秘書官アンソニーも似たような顔をして似たような行動をすることがあるが、必死さが全く違う。あちらは若干のうさん臭さを感じるハリエットではあるが、ダレルのこれは…ひたすらに気の毒に感じてしまう。

 協力しない、という選択肢は無い。分かってはいたが拒否すれば更なる面倒ごとが発生し大切な王妃殿下のお心を更に煩わせる未来しか想像できない。

 時間があればもっと良い方策を共に考えることもできたが出立はすでに三日後。とてもでは無いが作戦を練っている時間はない。噂が立って困るハリエットでもなし、ということで、ハリエットは腹を括った。


「分かりました、お引き受けします。どうか私のことは職務中以外は恋人らしくハリエットと。私もダレルと、呼び捨てにさせていただきます」

「ありがとうございますハリエット!!必ず陛下は僕たちで抑えて見せます!!」


 ぱあああ!っと音がしそうなほどにダレルの表情が晴れる。青白かった頬に赤味が戻り、緑の瞳が潤んで雨上がりの木々のように煌めいた。


「期待してます、ダレル。頑張りましょうね」


 これ以上国王陛下が暴走しないよう、これ以上王家の威光が揺らがぬよう。王妃付き侍女ハリエット・メイウェザー伯爵令嬢と国王付き侍従ダレル・ストークス侯爵令息はがっちりと握手をして共闘を誓い合ったのだ。

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