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王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について ※加筆修正してシリーズまとめ作品に収録済み  作者: あいの あお


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22/25

22.恋文と、その顛末について

※ 改行を直しました。


しっかり食べてしっかり眠ればたいていのことは何とかなる。翌朝、ゆっくり眠ろうと思っていたハリエットはあっさりと日の出には目が覚めた。もちろん、頭も体もすっきりとしている。


「おはよう、お日様!」


 ハリエットの部屋から日の出は見えないが、空が明るく輝いているのは見える。ぐーっと伸びをすると桶に水を入れて顔を洗いざっと髪にブラシを通す。懐中時計をちらりと見ればまだ朝の六時前だ。セシリアの元へ行くまでには十分すぎるほど時間があった。きらりと、懐中時計の黒猫の瞳が光る。


「ふふ…おはよう」


 笑いつつ指でつんと黒猫をつつくと、懐中時計の鎖と共に揺れてしゃらしゃらと音を立てた。その音にほんの少し切なくなるけれど、ハリエットはとても幸せだった。


 王妃宮を歩くのにギリギリのドレスを纏い薄く化粧を施す。髪はどうしても苦手なので、今日も髪留めでゆるくまとめるだけだ。

 自分で自覚していたよりもずっと疲れていたようで昨夜は荷解きをせずに眠ってしまった。衣類や靴などは「今すぐ出してください!!」と洗濯メイドが悲痛な声を上げていたので全て出したが、手荷物やその他の道具は全て置きっぱなし、出しっぱなしだ。


「これは…さすがに片付けてからが良いわよね」


 ちらりと懐中時計を見ると七時を回ったところだ。朝食を取りに行くか片付けるかを悩み「まずは食べる」と脳内のセシリアに言われて朝食をとりに食堂へ降りた。


「あ、先輩!おはようございます!!」

「リビー!早いわね?」


 今日は休みだというのにすでにリビーは食堂に居た。ちなみに、昨日もハリエットが食堂に入ったところリビーはしっかりとお肉多めの盆を持ってにこにこしていた。食べ盛りのようだ。


「はい!楽しみで早く起きちゃいました!!」


 今日のリビーの盆に乗るのはバターとメープルシロップたっぷりの大きめのパンケーキが三枚にオムレツと大きなソーセージが二本。そこにフルーツの盛り合わせをこれも何が乗っているのか分からないほどに積んでいる。飲み物はオレンジジュースのようだ。野菜が無いのが気になるが、そこはフルーツでカバーだろうか。


「楽しみ?今日は何か楽しみなことがあるのね?」


 あまりに楽しそうなリビーにハリエットも思わず楽しくなってしまう。心からの笑顔というのは人から人へ伝播するものなのだろう。

 ハリエットはクルミがたっぷりと乗ったデニッシュとヨーグルト、春野菜のサラダと少しのフルーツを盆に乗せる。更にグレープフルーツジュースをグラスに注ぎ、リビーの隣に座った。


「そうなんですよ!もう楽しみ過ぎて、内緒にしているのが辛くって…」


 くすくすと笑いながらもどんどんとお皿のパンケーキを消費していく。決して品が無いわけではないのになぜその速度で話しながら消費できるのかハリエットには分からない。


「何か言えないようなことなの?」


 ハリエットも負けじとデニッシュにかぶりつく。かぶりついてから、しまった!と周りをきょろきょろと見回してフォークとナイフを手に取った。部屋で食べるときは良いがさすがに食堂では駄目だ。うっかり猫を忘れていた。


「そうなんです、まだ言えないんです。でもきっと楽しいことですからね!」

「え、私も関係があることなの??」


 こちらもしまった!という顔でリビーがぴたりと止まる。せわしなく咀嚼するとオレンジジュースで流し込む。


「ごめんなさい、先輩。まだ言えないんです…。でも絶対絶対楽しいことですから…!!」


 リビーが眉をハの字にして上目遣いでハリエットを見た。王妃殿下付き侍女としては失格だが、その可愛らしい仕草にハリエットは破顔した。


「無理に聞くつもりはないわ。悪いことじゃなくて良いことなのでしょう?だったら楽しみに待つだけね」


 リビーがほっとしたように笑い「さすが先輩!」とまた食事を再開した。残すはもうフルーツだけだ。間違いなくハリエットよりも先に食べ終わるだろう。他愛のない話をしながら朝食を食べ、別れ際にリビーが言った。


「先輩、頑張りましょうね!」

「え?頑張る?」

「はい!!頑張りましょう!!」


 にこにこ笑いながら楽しそうに手を振り去って行くリビーに、「え、頑張るって何?」とハリエットはしばらく立ち尽くした。



 釈然としないまま部屋に戻るとハリエットは荷物の整理を始めた。時刻は既に八時半を回っている。ずいぶんとリビーと話し込んでしまったようだ。これは少し頑張らねばならないと、ハリエットは鞄の中身を広げていった。

 宝飾品類を片づけ、小物類を片づけ、そうしてレターセットを片づける。ダレルから届いた六通の手紙とバタースコッチの缶、苺飴、胡麻の飴をデスクに並べる。バタースコッチは食べきってしまったのだが、どうしても捨てられずに缶だけ持って帰って来たのだ。

 美しい装飾の缶だし、大切な記念品として小物入れにでも使おうとハリエットは思っている。


「十日で六通。距離があるのにずいぶんと頑張ったのではないかしら?」


 ハリエットが送った手紙も六通だった。その全てに、ダレルは返事をくれたことになる。真面目な人だとは思っていたが、まめな人でもあったらしい。自分に芽生えた名を付けられぬ初めての感情の相手が、ダレルで良かったと自然とそう思えた。


 ハリエットは黒い小箱に入った最後の一粒を口に入れしゃりしゃりと噛んだ。そうして空いた箱とバタースコッチの空き缶をチェストに飾り、苺の飴をデスクに置いた。ダレルからの手紙は少し悩み、まとめてチェストの一番下の段にそっとしまった。

 懐中時計を確認すると九時半だ。そろそろ頃合いだろう。ハリエットはもう一度鏡台で自分の姿を確認するとセシリアの部屋へ向かった。



「おはようございます。ハリエットです」


 時刻は十時五分前。ノックをして声を掛けると、「入って」とセシリアの声がした。ハリエットが「おはようございます」と部屋の中に入ると、口々に「おはよう」と返事が返って来た。ハリエットはぎょっとした。


「え…お休みでは無かったのですか…?」


 そこには昨日休みを言い渡されたはずの四人も含めて王妃殿下付き侍女が勢ぞろいしていたのだ。ハリエットを入れて総勢七名。王妃殿下付きの侍女としては決して多くは無いが、正しく精鋭ぞろいだ。


「ハリエット、来たわね」


 ソファで寛いでいたセシリアがハリエットの顔を見てにやりと笑った。


「セシリア様…?」


 何となく嫌な予感がしてハリエットが思わず一歩下がると、セシリアがとても良い笑顔で言った。


「さあ、みんな、よろしくね?」

「「「「「「はい!」」」」」」


 ハリエット以外の六人全員がとても良い笑顔で声を揃えた。


 あれよあれよと言う間にハリエットは着ていた動きやすさ重視の質素なドレスを脱がされ、薄い化粧を落とされ、適当にまとめた髪が解かれる。普段着ないような大変良い生地の深緑のデイドレスを着せられ、「あら、思ったより胸があるのね」などと言われマリーにサイズを直された。マリーは今回の視察には随行しなかった針子顔負けの裁縫の腕を持つ侍女だ。そうして、そのまま引きずられるようにセシリアの鏡台に座らされた。


「セ…セシリア様…」


 楽しそうにエイダの淹れたお茶を飲んでいるセシリアに視線をやると、「先輩動いちゃ駄目です!」「ハリエット動かないで」とリビーとエイプリルに叱られハリエットはぴしりと固まった。エイダもまた、今回の視察に随行しなかったもうひとりだ。「そのまま前を向いていてくださいね」ルースが微笑み、ハリエットの爪を整えていく。

 そうして、ほんの一時間足らずのうちに王妃宮ギリギリだったハリエットはどこに出しても恥ずかしくない淑女へと整えられたのだった。ハリエットは王妃殿下付き侍女の本気を見た気がした。


「素敵よハリエット。とっても綺麗!」


 なぜこんなことになっているのか分からないハリエットを置きざりにして、誰もが実に満足そうなとても良い顔で笑っていた。


「先輩、完璧です!」


 リビーが実に楽しそうに笑っている。朝、リビーが楽しみにしていたのはどうもこれのようだ。


「ハリエット、せっかく綺麗に整えたのにその表情は駄目よ」


 エイプリルが両の手の人差し指で自分の口角をぐっと上げて見せた。笑えと言うことらしい。ハリエットは半笑いになった。そんなハリエットを見てルースが「あらあら」と笑っている。

 すると、「お待たせしました」といつの間にかいなくなっていたルイザが部屋へと入って来た。その手には宝飾品の箱を持っている。ハリエットはとても嫌な予感がした。

 セシリアはその箱を受け取るとイヤリングを取り出し、「これを貸してあげるわ」と言ってハリエットの耳に手ずから付けた。親指の爪ほどのエメラルドに、金細工の蔦が揺れている。ハリエットは上から下まで見事な緑色になった。


「完成ね」


 セシリアが目を細めてハリエットを見つめ、そうしてにっこりと笑った。


「ハリエット、私はとっても嬉しいわ。これは私の『喜び』よ。その意味が、分かるわね?」

「え?どういう…」


 問おうとするハリエットの肩を掴んでくるりと回して扉の方へ向けると「ルイザ、お願いね」とセシリアが言った。ルイザは「承りました」とわざとらしいほど恭しくカーテシーをした。


「行きましょう、ハリエット」


 そう言うとルイザがすたすたと扉へ向かいガチャリと開けた。「どこへですか!?」というハリエットの問いは完全に無視された。


「いってらっしゃいハリエット。頑張っていらっしゃい」


 振り向くとセシリアが笑っていた。とても嬉しそうに。侍女たちも「頑張って!」と楽しそうに笑っている。ハリエットにはさっぱり分からないが、ハリエットが頑張るとセシリアも皆も嬉しいらしい。それならば、ハリエットの答えはひとつだった。


「わかりました!頑張ってきます!!」


 ぐっとこぶしを握って見せると、ハリエットは笑ってセシリアの部屋を後にした。



最後の章となりました。

あと3話の予定です。

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