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王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について ※加筆修正してシリーズまとめ作品に収録済み  作者: あいの あお


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19/25

19.九日目

 九日目は良く晴れた気持ちの良い日となった。雨雲はハリエットたちの進行方向とは違う方へ進んでくれたらしい。道はまだ少しぬかるんでいるが、昨日ほど酷いものでは無かった。

 ハリエットはルイザ達が荷物の確認をしている間に今日も馬車の点検を始めた。少し周りを見てしまったのは、居ないと分かっていてもジャックとケネスを探してしまったせいだ。

 ダレルからの手紙には連絡係は大変そうだったと書いてあった。けれど、怪我をしたとも何も書いていなかったので、きっと無事についたのだろう。きっとそのうち城で会えるはずだ。


「よし、今日も大丈夫ね!」


 馬車の前で腰に手を当て頷いていると、ピーヒョロロロロと空高くを鳶が飛んで行った。今日は一日、良い天気に恵まれそうだ。気持ちよさそうに旋回する鳶をしばらく眺めていると「ハリエット~!」と窓からエイプリルの声がした。


「はい!今参ります!」


 たんたん、と叩いて左右の太ももの短剣を確認する。そうして走…ると怒られるので今日も速足で優雅に急いだ。こういうところが進歩がないとルイザには叱られるのだろう。けれど、間違いなくハリエットに戻ったようでハリエットは嬉しかった。


「お待たせいたしました」


 ハリエットがセシリアの部屋に戻ると荷造りも積み込みもほぼ終わっていた。


「今日の日程を確認します」


 ルイザが今日の視察地の説明とおおまかな時間配分を説明していく。今日は大きな川を渡る。雨の後の増水や橋の破損が心配されていたが、先行した騎士によりすでに安全が確認されているようだ。


「今日を乗り越えれば明日には帰城です。皆、最後まで気を引き締めてかかるように」


 そう言ってルイザが一歩引きセシリアを見た。セシリアは頷くとひとりひとりの顔を見て、そうして笑った。


「明日になればまた窮屈な王宮に戻らないといけないわ。残り一日、しっかり楽しみましょう」


 「セシリア様」とルイザが呆れた声を出すがセシリアは「あら良いじゃない、事実なんだから」ところころと楽しそうに笑った。


「あの人も、喜んでくれたらって、言ってたもの」


 そうでしょう?と目元を朱に染めて嬉しそうに笑うセシリアに、ルイザも「仕方ないですね」と笑った。視察に出る前の怒りはすっかりと鳴りを潜めたらしい。この分なら会話も戻るだろうしダレルも安心してくれるだろう。手紙は見せてしまったけれど…ハリエットも、少しは役に立てただろうか?


「それでは、各自持ち場に戻り最後の確認を終了後馬車へ乗り込みます。九時出発ですから遅れないように」

「「「「はい」」」」」


 ちらりと懐中時計を見ると八時半を回っている。馬車の点検は終わっているので、あとはセシリアの部屋と隣室の控え、各自の部屋を見回れば終わりだろう。懐中時計のチェーンに赤と緑の目の黒猫が揺れていた。



 予定通りに出発すると、馬車は今日最初の休憩地点へと走る。午前は外での小休憩を二度ほど挟み、昼食は途中の王家所有の離宮でとることになっている。離宮とは名ばかりの小さな邸宅で、ウェリングバローとの中継地点として使われている。

 午後は休憩を兼ねて薬剤研究所と付属の病院の慰問を行い、その後は外での休憩を一度挟んで最後の目的地へと向かった。


 目的地であるブリックス・アポン・リーチは少し変わった街だ。街の中心をリーチ川という川が流れている。街を完全に二分してしまうほどの川なのだが、大変立派な石造りの橋が架かっており、その橋自体が史跡として観光名所になっている。

 毎年増水の憂き目にも合うのだが、記録によると建造されてから二百年以上経つ今も一度も破損も水没もしたことが無いのだ。今回の嵐でも増水は見られるものの街にも橋にも一切影響が見受けられなかった。この街は、何百年もの間リーチ川と向き合い続けた英知の結晶なのだろう。


「思ったより川が濁っていませんね」

「そうね、増水はしているけれど、水の濁りは少ないわ」


 この街の治水についての資料は消失しており、この壊れない石造りの橋や増水はしても街に影響の出ない川の構造は現在に残されていない。もう百年以上何とか解明して他の地域に役立てようと研究はしているのだが中々進まないらしい。実は今、メイウェザーの血族がひとりこの橋に人生を賭けている。きっと遠くない未来、彼は何かを見つけ出すのだろう。


 石造りの橋をがたごとと渡り、対岸へ入ると街の様子が一変する。橋と同じ石造りの古い家々が立ち並ぶ史跡区域に入るのだ。今も人は住んでいるがどの建物も領主の管理下にあり、許可が無ければ壊すことは愚か増築も改築も許されない。それもあり、この史跡区域は普通の住居よりもホテルやレストランなどの観光施設が多い。ハリエットたちの視察最後の宿もこの史跡の中のひとつであり、元々は領主の邸宅だった建物を改装した大きなホテルだった。


 今日も予定通り日が暮れる前には宿に入ることができた。いつもなら夕食を部屋でとるセシリアだが、今日はしっかりと着飾った上でダイニングホールで食事をとった。この街には有名な楽団があり、ぜひセシリアに捧げたいとダイニングホールで小さな演奏会を開いたのだ。観客はセシリアひとり。もちろん、ハリエットたちもセシリアの後ろに控えてはいたが。

 素晴らしい演奏にセシリアからの心づけと共に惜しみない称賛を送り、食事を終えて部屋に戻る頃には二十一時を回っていた。


「素晴らしかったけれど疲れたわ…」


 豪奢なドレスのスカートを片手で持ってセシリアがげんなりとした顔でひらひらとさせていると、ノックの音が響いた。


「夜分遅くに失礼いたします。連絡係が到着いたしましたのでお手紙をお持ちしました」

「あら、早かったわね?」


 セシリアは来るのが分かっていたようにルイザを見ると、ルイザがドアを開け手紙を受け取った。距離が近くなったため往復が早くなったせいか封筒の数が少ない。

 ルイザが一通をすぐにセシリアに渡し、残り数枚をぱらぱらとめくり片眉を上げた。


「ハリエット、手紙よ」

「え、今ですか!?」


 慌てて受け取り封蝋を見るとやはり緑。役目は終わりだと書いたはずなのだが、もしかして何かあったのだろうか。


「あの、失礼して今読んでもよろしいでしょうか?」


 何とも言えない顔をしているハリエットをちらりと見ると、セシリアは自分に渡された手紙を読みながら「いいわよ」と手を振った。「ありがとうございます」と言うと、ハリエットはいそいそと手紙を開いた。



――――――――


親愛なるハリエット


 今はもうブリックスの街に入っている頃だね。本当にお疲れ様。特に何事も無く過ごしているだろうか。


 どうしてだろう、僕たちの目的は達成されたはずなのに、君に『役目は終わった』と書かれてどうしても手紙を出さずにいられなかった。ちょうど陛下が妃殿下に早馬で手紙を送ると言っていたので便乗して送らせていただいた。


 あの騎士たちは君の友人だったんだね。大雨を駆け抜けて疲労困憊だった彼らは赤い女神の祝福を貰ったからと笑っていたそうだよ。僕にはもう手紙が来なくなるのに彼らには祝福があるのかと思うと何とも言えない気持ちになった。僕は何が言いたいのだろう。ごめんね。


 明日、君を城で迎えられることを楽しみにしている。どうか無事で戻ってきて欲しい。


愛をこめて ダレル


P.S.

 黒猫、付けてくれてありがとう。とても嬉しい。


――――――――



「ええと…」


 ハリエットは手紙を握りしめたまま固まった。ハリエットは書いたことが無いけれど、まるで本物の恋文のようではないか。固まったまま、ハリエットの目が左右に泳いだ。


「…ハリエット?」


 セシリアに呼ばれて振り向いたハリエットの顔はまるで迷子のようだった。


「セシリア様…」


 不安げに瞳を揺らしセシリアを見るハリエットにセシリアは困ったように眉根を寄せちらりとルイザを見ると、ルイザは首を横に振って苦笑し「まずは明日ですよ」と言った。「そうね、明日よね」とセシリアも苦笑すると、ハリエットに向き直った。


「ハリエット、今日はもういいから休みなさい。明日も早いから明日の朝に人一倍頑張ってちょうだい」

「ですがセシリア様」

「いいから。まずは厨房で軽食を貰っていらっしゃい。それを食べたらお風呂に入って。荷物だけ詰めたらさっさと寝なさい。これは私の望みよ」


 セシリアの望み。そう言われてしまえばハリエットに拒絶する術はない。被せるように言われたハリエットは眉を下げてぐっと押し黙った。


「…その手紙、私が預かった方が良い?」


 セシリアが困ったように小首をかしげた。ハリエットはちらりとまた手紙に目を移し、そして途方に暮れたようにセシリアを見た。


「どうしましょう…?」


 昨日セシリアに宥めてもらったはずなのにまたもハリエットはあっさりと揺れている。こんなに不安定な自分は生まれて初めてで、ハリエットはどうしたらいいのか分からない。


「寝なさい、とりあえず。手紙は…ルイザ、どう思う?」

「預かった方が安眠には繋がりそうですが正しいとは言えないですね」

「そうよね、まぁどちらにしろ明日の朝返すなら大差ないから手紙は封筒に入れて鞄にでもしまっておきなさい」


 セシリアが困ったように笑い、そしてハリエットをぎゅっと抱きしめた。


「食べて、寝なさい。まずはそれからよ」


 ハリエットはこくりと頷くと、「申し訳ありません、おやすみなさいませ」と言ってカーテシーをした。皆が口々に「おやすみ」と返してくれたが、誰の目もとても優しく細められていた。


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