16.七日目
再度予定していた15話も越えて更に行きます。
終わらない、終われない…。
昼食の後、少しの休憩を挟み領主たちとの会談は予定通り行われることになった。嵐はいまだ止まないが、領主たちは前日からすでにウェリングバローに入っており、直接セシリアに話を通すことのできるこの機会を逃すわけにはいかないと城の表玄関ギリギリに馬車を着けることで何とか入城したらしい。
「お土産に、いい結果を持って帰らなくてはね」
セシリアはそう笑って大公殿下にエスコートされ会議室へ入っていった。会談が行われる間はハリエットたちは自由時間となる。残念ながら嵐のせいで町へ出ることは叶わないので、ハリエットたちは残された書類の清書や手紙の返信の代筆、明日の移動に向けての準備などをして待つことになった。
「ハリエット、こちらは十分に人手が足りているから先に手紙のお返事を書いてしまいなさい」
「いえ、時間もありますし先にこちらを仕上げてしまいます」
にこりと笑うルイザにハリエットも抵抗したが、「猫のお礼もちゃんと書くのですよ」と言われ撃沈した。遠い目をしつつ後ろを振り向くと、他の三人もうんうんと頷いている。
「何を書けば良いのでしょうか…?」
「そのまま書けば良いんじゃないでしょうか!」
「何を…?」
「ふたりの色で嬉しいって!!」
きらきらの視線で手を胸の前で組みリビーがとんでもないことを言った。ぶはっと、どこかから噴き出す声が聞こえたが、まさか王妃殿下付き侍女が思い切り噴き出すなどありえないはずだ。きっと。
「リビーはロマンチストね…?」
ハリエットが言うと、「ロマンチストなのはストークス様だと思います!!」とリビーが大変良い笑顔で言った。ぶふっとまた違う方から噴き出す音が聞こえたが、ハリエットは苦虫を嚙み潰したような顔で黙殺した。
これ以上リビーと会話をするとせっかくの清書が清書ではなくなってしまいそうなので、「書いてきます…」と肩を落とすとハリエットは諦めて手紙を書きに隣室へ籠ることにした。
隣室に入りドアを閉めると、ハリエットはポケットから小さな紙袋に包まれた猫のチャームを取り出した。
二センチほどの黒猫は、横向きに座りこちらを振り向く意匠で長い尻尾がくるんと丸まっていて大変愛らしい。エイプリルも言っていたが、ハリエットの手紙が届いてからダレルが手紙を出すまでに恐らく一日も無かったはずだ。このように愛らしいものをあの忙しい人が一体どうやって手配したのだろう。
「ん-…お礼を…何かお礼を同封したいのだけど…」
あいにく外は嵐だ。朝よりは治まってきたとはいえ、セシリアの会談を考えれば手紙を出すまでに外出できることはないだろう。
一体全体、どこに野で摘んだクローバーに宝石の付いたチャームを礼に贈ってくる人がいるのだろう。改めてハリエットはダレルが国王陛下の側近であることを実感した。相手がセシリアであれば国王陛下なら間違いなく、やる。
考えても仕方がないので、ハリエットは今回は手紙だけを送ることにした。
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親愛なるダレル
今日のウェリングバローは思っていた通り大変な嵐となりました。残念ながら午前の視察は中止となりましたが午後の会談は行われました。良い結果をお土産にしなければと、セシリア様も張り切っておられました。
陛下を思い出しておられたようで、早く帰りたいと笑っておられました。
この雨の中を、友人の騎士が今朝から王都に向かったそうです。今日の午前に届いたあなたからの手紙もインクは滲んでいませんでしたがしっとりと湿っていました。この酷い嵐の中を手紙を守って走ってくださる騎士様たちに頭の下がる思いがしました。
そうです、朗報がありました。きっとこの手紙を読まれる頃にはお聞き及びかと思いますが、セシリア様が陛下にお手紙を書かれました。この手紙と一緒にお送りします。私のお役目も終わりですね。
ご心配ありがとうございます。明日からはちょうど帰城のための移動となります。あと三日でこの視察の旅も終わりますから、陛下もきっと安心なさいますね。きっとセシリア様を無事にお連れいたします。
次はきっと城内でお会いすることになりますね。
愛をこめて ハリエット
P.S.
可愛らしい黒猫をありがとうございます。いつの間にご用意なさったのでしょう?懐中時計につけて愛でようと思います。
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「よし………あ」
ハリエットは誤字脱字が無いか読み直し、うっかりと『お役目』と書いてしまっていることに気が付いた。一応、報告書では無く恋文の体だったのだが…いや、きっと随行が終わるという意味にも取れるだろう。ハリエットは書き直さずこのまま送ることにした。
これがハリエットが送る最後の手紙になる。何かお礼をと思うが、余計なことを書くわけにもいかない。けれど、これで最後と思うとあまりにもあっけないような気がした。
「駄目ね…」
ハリエットは自嘲気味に笑った。楽しかったのだ、とても。この恋文に偽装した報告書のやり取りは、ハリエットの日常をとても鮮やかに塗り替えてしまったのだ。寂しいと、終わりたくないと、思ってしまうほどに。
「いいのよ、これで」
ハリエットは呟いた。「いいのよ」もう一度呟くと真っ赤な蝋を溶かしぎゅっと封蝋を押す。これでもう、手紙を書き替えることはできない。そうして、これまでダレルから届いた四通の手紙を出してデスクに並べてみた。
「……ありがとう…」
呟くと、ハリエットは一度ぎゅっと手紙を抱きしめた。
会談は順調に終わったらしく、その後はそのまま晩餐へと流れることになった。合間に着替えのために部屋へ戻って来たセシリアが、少し長めの手紙をしたため金の封蝋を押しハリエットへ手渡した。
「これもお願いね」
そう言ってにっこりと笑ったセシリアに、ハリエットも「承りました」とにこりと笑って受け取った。
「…ハリエット?」
セシリアがいぶかしげに眉を細めた。
「何かあったの?」
心配そうにハリエットの頬に触れ、セシリアがじっとハリエットの目を見つめた。その温かさに、ハリエットは自然と微笑んでいた。
「いいえ、ただ…長いようで短い十日間だったと思いまして…」
「そうね…本当に。長いようで短い時間だったわ」
恐らくセシリアはこの視察のことをさしているのだろう。けれどもハリエットは、あのダレルに呼び止められた日からの十日間を思っていた。今日でちょうど十日目。帰城まではあと三日残っているけれど。
「あと少しで帰れるわ、ハリエット。きっと、大丈夫よ」
「だからそんな顔をしないで」そう言ってセシリアはもう一度ハリエットの頬を撫で、後ろ髪を引かれるように晩餐へ向かった。同行するルイザもハリエットを見て頷くと「大丈夫よ」と優しく微笑んだ。
セシリアの部屋に残った三人に声を掛けると、ハリエットは騎士棟へ向かって歩き出した。嵐もだいぶ治まり、今は少し雨が降っている程度だ。回廊を歩いていても昨日のように濡れてしまうことは無かった。
「大丈夫だったかしら?」
ふと、ハリエットはふたりの騎士を思い出した。あのふたりには『メイウェザーの祝福』の効果はあったのだろうか。不思議な力など信じていないハリエットだが、今だけはあの迷信が本当であればいいと心から思った。
「ああ、そうね。以前にもそう思ったことがあったわ…」
十一年前。セシリアと共にレオミンスター寺院へ行くと決めた日、ハリエットは確かにセシリアとルイザの手を握った。迷信でもなんでもいいからふたりを守ってと、心から祈ったことがあった。
「ふふ…懐かしい…」
もしもあの時もふたりに『メイウェザーの祝福』があったのなら。もしもダレルの苺飴がハリエットの祝福ならば。なんてハリエットは幸せ者なのだろう。ハリエットの大切な人たちを守ることができたのだから。
騎士棟へと続く城壁をくぐるとすぐに第一騎士団の騎士を見つけることができた。手紙を託そうと声を掛けると「ああ、王妃殿下の」と微笑んでくれた。ジャックとケネスとも仲が良く話を聞いていたという騎士は、手紙を受け取ると「お任せください」とにっこりと笑った。
ああ、第一騎士団は変わったのね、とハリエットは思った。あのセシリアを心底怒らせた王命結婚事件は、決して悪いことばかりでは無かったのだ。
物語の終わりは見えたのですが、ついでに今日という日の終わりまで見えてしまいました。
日曜日に終わる、月曜日に終わるで結局終わらず…!
終わる終わる詐欺、大変申し訳ありません。
終わりは書けましたので、推敲が終われば終われます…!




