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王妃付き侍女と国王付き侍従の恋文とその顛末について ※加筆修正してシリーズまとめ作品に収録済み  作者: あいの あお


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14/25

14.七日目

 翌日。夜半から降り始めた雨は強さを増し、夜が明けるころにはザーザーと窓を叩き、時折強い風が窓をがたがたと揺らした。


「ハリエット、どうかしたの?」


 お茶を用意しながらも時折窓を見ては眉を顰めているハリエットにセシリアが首を傾げた。ハリエットはハッとして「申し訳ありません!」と慌ててお茶を確認したが、蒸らし時間にはまだ足りないくらいでほっとした。危うくセシリアに渋いお茶を出してしまうところだった。


「実は先日お話した騎士のおふたりが、急遽連絡係として夜明けに立ったそうなのです。勝手ながらおふたりを友人だと思っておりますので…心配で…」


 もう一度「申し訳ありません」と言うと、ハリエットはばれないよう小さくため息を漏らした。横殴りの雨が窓を強く打ち付けるたび、風が強く吹き付けて窓を揺らすたびに想像してしまうのだ。すでに夜は明けているのに外は酷く暗い。この暗い中を馬に乗り、外套を押さえながら手紙を守りひたすらに走るふたりの姿を。


「そう…それは心配ね…。ねぇハリエット、『祝福』はしてあげたの?」


 タイミングを計ってお茶を別のポットに移し、更に温めたカップにそっと注ぐ。お茶の温度と濃さは良かったが、セシリアに出すときにかたりと音を立ててしまった。


「え、『祝福』ですか?」

「そうよ、『メイウェザーの祝福』」


 音もなくカップに口を付け優雅にひと口飲んで「うん、今日も美味しいわ」と微笑むセシリアに、ハリエットはぱちぱちと何度も瞬きをした。


「…ただの迷信ですよ?」


 ハリエットが苦笑すると、「違うわ」とセシリアが笑った。


「効くのよ、メイウェザーの…ハリエットの『祝福』は。ちゃんと効いて…導いてくれるの」


 笑みを深め「そうよね?」とセシリアが視線を投げると、ルイザが「はい」と頷いて微笑んだ。ハリエットが眉を顰めていぶかし気にルイザを見ると「効くんですよ」とルイザも笑った。何を根拠にふたりがそのようなことを言うのかは分からなかったが、そうであればいいとハリエットは強く思った。


「もし、本当に効くのなら嬉しいです。はしたないとは思ったのですが、昨日お手紙をお渡しするときにおふたりの手を握って来たので…」


 ハリエットが自分の両手を見ながら淡く笑んだ。あんな小さな気休めに、本当に意味があるのならどれほど嬉しいだろう。


「あら、それなら大丈夫よ。何も心配しなくても、きっとふたりとは城で無事に会えるわね」


 そう頷いてセシリアがお茶を飲み干したのでおかわりを確認し、ハリエットはそっと二杯目をカップへ注いだ。




 その日の午前に予定していた視察はマーケットが嵐で閉鎖のためいったん保留となり、セシリアは午後に予定している会談の内容の確認や準備を進めることとなった。だいたいのことはすでに決めてから訪問しているのだが、せっかく時間が空いたので大公殿下から受け取った最新の情報を加味して精査することにしたのだ。

 ある程度話が進み午前のお茶の時間に差し掛かった頃、廊下側からノックの音が響いた。


「失礼いたします。連絡係が到着いたしましたのでお手紙をお持ちいたしました」


 書類の清書をしていたハリエットがパッと顔を上げるとセシリアが頷いたため「参ります」と声をかけて急いでドアを開けた。そこにはずぶ濡れで震える騎士…は立っておらず、しっかりと身なりを整えた護衛隊長が立っていた。


「申し訳ありません、この風雨で濡れはしませんでしたが湿って大切なお手紙にしわが寄ってしまいました。部下の不手際を心より謝罪いたします」


 生真面目に頭を下げる隊長にハリエットが大きくドアを開けてセシリアを見ると、セシリアが書類から顔を上げて微笑んだ。


「いいえ、謝罪には及びません。このような荒天の中よく無事に届けてくれました。叱責などせず十分にねぎらってあげてちょうだい。温かい食事も忘れずにね」

「承知いたしました。王妃殿下におかれましては寛大なお言葉に感謝申し上げます」


 隊長はほっとした顔でもう一度深く頭を下げると、「こちら、お願いします」とハリエットに手紙の束を渡してくれた。確かにしっとりとしていて少し重いが、文字が掠れているものは一通もない。どれほど大切に守って来てくれたのだろう。またハリエットは今も雨の中を馬で走っている最中であろう友人たちを思った。


「ありがとうございます。確かにお受け取りいたしました」


 ハリエットも丁寧に礼をして微笑むと隊長は騎士の礼をして去って行った。ふと横を見ると、今日もドアの左右にひとりずつ騎士が立っていた。ハリエットが小さく礼をして「お疲れ様です」と声を掛けると、左右のふたりはちらりとハリエットを見て小さく微笑み「お疲れ様です」と返してくれた。なるほど、このふたりは適度だなと、ハリエットは心の中で笑った。


 そのまま手紙をルイザへ渡すと、ルイザはなぜかほとんど宛名を確認せずにひょいひょいと封筒をめくり始めた。そうして一枚の手紙を見つけるとぴたりと手を止めハリエットを見てにっこりと笑った。


「ハリエット、いつものよ」


 そう言って宛名では無く緑の封蝋が見えるようにすっとハリエットに差し出した。


「ぐぅ、ありがとうございます…」


 ハリエットはルイザの前では決して猫を剝がさないよう気を付けている。ルイザは礼儀や作法に対してとても厳しい。今回の視察でも猫が数匹剥がれただけであとでこっそりとお小言をいただいていた。実は大量の猫の被り方をハリエットに伝授した師匠はルイザなのだ。

 今回も淑女にあるまじき声を上げたことにお小言があるかと思ったが、何も言われずむしろ微笑まれてしまった。


「セシリア様、そろそろお茶の時間でございます。休憩にいたしませんか?」

「そうね、みんなも休憩にしましょう。ハリエット、その手紙、先に読んできても良いわよ?」


 セシリアにまでにこにこと笑われてしまい、ハリエットはまたも「ぐぅ」と言い遠い目になった。きっといつもこそこそと読んではこそこそと返事をしたためるのがいけないのかもしれない。


「いえ、よろしければこちらで皆様と休憩をしながら読ませていただければと…」

「あら、そう?」

「もちろん、かまいませんよ」


 セシリアとルイザの顔が()()()()から()()()()に変わり、ルースが「あらあら」と茶器の準備を始め、リビーが「急いでお湯とお菓子をいただいてきます!!」と満面の笑みで出て行き、エイプリルがとても良い笑顔でその後を追っていった。


 これは失敗したかしら…そう思いつつルースの手伝いをしようとすると、「いいから、早くお読みなさい」と他の手紙の仕分けをしていたルイザに大変良い笑顔で微笑まれてしまった。


「はぁ…ありがとうございます…」


 どこか遠くへ逃げ出したであろう猫を拾いに行くのも億劫なので、ルイザに怒られないことを良いことにハリエットは適当な返事をして手紙をごそごそと開いた。そうして、文面を見て固まった。

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