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13.六日目

 隣室に逃げ込んだハリエットはまずデスクにお茶とお菓子を置くとぐったりとデスクに突っ伏した。


「なんか…なんかこれ、大ごとになってない?」


 なぜルイザ以外もあんなに良い笑顔で自分を見送ってくれたのか…。確かに恋文と偽装してのやり取りなのだから周囲の反応としてはこれで正しいのだろう。だが、なんともやり切れない。違うのだと叫びたい。


「まぁいいわ。ある意味では思惑通りだもの」


 ハリエットは気を取り直すと自分の荷物を開けた。レターセットを出そうとして、バタースコッチの缶と胡麻の飴の箱が目に入る。ちなみに、あの軟膏は何かあった時にと苺飴とは反対の隠しポケットに入っていたりする。

 ハリエットは「うー…」と唸るとレターセットを取り出してデスクに並べた。



――――――――


親愛なるダレル


 無事にウェリングバローに入りました。途中、雨が降りましたが幸いほんの少しで済みました。


――――――――



 はたと、ここでハリエットの手が止まった。さて、いったい何を書けばよいのだろう。セシリアが大公殿下を慕っているのは国王陛下も重々承知だ。国王陛下と王弟殿下、そしてセシリアを、大公殿下はいつも同じように可愛がり愛情を注いでいた。

 両手にふたりを担いでもうひとりは首にしがみついて…などという見事な力技もやってのけていたそうだ。大公殿下は昔も今も王族ではあるが鍛え上げられた肉体を持つ武人なのだ。


 だが、分かってはいても良しとするかはまた別の話だ。国王陛下も仕方がないと思ってはいるようだが、やはり面白くないという表情はする。どちらに対してなのかは分からない。いや、恐らくどちらに対してもなのだろう、国王陛下も大公殿下が大好きなのだ。もちろん王弟殿下も。


「そのまま書くのは…いくらダレル宛でも憚られるわね…」


 考えあぐねた結果、結局良い答えは見つからずハリエットは筆が進むままに書くことにした。



――――――――


親愛なるダレル


 無事にウェリングバローに入りました。途中、雨が降りましたが幸いほんの少しで済みました。


 途中で立ち寄った村々も田畑も昨年の水害が嘘のように立て直されていました。まだまだ名残も見られますし生活も完全ではないと思いますが、どなたもセシリア様のお顔を見ては笑顔で感謝を述べていました。セシリア様もひとりひとりと目を合わせて元気づけておられました。辛いことはあるけれど、きっと当代に生きる人々は幸せだと思います。私も含めて。


 大公殿下は相変わらずでいらっしゃり、セシリア様もとてもお喜びの様子でした。にこやかなおふたりを拝見するのは私にとっても至福の時間でした。


 昨日からの移動には酷くお疲れのご様子もありましたが、お気持ちが明るいせいでしょうか、セシリア様はとてもお元気な様子でした。

 雨が降る予定だそうで、連絡係が早く出立するそうで晩餐の様子はお知らせできませんが、きっとセシリア様にとって素敵な時間になることと思います。


 明日はウェリングバロー市内の視察と大公殿下および近隣要所の領主たちとの会談が控えております。私も今一度気を引き締めてセシリア様をお支え致します。


またお便りいたします。


愛をこめて ハリエット



P.S.

 飴、驚きました。あんな歯触りの飴があるのですね!ダレルはもしかして甘いものがお好きなのでしょうか?ダレルの色の飴、美味しくいただきました。


――――――――



「…………」


 荷物から黒い箱を出すと、ハリエットは茶色がかった黒の飴を眺めた。ダレルの髪はもう少し黒いかもしれない。

 ハリエットの知る黒い飴と言えば隣国で有名な、なんとも不思議なニオイのするあれだけだった。石炭を割った表面のように艶々とした黒のかたまり。隣国の大使にいただいた名も覚えていないその飴は実に衝撃的な味がした。隣国では馴染みの味だが他国ではとても驚かれるよと大使が笑っていた。


 ハリエットはそのまま飴を口に放り込みしゃりしゃりと噛んだ。胡麻の風味の向こうに黒糖を感じる。間違いなく美味しい、けれど。


「なんだろうな…」


 呟くと、ハリエットはごそごそと手紙を封筒へ入れて封蝋を押し、そうしてその手紙をじっと見た。口の中の飴は間違いなく甘いのに、なぜだかほんのりと苦い気もする。


「……よし、行くか」


 ちらりと時計を見ると一時間が経過しようとしている。冷めてしまったお茶と残ったお茶菓子を一気に食べるとハリエットは手紙ごとお盆に乗せて部屋を出た。



 「遅くなりました」とセシリアの部屋に戻るとすでに荷物の片付けもお茶も終わった四人が部屋に控えていた。セシリアはまだ戻らないらしい。もしかしたらこのまま夕食の席へ行くのだろうか。着衣も旅装で髪も結っていないのだが、今日の夕食をご一緒するのは大公殿下のみなので良いのだろう。


「書き終わりましたか?」

「はい、なんとか」


 ひらりと封筒を振って見せるとルイザが頷いた。


「では、これも一緒に連絡係の方に渡してきてもらえるかしら」


 手渡されたのは四通の封筒。それぞれルイザ、ルース、エイプリル、リビーの名前が書いてある。それぞれの家への手紙らしい。


「さすがに十日間一通もお手紙を書きませんでした、では薄情者扱いされそうだもの」


 苦笑しながら言うルイザにハリエットも笑った。そういえばハリエットはここまで家への手紙を一通も書いていない。だが、メイウェザーでは数年間音信不通の血族も当たり前のようにいるので家へ書くということに思い至らなかったのだ。


「承知しました、ちょっと行ってきますね!」


 明日は家へも書こうかしら…そう思いながらハリエットはセシリアの部屋を出たが、セシリアがいないため部屋の前には騎士がいない。

 ウェリングバローの城に来たのは初めてでは無いとはいえ、勝手知ったるというほどでもない。きょろきょろと辺りを伺っていると廊下の先に人影が見えたため、ハリエットは案内をお願いすることができた。


 騎士たちは騎士寮の方へ宿泊するらしく、すでにそちらに入っているらしい。騎士寮ではハリエットひとりでは入りにくかったので、ちょうど声を掛けたのが場内を巡回していたウェリングバローの騎士で大変助かった。

 一度階下に降りて中央玄関を通り抜け、続く回廊を抜けると大きな城壁が見える。その城壁の向こうが騎士の鍛錬所や騎士寮などがある騎士棟だった。



「ハリエット様!」

「ジャック様、ケネス様」


 案内をしてくれた騎士に礼を言い騎士寮の方へ歩いていくと、良く見知った顔に声を掛けられた。ほっとしたハリエットが封筒を胸に抱き思わず駆け寄るとジャックが破顔した。


「ハリエット様、よかった、会えて」


 ケネスも頷きながら微笑んでいる。手紙を渡したかったハリエットはともかくとして、なぜふたりがそれほど喜んでいるのかハリエットには分からなかった。


「どうかなさったのですか?」


 ハリエットが小首をかしげると、ジャックとケネスが目を見合わせ、そしてハリエットを見て苦笑した。


「実は私とケネスが連絡係として明日の日の出とともに出立することが決まったんです」

「え!!最後まで一緒ではないのですか!?」


 ハリエットは目を大きく見開くとつい大きな声を出した。周りがぎょっとしてこちらを向いたがハリエットはそれどころでは無い。騎士である以上は連絡係として行き来をすることもあるだろう。だが、なぜかハリエットはジャックとケネスは最後まで一緒なのだろうと思っていたのだ。


「元々は連絡係では無かったのですが…まとまった雨が降るかもしれないので。距離もありますし、若手では危険なので自分たちが出ることになりました」


 答えてくれたケネスにハリエットの不安が募る。


「それは、おふたりが危険な道を行くということですか?」


 連絡係は体力のある若手の騎士が担うことが多い。ふたりもハリエットから見れば十分に若いが、随行に選ばれ、しかも慰問にも担当護衛としてつくとなればそれなりの実力と経験があるのだろう。それでも不安は募る。


「そうですね。ですが、雨だろうと嵐だろうと必要があるなら走るのが騎士というものですから。まぁ、付き合わされる軍馬は大変でしょうが」


 ジャックがおどけて肩を竦めて見せた。けれどハの字に下がってしまったハリエットの眉を見て、ジャックも眉をハの字にして笑った。


「大丈夫ですよ、ハリエット様。私たちは訓練を受けた騎士です。それにちゃんと休み休み移動して無理はしませんので!安心してください!」


 ジャックがまた片目を瞑って笑って見せた。その様になる表情に、ハリエットは今更ジャックの顔が整っていることに気が付いた。第一騎士団の所属なのだから当然と言えば当然なのだが、今の今までさっぱりと気づいていなかった。


「そう、ですよね…。申し訳ありません、立派な騎士であるおふたりに対して大変失礼でした」

「いいえ、ありがとうございます、心配してくださって」


 ハリエットが無理やり笑顔を作ると、ジャックもにこりと笑った。ケネスの目もとても優しい。この先、このふたりが一緒では無いことがハリエットはとても寂しかった。


「ところでハリエット様、それ、手紙じゃないんですか?」

「あ、そうです!!みんなの分も預かってきて…」


 ハッとして見ると、ずっと抱きしめていたせいでしわが寄ってしまっている。「あー…」とハリエットが困った顔をしているとジャックが笑いながら言った。


「大丈夫ですよ!幸い雨ですからね、濡れなかっただけ良かった!ってなりますよ」

「笑い事ではないですし幸いでもないですよ!」


 むっとした顔で言ったハリエットに、ジャックもケネスも声を上げて笑った。ひとしきり笑うとジャックが「手紙、もらいます」と手を出したので、ハリエットは手紙を渡しぎゅっとジャックの手を握った。


「ジャック様、どうかお気をつけて」

「ありがとうございます、ハリエット様。また城でお会いしましょう」

「ケネス様も、どうかお気をつけて」

「ハリエット様も、どうかお気をつけて。城でお待ちしております」


 ケネスの手も握りぎゅっと力を籠める。淑女としてはあるまじき行為だが、ハリエットには意味のあることだった。


「メイウェザーの『祝福』ですね…」


 ケネスが手を見ながらぽつりと言った。


 その昔、まだこの国が生まれるずっと前。誰も抜けることができないと言われた魔の森に挑む友に、真っ赤な髪のメイウェザーの血族が抱擁と共に『祝福』を送った。

 ひと月経っても帰ってこず皆が諦めかけた時、その友人はぼろぼろになりながらも森から帰って来た。いわく、赤い光が出口まで導いた、と。


 ただの昔話であり迷信だ。実際、ハリエットにも他の血族の赤い髪の者たちにも何の力もないし、抱擁をしようと手を握ろうと強くなったり不思議なことが起こったりもしない。それでもいい。気休めでも迷信でもいい。ハリエットは新しくできた友人たちがどんな雨でも迷わず進めるおまじないをかけたのだ。


「どうか、お気をつけて」


 ハリエットは深くカーテシーをし、にっこりと笑った。「お任せください」ふたりはそう言って騎士の礼をした。ハリエットは何度も何度も振り返ったが、彼らはハリエットが見えなくなるまでずっと後ろで見守ってくれた。

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