騒がしい棺桶 ③
じっとリズベットを見つめていたポンコツは、一歩前に。
「っ……」
リズベットが手に持つハンドガンの銃口を、自分の額に押し付ける。
「ポンコツはポンコツですから、難しい事はわかりません。でも、何のために作られたのかは知っています。マスターのお側に侍り、尽くし、お役に立つことがポンコツの存在意義で、それが出来ないポンコツに存在する価値はありません」
そして僅かに震えながら微笑むと、口にした。
「本当にリズ様が不要だと仰るなら、どうぞ」
「……冗談で言ってるつもりはないんだけど」
「ポンコツも冗談では言ってません。ですが、リズ様はポンコツが思うに優しい人ですから、この引き金は引けないと思います」
目を逸らさずに告げるポンコツを、不快を滲ませ睨み付けた。
「舐めてるの?」
「はい、舐めてます。……まだ引き金を引いてないのが証拠です」
堂々とそう言って笑い、指を二本立てた。
「選択肢は二つです。ここでポンコツを殺すか、殺さないか。ポンコツはポンコツですから、リズ様の命令も拒否します。嫌なことは嫌って言います。それが嫌なら、リズ様はこの引き金を引くしかありません」
「……どうしようもないポンコツね」
「改めて考えると良い名前ですね。リズ様は言行不一致な方ですし」
楽しそうに肩を揺らして、リズベットの目を覗き込むように口にした。
「リズ様のお側にいるために、ポンコツはポンコツでなければなりません」
嘆息すると、銃を手放す。
ポンコツはそれを受け取り嬉しそうに微笑んだ。
「……まるでポンコツを演じてるみたいに言わないで」
「演じるも何も、ポンコツの有能さは証明されました。ちゃんと見る目はありますし、だからこうしてリズ様とお喋り出来ています。……先ほどの戦闘におけるストレス反応を見る限り、リズ様は冷酷な方ではありません」
リズベットは眉を顰め、ミノムシ、と声を掛ける。
『こちらからバイタルデータの送信は行なっていません』
「表情と視線、声音の変化。視覚と聴覚情報からの分析です。ポンコツはこう見えて非常に優秀なのです」
「余計にめんどくさいだけでしょ。それに……」
リズベットは一瞬目を閉じ、それからポンコツを見つめて言った。
「わたし、実は男なの。男性的特徴のある体でしょ?」
「え……? あれ……?」
ポンコツは混乱したようにリズベットの全身を眺め、疑問を浮かべる。どこをどう見てもリズベットの体は少女のそれ。どう考えても嘘の発言であるにも関わらず、分析結果は今の発言が真実であると示していた。
小馬鹿にするようにリズベットは言う。
「ありきたりで陳腐な機能。逆手に取れば、表面的な機械分析なんて騙すのは簡単なの。そんなことを自慢げに口にするのは、わたしは間抜けなポンコツです、と自分で宣言してるようなものね」
「う……」
ちょっと高度な嘘発見器のようなもの。
アンドロイドには標準的に搭載されているもので、監視装置にも利用されていた。仕組みが分かっていれば、誤認させるのは簡単な機能である。
とはいえ、出会ってからの僅かな時間でリズベットのメンタルを正確に読み取っていたとするのなら、分析能力は確かに優秀だった。
油断していたのは確かであったが、簡単に読み取られないよう多少のフィルターは日常的に掛けていた。簡単な機械分析程度なら狂わせる程度に。
ポンコツではあるが、中に詰まっている物自体は高性能なハイエンド品。あるいはドールとしての機能に必要だからと優先処理されているのか。
そう作られた玩具としては、主人の顔を窺わせるのは自然な発想であった。
「でもそれはリズ様が優秀だというだけで、ポンコツが間抜けという訳ではないと思うのですが……ミノムシさん、どう思いますか?」
『妥当な認識と言えます。ポンコツの基本性能は悪くなく、マスターの能力は平均水準を大きく上回っています』
「ほら、ミノムシさんもこう言ってます」
「その性能を使いこなせなきゃ無いのと一緒よ」
どちらにせよ、とリズベットはポンコツを睨んだ。
「……あなたをこの船に乗せる気はない。それは変わらない」
「わかっています。これは試練というものですね、ミノムシさん」
『その可能性はあるでしょう。先ほど視聴していた黒き海の海賊旗、18分24秒に船長ゴードンが発したセリフと類似します』
「……何の可能性があるのよ」
先ほどまではミノムシにポンコツの相手を任せており、おかげで数時間は邪魔されずに済んでいた。だが、見せていたのはろくでもない映画だったらしい。
アウトローがどうのこうのと言い出したのもその影響か。
「……何でそんなもの見せたの」
『マスターの仕事に関係のある題材の映画を視聴したい、という希望でしたので、宇宙を舞台にしたピカレスク系統の作品を中心に、評価の高いものをピックアップしました』
「どれもすごく面白かったですっ」
満足そうに頷くポンコツと融通の利かないミノムシにうんざりする。子供向けとでも指定しておけば良かったと後悔した。
黒き海の海賊旗は事故で漂流していた子供が宙賊に拾われる物語。半人前として船には乗せてもらえないまま彼らに育てられた主人公は、最終的にその宙賊の壊滅時、船長から一人前の証だと船と旗を託され旅に出る。
お涙頂戴、突っ込み所満載の下らない映画であった。
「……あなたを一人前と認める頃にはわたしが死ぬことになりそうね。あの映画の内容的に」
「リズ様はきっと、ゴードン船長より優秀なので大丈夫です」
「あなたがいると現実的にそうなるリスクがあるんだけど」
話しているだけで頭が痛かった。
とはいえ癪だがポンコツの言うとおり。始末するには寝覚めが悪い。
これまで千人を超えて殺している。今更一人殺すことに抵抗なんてなかったが、だからと言って快楽殺人者という訳でもなかった。この脳天気なポンコツを気軽に撃ち殺せる人間であれば、どれほど良かったことかと思う。
リズベットは中途半端な人間だった。
機械と混ざりながらも、機械ほど合理的にもなれはしない。
「……分かった。間を取りましょ」
「間……?」
「あなたを運んでいたのは武闘派のディープ・ワンズ。わたしは連中の積み荷を横から掻っ攫って、取りに来た連中をデブリに変えた訳。向こうはすぐに犯人捜しを始めるだろうし、バレたらわたしは殺される。これは理解出来る?」
はい、とポンコツは頷いた。
「荷物の中身を知っている人間がいるかどうかは分からないけど、リスクは高いしあなたの存在を知られたくない。そうでなくとも荷主にバレれば、同じくわたしは殺される。あなたを置くのはわたしのリスク、だからさっさと手放したい」
これも理解出来る? と尋ねれば、渋々といった様子でポンコツは頷く。
「運び屋なんて映画と違ってあっさり死ぬの。わたしは一人でやってるからね、組織に本腰を入れられたらどうしようもない。あなたはマスターを殺したい?」
「それは……もちろん、そうは思わないですが」
死んでも自分を側にいさせろ、とまで言われなくて安堵する。流石にそこまでポンコツではなかったらしい。
「これからあなたをわたしの知り合いのところに連れて行く。それで問題なく本来の所有者のところに届けられるなら、あなたは素直にそれに応じる」
その言葉にポンコツは渋面を作り、
「それが駄目なら、あなたの望み通りにしてあげる」
続く言葉に喜色を浮かべ、
「間を取るって言うのはそういうこ――っ」
「――リズ様っ」
ぴょん、と飛び跳ねるように抱きつき頬ずりする。
「えへへ、言質は取りました! 絶対ですよ!」
「……話聞いてたの?」
「聞いてました! マスターになってくれるって」
都合のいいところだけじゃない、とリズベットは額を押さえた。