騒がしい棺桶 ②
リズベットの体は生まれる前からあらゆる生体改造を受けている。
筋繊維は人工筋肉と遜色なく、骨の強度は船体フレームに近い。臓器も同様、強化されているものであれば、眼球のように完全に置き換わっているものもあり、神経網も常人とはものが違う。骨の中まで機械部品や回路が埋め込まれていた。
人間というより生体兵器、強化人間と呼ばれる人種。
とはいえあくまで人間であったし、アンドロイドとは大きく異なる。外見上はともかく、スキャンすれば見間違うことはない。
リズベットは目を細めた。
「……なるほどね。生体部品を使った、より人間に近いドールということかしら。あの設備のデータ、多少無理してでも引き出しておけば良かった」
『コア部分にアクセスするには脊椎部から脳に類似する器官を経由することになりますが、各所からの信号を変換する役割を担っていると思われるこの器官が信号を遮断します。その破壊を許容するならば解析も可能と思われますが』
むーむーとポンコツは両手で自分の口を押さえながら涙目で唸っていたが、それを無視して考え込む。
脳をコアとし、埋め込まれた演算装置を補助的に利用し五体を動かすリズベットと真逆。埋め込まれた演算装置をコアとして、補助的に人工脳を利用し五体を動かすアンドロイド。
ミノムシの内側で暴れようとする力はアンドロイドのそれ。眼球は高機能なカメラ。デブリの擬態に騙されていたところを見るに、高度に外部情報を処理している。機械と生体を組み合わせた、という点で確かにリズベットと近い。
単なる玩具としては中々の代物だった。
後付けも含めれば、機械を組み込んだ人間は腐るほどいるが、逆はあまり聞いたことがなかった。基本的に優秀なのは機械の方。コストを掛ければ掛けるほど優秀になるし、人を模しても生体部品を使う意味が存在しない。
リズベットのような強化人間も、単純性能という意味ではアンドロイドの劣化品。強化人間自体の培養が違法というのもあるが、生まれ育った肉体を捨てて、全身機械に置き換えるというのが最先端のトレンドであった。
そういう意味で、このポンコツは時代に逆行しているとも言える。
「コンセプトモデルか何かってこともあり得るかもね。設備ごと輸送してたところを見るに、開発中でこれからお披露目ってとこだったのかも」
『現在流通してるモデルと大きく異なっていることは確かです』
「……益々面倒臭くなった。お願いだから初期化しない?」
むーっとポンコツは唸りながら首を振る。
元々の持ち主が簡単に初期化出来るものであれば良いが、出来なかった場合――莫大な予算を掛けた試作品を勝手に起こして中古のポンコツにしてしまったとなれば、まず間違いなく殺されることになるだろう。
「仕方ない。ただ働きはごめんだもの。……どうせ行き先はスカイベル、頼るのは癪だけど、イカレジャンクのところにこのポンコツを連れてく。ディープ・ワンズが騒ぐ前に手早く済ましましょ」
『了解しました』
大金か死かの二つに一つ。そういう時には安全を買う判断も必要だった。
船を沈めた。確たる証拠は何もないが、多かれ少なかれフリーランスのリズベットにも疑いが掛かる。現物はさっさと始末しておきたかった。そうすれば安泰、しらを切ればそれで済む。
「うるさいのは我慢する。もういい」
『はい』
「っ、酷いですリズ様! ポンコツを何だと思ってるんですか!」
「ポンコツ」
「ポンコツはポンコツじゃないです!」
怒りのあまり、自分が何を言ってるかも分かっていないのだろう。
ポンコツは顔をずい、と近づける。
「さっきから話を聞いてたら、リズ様は悪い人なんですか? ポンコツをどこかに売り飛ばそうとしている気がしているのですが」
「一般的に言うとそうね。でもそれに関しては悪いことじゃないというか……顔が近い」
ポンコツを押しのけるとリズベットは指を立てる。
「あなたがいたのは難破船、どこかに運ばれる最中だった訳。それは分かる?」
「……? はい」
「運んでいたのはあなたの所有者。つまりそれがあなたにとっての本当のマスターで、売り飛ばすんじゃなくて、所有者のところに送り届けるだけ。わたしがあなたを勝手に自分のものにしたら犯罪でしょ?」
「それは……そうかもですが」
ポンコツは眉間に皺を寄せ、顎に手を当て考え込む。
「売り飛ばすんじゃなくて、手間賃をもらうだけ。それにあなたにとっても良いことよ。あなたの本当のマスターはポンコツなんて呼んだりしないでしょうし、大切に扱ってくれるでしょう。素敵な名前も付けてくれるんじゃない?」
実際幸せなことだろう。随分と高価な愛玩品――粗雑に扱われることもない。そんな用途であれば人間の方がずっと安価であった。監査の厳しい中、ドールを作るよりも、玩具用の人間を一から培養する方が容易であったし、『出来合い品』で良ければそこら中に腐るほど転がっている。
「……わかりました」
顔を俯かせたポンコツはそう答え、聞き分けが良い、と安堵すると、
「じゃあ、ポンコツはポンコツで良いです」
「……は?」
続いた言葉に言葉を失う。
ポンコツは顔をあげるとリズベットを見つめた。
「ポンコツのマスターはリズ様。ポンコツは一目見た瞬間、リズ様がマスターだって確信したのです。確かに法的所有者は別の方なのかも知れませんが、あの難破船でアウトローなリズ様と運命的な出会いをしてしまった以上、ポンコツもまたアウトローとして、苦難の道を進むしかないのです」
何かを覚悟したような顔でうんうんと頷き、ポンコツは告げる。リズベットは額に手を当てた。話しているだけで頭が痛い。
「あの、わたしが迷惑だって話をしてるんだけど……」
「お任せください。いつの日か、ポンコツを子分にして良かったと思ってもらえるよう、ポンコツは頑張りますから……リズ様もいつか、この出会いを感謝する日が来るのです」
「来る訳ないでしょ」
深々と嘆息すると残骸に腰掛ける。
そしてポンコツを睨み付け、指を二本立てた。
「分かった。真面目に話す。……あなたの選択肢は二つだけ」
「二つ……?」
「そう。大人しく引き渡されるか、今すぐ船の外に放り出されるか。徹甲弾をぶち込んで、細かくバラバラにした後にね。……ミノムシ」
「わ……っ」
リズベットが手を差し出すと、ポンコツが身につけるミノムシのバックパックに搭載された補助アームがハンドガンを手渡した。
それをそのままポンコツの頭部に突きつける。
「わたしは運び屋のリズベット。あなたの言うとおり悪人で、金にならないことはしない主義。金になる気がないのなら、置いておくのはただのリスクだもの。後腐れなくここで始末した方がずっとマシ」
「っ……」
ポンコツは目を見開いた。
「お子様の相手はうんざり。わたしは誰かに媚びもしなければお守りもしない。これまでずっとそうやって生きてきたし、この船はわたしの静かな棺桶」
愛らしく大きな翠の瞳は、淀み濁った暗い色。
何十年と死に触れて、腐り穢れたエメラルド。宝石としての輝きを遠くどこかに忘れたように、曇りきってきた。
大きく目を見開いたドールの瞳は対照的に色鮮やかに輝いて、薄い茶色が美しく、真っ直ぐとくすんだ瞳を覗き込む。
「賑やかしの玩具はいらない。理解は出来た?」