騒がしい棺桶 ①
中型輸送シャトルとしては大型である、『オルカ』の全長は35m。
船体は概ね縦横20mという大きさで、後部20mには縦10、横15mの貨物室が入っている。純粋な輸送シャトルとしては最低限というところ。正規の輸送業だけで生活をするには商品を選べば何とかというところだが、運動性や船体強度、シールドジェネレーターも含めて高水準。航路を選ばない安定性から好んで使っている輸送業者も多少はいた。
零細の輸送業は基本的に、人の輸送に小型シャトルを使うか、大型シャトルを使う。全長数kmから十数kmという、街のような大きさの大型輸送艦、タイタン級の存在から、必然的に彼らの隙間を縫って仕事をすることになるためだ。
ただ、タイタン級ともなると大抵積み荷が決まっている。違法品の輸送は船と会社ごと取り締まられることとなるため、一緒にこれも、と個人が荷物を積み込む際には物によって色々と面倒臭い審査を通す必要があった。必然的に定期便でもあるため、急いで人や荷物を運びたい、というニーズにも応えられない。
そういう場合に使われるのが輸送シャトルだ。
数百m級の輸送艦となると、ある程度安定した仕事がなければ維持費も賄えない。安定した仕事をもたらす信用は、会社の大きさに比例するもの。使っているのは大企業と提携する中小企業が主で、零細業者には少し厳しい。
シャトル、と区分される70m以下の船はその点、維持費が手頃。整備や積み込みもステーション内で行なえるし、どんな小型ステーションでもドッキング出来、各種サービスの利用料も安い。
そのため、零細のタクシー業者は小型シャトルを使い、物品輸送の業者は普通、大型シャトルを使って仕事をした。
中型シャトルはその点、中途半端。小型シャトルほど維持費も安くはなく、かと言って大型シャトルほど荷物も詰み込めない。
それでもあえて中型を選ぶ理由は、小型ドックの使いやすさから。大型シャトルとなると汎用ドックを他の船と横並びで使わざるを得ない場合も多いのだが、中型シャトルは小型ドックにギリギリ入る。リズベットのように人に見られたくない荷物を積み込むには丁度良かった。
それにシャトルはメインジェネレーターの大きさに制限がある。
グレーゾーンの範囲でそれを改造した場合、出力と船体サイズ、質量が噛み合うラインが『オルカ』で、これ以上の大きさとなるとメインジェネレーターの性能限界。大きくなればなるほどシールド展開面積が増え、必然的に脆弱になるし、質量が増えれば運動性能を犠牲にすることになる。
宙賊相手の戦闘を想定しつつ、ラットホールで仕事をし、空いた時間で片手間に表の仕事で安定した収入を。色々と考えた結果、全ての要求をある程度満たす船として『オルカ』はそれなりに気に入っていた。
今の積み荷はコンテナが三つ。運んでいるのは軍の横流し品を買い取ったものであった。運び屋とは言うが、即金が欲しい連中相手ならその場での買い取りが主。そこから離れた闇業者のところに持っていき、その利鞘を得る。
お互いに後腐れなしであったし、信用出来ない者同士であればそういう取引が気楽であった。表の仕事もこなすのはその隠れ蓑でもある。様々な宙域を行き来するには多少の信用のある名札が必要だ。
奥に積まれたコンテナ、その手前側には先ほど潰した『ハンターシャーク』の船首部分のスクラップ。作業用アームを使い、低重力環境で切り刻み、ボルトを電動工具で外していき――耳元で騒ぐのはポンコツであった。
「――改名を要求します!」
「ぴったりでしょ。気に入ってたじゃない」
「そういう意味だと知らなかったからです! 酷いです!」
ずんぐりむっくりなミノムシの胴体を着たまま、ぷんすかぷんすかと蒸気でも噴き出さんばかり。顔を真っ赤に声を張り上げるポンコツに目を向けず、リズベットは船首の残骸から四角い記録媒体を取りだした。
「ミノムシ、解析。荷主に関するものを優先……情報を抜き出して」
『了解しました』
「ぁ、ちょっと、ミノムシさん……っ」
『ポンコツ、抵抗は移動の妨げになります。運動制御を委ねて下さい』
「ぽ、ポンコツじゃないです……!」
ポンコツはミノムシに強制的に歩かされ、貨物室端にある端末の方に向かわされる。中は裸であったし、リズベットのスーツは体型的に合わない。仕方なく着せていたのだが、こういう時には便利であった。
先ほどまでは大人しくミノムシと映画を観ていたようなのだが、ポンコツの意味を教えてもらってからはずっとこの調子。うるさい事この上なかったが、移動くらいは強制出来るのが救いだろう。
記録媒体は宝箱。たまに大口の取引に関する会話も混じっていたり、思わぬ拾い物が良くあった。宙賊のものであれば、航行記録や通信記録を見れば法則性を割り出せ、監視網全体の配置もある程度把握が出来る。
宙域にばら撒かれたどこかのレーダーが船を捉えれば、その情報を元に『ハンターシャーク』のような宙賊の軸となる中型シャトルが狩りに来る。場合によっては複数、駆逐艦まで引っ張ってきてのウルフパック。姿を見せたときには万事休す。だからこそ、こうした情報は情報屋に高値で売れる。
高価な艦船AIやセンサー類などを重視する馬鹿も多いが、リズベットがジャンク回収で最も優先するのはこれ。情報こそが最も強い武器だった。金にならない戦闘記録の類も、分析すれば連中の心理も傾向も見えてくる。
戦闘は一方的に、戦闘と呼べない形で終わらせるもの。娯楽で描かれるような馬鹿馬鹿しい有視界戦闘などしないで済むよう、立ち回るためには情報が全て。
そうでなければ、どんな高機能シャトルもただの豪華な棺桶だった。
――今は幾分、騒がしい棺桶であったが。
「リズ様! 改名を要求します!」
「……はぁ」
端末に記録媒体をセットした途端、戻ってくるのはポンコツだった。ミノムシは優秀であったが、こういう時には融通が利かない。
「勝手に名乗ればいいじゃない。スマートだろうが何だろうが、何を名乗ろうと文句を言うつもりはないし、どうでもいいし」
「駄目です! 名前というのはですね、マスターと従者を繋ぐ、非っ常に尊い絆なんです! リズ様が与えてくれるからこそ意味があるものなんです!」
「マスターじゃないって言ってるでしょ」
「先ほどリズ様はマスターとして命令されました。ですよね、ミノムシさん」
『はい。音声記録に残っています』
聞かなかったじゃない、とうんざりしながら額を押さえた。
「ミノムシ、ポンコツを黙らせて」
『了解しました』
「っ、んむーっ!?」
ポンコツは自らを黙らせるように、両手を口に押し付ける。ぐりぐりと体をくねらせ、目障りなことこの上ない。
「このポンコツ、強制的にメンテナンスモードにしたいんだけど」
『船内設備では難しいと判断します。物理的破壊を考慮に入れるなら――』
「駄目。……難しいって、オーダーメイドとは言えアンドロイドでしょ?」
眉を顰める。ミノムシには金も時間も掛けた。船のプロテクトさえ短時間で侵入、掌握出来るよう仕上げてあるし、アンドロイドにも対応している。
『ポンコツは未知の構造を持つアンドロイドと思われます。確認する限り、アンドロイドというより、マスターの生体構造に近く――』
「……ちょっと待って。人間じゃなかったはずでしょ?」
『脳に類似する生体器官を頭部に有しますが、中心部に未知の人工物が埋め込まれています。恐らくはそちらがポンコツの人格機能のコア部分を内蔵していると思われますが、物理的にアクセスが出来ません』
その言葉を聞いて、リズベットは唖然とした。