世界の端の、淀んだ暗がり ⑤
シャトルのメインジェネレーターは核融合炉を利用する。意図的に暴走させることはそれほど難しいことではない。反物質炉ほどではないが、同じく核融合を使う魚雷に比べてもサイズの分、中々に強力。爆発の規模も制御出来るため、仕掛け爆弾としては非常に優秀であった。
リズベットの乗る『オルカ』は余裕を持って耐えられる距離にあったが、『ハンターシャーク』は50mという至近にある。いかに強固なシールドを有するとは言え、目の前で爆発されれば無傷ではいられない。
シャトルのシールドには主に電磁場とプラズマによる複合スクリーンが使われる。戦闘用の船であれば装甲を厚くし、対レーザー加工を施したものも多い。
こうした防御は中々に強固なものであるが、一定以上の質量を持つ物体に対しては限界がある。頭から小惑星に突っ込んで平気な強度は持たないし、爆発によって大型の破片でも直撃すれば、容易にシールドを貫通し、船体を粉砕する。
運が良ければこれで終わると考えたが、
『目標小破。シールド消失』
ミノムシの言葉に、残念、と口にする。
「一番点火。かくれんぼしながら指示の通りに」
『了解しました』
シールドは船体表面にある無数のセンサーと制波装置によって制御、出力を調整するが、繊細なもの。船体にダメージを受て破損すればその分大きく乱れる。リミッターを外しても受けきらねば船が沈むという場合には回路も焼ける。
この場合は後者――咄嗟に最大出力にしたのは良かったが、詰みだった。
点火された対艦魚雷はデブリに身を隠しながらゆっくりと移動し、塵の向こうの敵艦へと頭を向ける。
『――ッタレ、なんで急に――――い、――てるか!?』
聞こえる声で混乱している様子が伝わってくる。この期に及んで罠にハマったとさえ気付いていないのだろう。おめでたいことだった。
だから死ぬことになるのだが、とはいえ良いことでもある。
殺しに慣れたリズベットにも、多少の良心くらいは残っていた。どうせ結果が同じであれば、死の恐怖を味わうことなく死なせてやる方が良い。
『死ぬんじゃ――! 馬鹿野郎! 目を――』
「……もういい。切って」
通信は消え、リズベットは敵艦に向かって加速する魚雷を眺めた。
「そんな生き方、しないで済むなら良かったのにね」
悪党でも、仲間思いの男であったのだろう。
顔も知らないあちらの船長。言葉を聞く限り若者だろうか。
どう生きるかは個人の自由で、自分の選択が世界を決めるだとか、したり顔で綺麗事を口にする者は腐るほどいる。自分が恵まれているなどと考えたこともないのだろう。けれど上には上がいるように、下にもずっと下がいる。
そして人は、与えられた環境で生きざるを得ないものだ。
綺麗事を言える世界と、そうでない世界は選べない。
「……最期くらいは綺麗な場所で死なせてあげる」
対艦魚雷は船体後部に突き刺さり、一拍置いて光の花を咲かせてみせた。暗い暗い、そんな世界を目映い光がぱっと照らして、世界が一瞬透き通る。
星々の輝きからは遠く離れた冥き世界を輝かせるのは、いつだってそういう光。ここには綺麗なものなど何もなかったが、何かが消える瞬間だけ、ほんの少しだけ綺麗に見えた。
いつか死ぬならこういう風に死ねればいい。
見る度にそう考えながら、リズベットは何十年もこうしている。
光が消えると、後に残るは宙を舞う『ハンターシャーク』の残骸だった。
溜め息を吐き出す。逆さを向いたポンコツが、心配でもするように顔を覗き込んで、リズベットの頬に触れる。
「……悲しいのですか?」
「ゴミ掃除。連中のおつむの悪さを憐れんでただけ。……メインジェネレーター再始動、隠蔽解除、艦内重力正常化。スクラップを回収する」
『了解しました』
邪魔、とポンコツの額をつつくと、再びポンコツは回転する。
そして上下が戻ったところで掴んでやると、艦内に重力が戻り、わわっ、とポンコツは抱きつくように着地する。
ぐい、と頬に頭を押し付けられて、不愉快そうにリズベットは言う。
「……、アンドロイドの癖に運動もまともに出来ないの?」
「ぽ、ポンコツはさっき起きたばかりなのですが……」
「……室内飼いのペットね」
無重力での運動プログラムも組みこまれていなかったのだろう。歯抜けな辞書もそうだが、大して容量を使う訳でもなし。アンドロイドとしては合理的理由が見つからないが、顧客の好みがそういうものなのか。
小鳥をケージで飼うように、愛玩品とはそういうものだ。
「ポンコツはリズ様とお出かけもしたいです」
「そういうことを言ってるんじゃないんだけど。そもそも、わたしはあなたの飼い主じゃない」
「でも、マ――」
「マスターでもない」
嘆息すると、いつまでくっついてるの、と押しのけ、投影された映像を眺める。小型の破片は遙か彼方に飛んでいき、そちらを無視して大型の残骸へ近づくとトラクタービームを照射。電磁気によって対象を引き寄せるもので、こうした人工ゴミの回収の他、艦船のドッキングにも使われていた。
とはいえ限界もある。残骸が分散して飛んで行けば回収は困難。取捨選択を迫られるため、得たいものがあるなら『壊し方』もきちんと考える必要があった。こうした戦闘は基本的に得るものがない行為。魚雷を含めた弾薬代程度は回収出来るように立ち回れて初めて一人前で、ミノムシにもそういう教育を施した。
荒事屋を名乗りながら、それさえ出来ない素人は山ほどいるものの。
ラットホールにフリーランスの個人がほとんどいない理由だろう。
ここでの仕事は非常に単価が良い。違法品輸送が主体なのだから当然だが、ただの運び屋と比べれば一回の航行で数十倍、数百倍の実入りになった。だが、宙賊相手にどうにか生き残れる程度の腕前では修理費や弾薬費、戦闘経費で借金を負うこととなる。
宙賊のようにチームで仕事をするか、あるいは宙賊に媚びを売りつつ通行料を納めるか――リズベットのように完全に個人の運び屋となれば数える程度で、大抵耳にするのも風の噂。死んだらしいと聞くだけだ。
何人いるかは知らないが、運良く死んでいないものを除けば、まともな人間はもしかするとリズベットくらいなのかも知れない。
三十年前に聞いた名前で、今も残っている名前は一つもなかった。
もちろん、無事にこの世界を抜け、幸せに生きている人間もいるのかも知れないが。
「船内作業出来る程度にバラしてくれたらそれでいい。さっきの爆発で新しい馬鹿が寄ってこないうちに、さっさとここを離脱する」
『了解しました』
「船内作業……」
「ゴミの仕分け。金になりそうなものだけ回収するの」
ただのデブリならばともかく、戦闘後のデブリ回収に時間を掛けてはいられない。悠長に作業をしていれば、そのデブリに自分も混じることになる。
解体用のレーザーである程度のサイズにした後は収容し、船内で解体を。幸い宇宙の旅は気が遠くなるほど長いもので、時間は売るほど余っている。時間潰しにも丁度良かった。
「じゃあ――」
「いらない」
「……まだ何も言ってないのですが」
「どうせ手伝いたいか見学したいでしょ」
おぉ、と驚いた様子でポンコツは微笑む。
「えへへ、流石はリズ様です。もう既にポンコツのことをそこまで理解してくれているのですね」
「……ポンコツだからね」
どうしようもないポンコツだった。
やはり金持ちの考えというものは理解が出来ない。頼まれたってこんなものを飼うのはごめんであった。話していると頭が痛くなってくる。
「ですがリズ様」
「……何」
「ポンコツも今は確かに、リズ様の邪魔をするだけかも知れません。でもですね、ちゃんと勉強して、仕事を覚えればきっと、リズ様のお役に立てるスーパーポンコツになれると思うのです」
「頭痛が余計に酷くなりそうな名前ね」
「……? リズ様、頭が痛いのですか?」
あなたと話してるとそうなるの、と額を押さえる。
「……そうね、頼むからメンテナンスモードに入ってくれる?」
「ポンコツは起きたばかりでオールグリーンなのですが」
「わたしにとっては全部レッドかイエローよ。じゃ、マスターとしての命令」
「なるほど……考えましたが、ポンコツはリズ様と一緒にいたいので嫌です。優秀なポンコツは自己判断で命令の取捨選択が可能なのです」
腕を組み、うんうんと頷くポンコツに、
「……どこまでポンコツなのよ、あなた」
リズベットはうんざりしたようにそう漏らした。