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運び屋のリズベット ⑦

「リズ様っ!!」

「……あなたね」


 メインジェネレーター前でレーザーガンを持ち、震えていたポンコツは、リズベットが声を掛けるなり飛び出して抱きついてくる。

 その手にはミノムシヘルメット――その素顔を晒した状態で。


「……何でヘルメット被ってないの」

「そ、その……無理をさせすぎて壊れちゃって」

「何をどうやったらオーバーライドで壊せるのよ……」

「うぅ……っ」


 リズベットは嘆息しながら頬を引っ張り、背後にいたロッドは告げる。


「なるほど、あんたの相棒は船の中。そいつは積み荷だったドールか」

「……これは漂流してたデブリのポンコツで、わたしのよ」


 出来ればポンコツの顔を見せたくはなかったのだが、もはや諦めた。記録を消せとは流石に言えない。


「今回の事は全て、ちょっとした不幸な勘違いが発端。あなたの積み荷は不幸な事故で沈んだんでしょ?」

「ああ、そうだった。全部不幸な事故だな、確かに。約束通りあんたへの疑いはこれでチャラ……悪かったな嬢ちゃん、うちの積み荷と勘違いしちまってよ」


 頭を撫でようとしたロッドの手からポンコツは逃れ、抱きつくリズベットの肩から睨み付ける。


「ぽ、ポンコツはずっとずーっと前から、生まれた時からリズ様のものですからね、あなた達の積み荷なんかではないんですっ」

「抱きつかないで、鬱陶しい」


 うんざりしたようなリズベットに、ロッドは一人笑った。

 リズベットは疲れたように、第一貨物室に向かって歩き出し、集まっていた無事な男達は怒りや驚愕、そして怯え――様々な感情を滲ませながら、道を開ける。


「あんたが入ってきた穴は硬化ジェルで修復してる。出る時にはこれ以上無駄に穴を空けないように頼むぜ。心配しなくてもちゃんとこっちでハッチは開ける」

「この船の穴の大半はあなた達が自分で勝手に開けたんでしょ。わたしのせいにされても困るんだけど」

「その言い様は呆れるぜ。アポジモーターも穴一つの計算かよ」


 三人は後方、第一貨物室へと進み、艦内通信で声を響いた。


『兄貴、オルカからの信号受信。このまま尻に取り付かせます』

『そうしろ。悪いなダールトン』

『修理費で頭が痛いですね』


 腕にしがみつくポンコツを鬱陶しそうに見ていたリズベットは、その会話を聞いて告げる。


「通信したまま、ジェームズ・ホルンへのロングパスまで付いてきて。適当なところで解除するよう信号を送る」

「今更そこまで警戒しなくても構わねぇぜ。俺がこの上、前言を翻すような人間に見えるか?」

「性分でね。わたしは他人に自分を委ねたりしないの」


 そうして第一貨物室に入ると、すぐ側で壁に張り付くマトリョシカ。展開していた武装をバックパックに収納していき、リズベットが軽機関銃を放り投げるとその左手が掴んで受け取る。


「負けた以上、これは精々お願いだが……こっちの世界に来る気はないか?」


 振り返ると、立ち止まったロッドは真面目な顔で告げる。


「正直素直に、あんたが惜しい。その気になりゃ、あんたは何でも手に入れられる人間だぜ。うちに来るならあんたの子分になってもいい。それくらいにはあんたに惚れた。運び屋なんざやめて、こっちに来ねぇか?」


 ポンコツはリズベットに目を向ける。

 リズベットはしばらくロッドを見つめて、笑った。


「あなたは子分想いのいい男よね、慕われてるだけあって」

「見ての通りだ。肩を並べても後悔はさせねぇと思うぜ」


 リズベットは目を閉じると、言った。


「わたしはね、部下を全員置き去りにして、一人で逃げた」


 それ以来決めてるの、と再びロッドに目を向ける。


「そういう生き方を選んだ以上、自由に生きて死のうって。誰の上にも下にも立たないし、この先ずっと立つ気もない。棺桶の副葬品も、これ以上はもういらない。拾ったのを後悔するくらい、ポンコツだらけでうんざりしてるの」


 ポンコツの頭を叩いて苦笑した。

 お節介焼きのジャンクAI、馬鹿でうるさいポンコツドール。

 既に十分、嫌になるほどお腹いっぱいだった。


「わたしは運び屋のリズベット。邪教に限らず宗教勧誘はお断り。……でも仕事の依頼なら相手を問わず、内容次第で引き受けてあげる」


 どうかしら、と首を傾げて髪を揺らしたリズベットに、ロッドは少しして笑う。

 それから左手で壊れた右腕を掴むと、リズベットに差し出した。


「人間の運送はやってるかい? ボスの機嫌によっちゃ、悪趣味なビデオの男優になってる俺を運び出してもらいてぇんだが」

「厄介そうな依頼だし、代金がこの船でも考えものね。穴だらけの中古だもの」

「中古にした張本人がよく言うぜ」


 笑って握手をすると、マトリョシカのコックピットを開く。


「じゃあね、個人的な依頼なら多少割安で受けてあげる」

「その腕だ。多少値が張ってもそうするさ」


 リズベットとポンコツがそのまま中へと入るのを見ると、ロッドは告げる。


『お姫様のお帰りだ。ハッチを開けろ』


 それから踵を返して船内に戻りながら、頭を掻いた。


『振られちまったぜ、ダールトン』

『もう少し、身の丈に合った女を口説いてみたらどうですか?』

『慰めのセリフはねぇのかよ』

『大損害の挙げ句、得るものなしですからね』


 それからダールトンは、個人通信に切り替え告げる。


『……今のところ、艦内戦での死人はゼロです。何人か義肢に変える必要はありそうですが』

『あれだけ大暴れしておいて良くもまぁ。金は俺が出す、上等なのを着けてやれ』


 呆れるぜ全く、と小型荷物用ハッチの減圧室に入ったマトリョシカを網膜に投影する。

 マトリョシカの狭いコックピットでは、


「狭いんだけど」


 不機嫌そうなリズベットがポンコツに文句を垂れていた。


「い、行きにも聞きましたがポンコツのせいでは……うぅっ」

「うるさい。あなたが遅いせいで膝に大怪我よ」

「ふ、撃はれはんへふか!?」

「撃たれてないけど回路が壊れた。四時間は医療ポッドに入院ね」


 引っ張っていた頬をさすると、四時間、とポンコツは微妙にリズベットを睨む。


「ぁ、あの、ポンコツもすごく頑張ったんですよ? ジェネレーターの制御コンピューターが何故か、すごく賢いクラスⅡのAIさんで……」

「ミノムシのヘルメットまで壊しておいて言い訳する気?」

「い、言い訳じゃないですっ、ポンコツが機転を利かせて、AIさんに爆弾処理の二択を迫ったおかげで、鉄壁のセキュリティを突破出来たんですっ」

「何が鉄壁よ。何もして来ないんだから物理的にバラせば済む話でしょ。あなた馬鹿正直にコンソールから延々と無駄なことをしてたの?」


 うっ、とポンコツは目を泳がせる。


「……何のために対消滅反応炉の動作プログラムまで組み込んだと思ってるのよ。物理的に適当な回線をジャックして奪えばやりたい放題。ミノムシから手順を教えてもらわなかったの? そのためのツールも背中にあったでしょ」

「えぅ、でもですねっ、時間との闘いで、ポンコツは焦ってて、それで……っ」


 うるさい、と言って、リズベットは嘆息する。


「どうやらあなたはどうしようもない暇人が、人間と機械の間抜けなところだけを掛け合わせて作ったポンコツみたいね。これでよく分かった」

「酷いですっ、ぽ、ポンコツはすごく……っ、すっごく頑張ったのに……」


 目を潤ませるポンコツに、リズベットは嫌そうな顔をする。

 仕方なく頭を抱き寄せると軽く撫でた。


「……はいはい、分かった分かった。頑張ってくれてありがとう」

「……泣く子をあやすみたいに言わないでください」

「実際そうでしょ、面倒くさい子ね」


 マトリョシカが宙へと飛び出すと100mほど先に『オルカ』の姿。背面を向けて貨物室へのハッチを開く『オルカ』にスラスターを軽く吹かせる。

 機体を操ることに集中しながら、頭を撫でる手を止めないリズベット。ポンコツは不満そうな顔を緩めて、器用な主人に微笑んだ。


「……すっごく怖かったんですからね。今日は一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝てもらわないと機嫌を直しませんから」

「普段と何がどう違うのか教えてもらいたいんだけど」


 呆れたように言いながら、そのまま『オルカ』のハッチの中へ。

 中に入ると、響き渡るのはミノムシの声。


『お帰りなさいませ、マスター。何か不調はありますか?』

「少しね。早速だけど、ポンコツ二号の機嫌が故障したから修理してくれる?」

「ポンコツの機嫌は故障じゃないですっ!」


 怒って告げるポンコツに、リズベットは小さく笑った。

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