運び屋のリズベット ⑥
放たれた対シールド徹甲弾を、コンバットアーマーに撃ち込んだアンカーを一気に巻き取ることで回避する。
「チッ!」
「こいつ……っ!?」
そしてそのままコンバットアーマーを遮蔽に使えば、ロッドはこちらを撃てはしない。高周波ダガーには回路をショートさせるための放電機能を備えている。コンバットアーマーはもはや、丈夫で重たいだけの着ぐるみだった。
その『着ぐるみ』が腰に提げたロケットを宙に浮いたロッドに向けて発射。回避される前に軽機関銃を撃ち込み、その至近距離で爆破した。
コンテナで壁を作ったのはロッドに空を飛ばせるための布石。これまでの行動や発言からして、必ずロッドは最速での接近を選ぶと踏んでいた。
ロッドの身につけるコンバットアーマー『ストームヴァンガード』は重装甲型。パワーがあり、地上を走り回る分には機動力も悪くはないが、重力下における空中機動性能はジャンプ程度が精々。スラスターによる回避は絶望的。
ただ、当然ながらロケットが至近距離で爆発した程度ではびくともしない耐久性を誇る。あちらが装備しているのもレベルⅤシールド。その威力は大きく減衰し、装甲が焦げる程度だろう。
とはいえ、それで十分であった。
右手のアンカーをロッドに射出。本来シールドのプラズマでナノワイヤーは切断されるが、至近距離の爆発で乱れた状態ならば一瞬は保つ。そのまま巻き取りながら大きく跳躍し、空中で接近しながらロッドの背中に張り付くように。バックパックに高周波ダガーを突き立てる。
これで終わり――
「っ……!」
そう思った瞬間だった。
ダガーを突き立て放電寸前のバックパックがパージされる。
「あんたならやりかねないと思ったぜ!!」
背後に振り回された右の剛腕を咄嗟に取り、体を巻き付ける。回転しながら天井に右足のアンカーを撃ち込むが、
「させるかよ!!」
ロッドは天井へ向けて腰の携行ロケット射出、破壊。眉を顰めながらもスラスターで回転軌道を調整しながらロッドの体を床に叩き付け、その衝撃でコンバットアーマーごと右の肩関節を破壊。
だが、自分への衝撃を緩和させるはずだった天井へのアンカーはない。リズベットもその衝撃を五体のみで受け止めることとなり、数mを大きく転がり、立ち上がる寸前、眉間に皺を寄せる。肩を押さえ込んでいた左膝を痛めた。
対するロッドは悠々と立ち上がり笑う。
「流石のあんたも無傷とは行かねぇよなぁ!」
衝撃でひしゃげた重機関銃のバレルを左腕で棍棒のように持ち、接近。対するリズベットも踏み込む。周囲から他の連中が側まで来ていた。アンカーは全て使い切った。スラスターの推進剤も残り僅か。仕切り直す余裕はなく、ポンコツに期待できない以上、ここでロッドを人質にする他ない。
とはいえ軍用義体――バックパックを失ってもある程度、そちらのバッテリーでコンバットアーマーも数分程度は動かせる。圧倒的に不利はこちら。
鉄の棍棒を紙一重で潜りながら脇の下に銃撃を。コンバットアーマーの間接部が損傷するが致命的なものではない。
「しつこい男ね!」
「勝負はぐうの音も出ねぇ大敗だからな、試合にゃきっちり勝たせてもらうぜ! ディープ・ワンズで最初の仕事はこいつらの訓練教官ってことでどうだ?」
「誰が!」
床を駆ける速度は同じ。パワーを考えればむしろ速いのはあちらだが、軽量なリズベットと比べ、五倍近い装備重量。運動性能はこちらが勝る。
攻撃を回避しながら間接部に射撃し、全体重を乗せた後ろ回し蹴りを膝裏に叩き込む。僅かに体勢を崩させる。そして背中に回り込み、バックパックをパージした背中に銃弾を叩き込もうとした瞬間、
「ぁ」
左の膝から力が抜け、腰が落ち、機関銃のバレルを掴まれる。尋常ではないその力に振り回され、銃を手放しコンテナの上に着地するが、左の膝に上手く力が入らなくなっていた。
「そろそろ降参と行かねぇか?」
「っ……」
「よく頑張ったの騒ぎじゃねぇ、こっちはあんた相手にシャトル三隻、スパルタンも穴だらけ。この戦いで三十人は医療ポッド行きか、あの世行き……俺の右腕もこの様と来た。不利な勝負に正々堂々、なるべく殺しは控え目に。ハンデあってこの有り様だって言うんだから、正直俺も信じられねぇくらいだ」
ロッドは機関銃を左手に持ち替えながら、呆れたように笑った。
「制御コンピューターの入れ替えは偶然も偶然。無駄な上物を入れたのも俺の気まぐれ。あんたからすりゃ千に一つも負けはない勝負だったんだろうが、あいにく万に一つを引いちまったな」
「……そうね。まさに最低の日よ、あのポンコツ」
リズベットは深く嘆息する。
「まぁ、こういう日もあるもんだ。……負けを認めろリズベット。あんたにゃ運び屋なんかより宙賊の方がずっと向いてるぜ。足を痛めて武器はハンドガンのみ、コンバットアーマー相手の大立ち回りも流石に限界だろう?」
ハンドガンではコンバットアーマーは破壊不能。落下したバックパックに刺さったままのダガーを回収し、その上でもう一度接近できればまだ勝機はあった。しかし、足の不調を抱えたままどこまでやれるかは疑問である。もう一度艦内に逃げ込む選択はギリギリあり得た。この話が終わった後、すぐさま撃ってくるだろう階段の二人を瞬時に片付ければ仕切り直せるかも知れない。
ここでは自分で撒いたチャフが邪魔だった。せめてポンコツに艦内通信で対処法でも伝えられれば若干の勝機もある。
そう考え、リズベットが動き出そうとしたところで――
『――今すぐ戦いを止めてください! この船のメインジェネレーターはリズ様が第二の子分、ポンコツが乗っ取りました!』
艦内放送で響いたのは間の抜けた声だった。
リズベットは唖然と、ロッドも困惑したように頭上を見上げる。
『メインジェネレーターへ不用意にアクセスしようとした瞬間、この船はどかんと大爆発です! あなた達はリズ様への負けを認め、今すぐ降伏するのです!』
「……遅すぎるでしょ」
うんざりしたようにリズベットは額を押さえて立ち上がり、困惑しながら頭上を見上げていたロッドは、呆れたように尋ねた。
「随分間抜けそうな声だが、これがあんたの相棒か?」
「違う」
リズベットは即座に否定すると、コンテナの下に飛び降りる。
「でもどうやらゲームセット、降参するのはあなたみたいね。こっちの『オルカ』と通信接続しないと、一時間後に爆発するよう仕込んである。わたしの勝ちってことで良いかしら?」
その言葉に周囲にいた男達は顔を見合わせ、ロッドは機関銃を放り投げた。リズベットが受け取ると、ロッドはヘルメットを外して階段上の男に吠えた。
「パーティーはお開きだ! お客様のお帰りだって全員に伝えろ! 俺が受けた勝負だ、妙な真似をすりゃ俺がぶち殺すって伝えておけ!」
それからヘルメットを放り捨てると、左手で頭を掻く。
「まさかのぬか喜びとはな。あと一歩だと思ったんだがな」
「あなたの言葉を借りるならまさに、こういう日もあるものね。流石にこのまま続いてたら、十中八九あなたの勝ちよ」
「まだ一割でも勝機があったってんなら驚きだぜ」
完敗だ、とロッドは笑う。
「ええ。約束通り、不運な事故ってことでよろしく。こっちはあなたのじゃれ合いに約束通り付き合ってあげたんだもの、不満はないでしょ?」
「ハッ、この大勝負をじゃれ合いか。こっちは全治何ヶ月の大怪我だぜ。修理費がいくらになるかも分からねぇ」
「それは言いっこなしね。生まれて初めてこんな大怪我させられた」
言いながら不機嫌そうに、リズベットは左膝を眺める。
ロッドはその様子を見て思わず呆れた。こちらは積み荷を奪われ、戦闘用シャトルは三隻が轟沈。虎の子の『スパルタン』は穴だらけで怪我人だらけ。ロッドの右腕もパワードスーツごとへし折られて壊されている。
それをした張本人は、膝が痛いと文句を言う。
まるで対等、痛いのはお互い様だと、そう言わんばかりの物言いだった。
「……こりゃスカイベルで聞いたんだが」
「……?」
「キティ、なんてあんたは呼ばれてるらしいな」
リズベットが首を傾げると、ロッドは肩を竦めて両手を広げる。
「いや、そう呼ばれる理由がよく分かると思ってよ。……甘噛みが下手にも程がある」
「……何よそれ」
意味が分からないと言いたげに、益々不機嫌そうな顔をするリズベットを見て、愉快そうにロッドは笑った。
イカレてるぜあんた、と何度繰り返したか分からない言葉を吐きながら。