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運び屋のリズベット ⑤

 リズベットは下層部の後方へと追いやられつつあった。

 敵は三人編成。コンバットスーツと複層構造の実体シールドを前面に押し出しながらの猛烈な射撃。狭い通路――流石に少々分が悪い。中央にあるスリープポッドの並んだクルールームに飛び込みながら、乱れた呼吸を整える。

 どうにかして中階層や上階層に行ければ、第一貨物室のマトリョシカが使える。しかし下層の最後尾と繋がるのは第二貨物室。マトリョシカのいるエリアとはブロックが分かれていた。

 ドアノッカーで上への穴を空けようにも、常にロッドが張り付いている。

 こちらを絶対にマトリョシカと合流させないつもりなのだろう。


「っ……!」

『ハッ、流石のあんたもそろそろ息切れか?』


 上部からの銃弾に飛び出しながら、通路の三人へ制圧射撃。応射を避けきれない。やむを得ずドアノッカーを放り投げると実体シールドに貼り付け起爆。吹き飛んだ三人を見ながら一気に背後へと駆けた。

 そして貨物室手前――第二貨物室の扉を開けながら、中階層に到る階段を駆け上がろうとするも、制圧射撃で後ろに飛ぶ。もはや賭けであった。第二貨物室の中へと飛び込むと、安堵の息。高さ15m、幅と奥行き40m。中には遮蔽物となる無数のコンテナがこちらからは横を向き、整然と並べられていた。

 もしもここにコンテナも置かれてなければ詰みであっただろう。『スパルタン』の構造上、宙賊であれば上部に当たる広い第一貨物室をシャトル用格納庫。下部に当たる第二貨物室にコンテナを積むことが多いだろうと考えてはいた。とはいえ、実際コンテナを積んでいるかどうかは外から分からず、運頼み。


『当たりだ。読みが良いな』

『コンテナくらい積んでるとは思ったけど、こればかりは流石に運ね。本当はここまで追い詰められる前に勝負が決まってるはずだったんだけど』


 目に見えるカメラと作業用レーザーに銃弾を叩き込みながら、大きく跳躍し眼下のコンテナの上に。温存していたチャフグレネードを三つ放り投げる。これで残りの武器は機関銃と高周波ダガーのみとなった。


『あいにくだな。買ったときメインジェネレーターの制御コンピューターが不調だったもんで、気前よくAI搭載型の上物に入れ替えてたんだ。我ながら無駄遣いしたと思ってたんだが、まさかそれが役に立つ日が来るとは思わなかった』

「……嘘でしょ」


 完全に射線の通らないコンテナの三列目へと身を隠しながら、ヘルメットの額を押さえ、嘆息する。

 残り十分の合図を伝えて、既に十分経っていた。流石のポンコツでもどうにか出来るはずだと思っていたが、それはかなりの問題である。


 ミノムシの作業服があれば、シャトルの艦船AI相手でもどうにかなる。それ専門のプログラムを満載していたし、艦船AIの脆弱点は十分に突破出来た。メインジェネレーターの制御コンピューターとなれば尚更容易である。艦船ネットワークから物理的に隔離すれば一分と掛からない。ポンコツにもそのために必要な手順をミノムシが教え込んでいた。

 それが未だ出来ていないのはポンコツが案の定ポンコツらしく、上手く隔離出来ていないためかと考えていたが、道理で、と納得が行く。


 上物と言うからには恐らくは最新型の制御コンピューター。場合によってはリズベットとポンコツが用意したプログラムでは対処出来ない可能性がある。そうであった場合万事休す。ポンコツオーバーライドには期待が出来ない。

 こんなことならばミノムシを連れてくるべきだった、とリズベットは首を振る。こちらが『スパルタン』を制圧するまでの間、『オルカ』が傷付かないようミノムシを残したが、危険を承知でポンコツに任せるべきであったかも知れない。

 ミノムシであればその場で解決出来ただろう。


『あんたの勝負にあっさり乗った理由の一つがそれだ。ここまで追い詰められてるところを見るに、俺の読みは当たり、あんたの相棒でも突破は不可能。最後の最後で勝利の女神が微笑んだのは、どうやら俺のようだな』


 聴覚で入り口にロッド達が現れたのを感じていた。

 よほどの不運である。普通は制御コンピューターなど置き換えないし、そんな場所のセキュリティなど気にしない。対消滅反応炉なんてものは侵入された時点で終わりの場所である。セキュリティが働くのはわざわざそれをオーバーライドしようとする、リズベットのような極めて奇特な人間が現れた時くらいのものだ。

 それをピンポイントで防がれたというのはあまりに運がない。


『こっちは十一人、俺を含めた三人はコンバットアーマー。ここいらで降参したらどうだ? ここまでのレースに白兵戦。試合にゃ勝ったが、勝負に関しちゃどう考えたってあんたの勝ちだ。シャトル一隻でこの大立ち回り、ボスも大歓迎で迎え入れる。出来ることなら余計な怪我はさせたくねぇ』


 もはやこれ以降は運の勝負。首の後ろに触れるとヘルメットが収納されて、長い髪が解放される。あちらはレーザーでの攻撃を諦めた。実弾兵器のみ。ヘルメットはもはや邪魔なだけ。対レーザーには強いものだが、最低限の機能と強度しかない。対実体弾であればリズベットの頭蓋骨と大差なく、放熱の邪魔だった。

 髪留めを外すと、薄茶の髪がまるで生き物のように左右に揺れて、リズベットは目を閉じる


『……おーけー、ここまで来れば野暮ってもんか。正真正銘、最後の勝負と行こうじゃねぇか』


 言いながら六人は13mの高さから飛び降りた。コンバットアーマーが三人、サイボーグは三人。残りのサイボーグ崩れ三人は階段を使って下に降りてくる。

 残った一人は入り口付近から監視、一人は階段の途中――恐らくは援護射撃のつもりだろう。無視して良かった。出来の悪い光学センサーのようなもの、猿でも出来る原始的な音声伝達しかできない。

 男達は三人組で警戒しながら三手に分かれる。コンテナの隙間から近づいて来るのを聴覚で確認しながら、左足のアンカーを取り外す。前後のコンテナを引き合わせるようセット。振動からロッドが来るのは左端。ロッドの着ている『ストームヴァンガード』の静音性はそれほど高くない。


 狙うべきはロッドでない方。真ん中――丁度リズベットが隠れるコンテナの右手から現れる三人組が最初のターゲット。

 距離を見計らい、飛び出したのは15mに差し掛かったタイミングだった。


「っ、奴はこっちです!」

 

 設置したアンカーのナノワイヤーを巻き取り、横向きだったコンテナを縦方向に大きくずらす。左手にいるロッドの進路を塞ぐようにコンテナの壁を築いた。

 当然真ん中の三人組はこちらを補足し銃撃を開始。短機関銃が二と大口径のハンドガン。 無数の弾丸がリズベットに飛来するが、しかし――


「な――っ!?」


 その顔面に命中しかけた弾丸はその瞬間に弾け飛んだ。

 バックパックに内蔵しているのはレベルⅢに見せかけた、レベルⅤシールド。対シールド徹甲弾以外ならば十分に無効化出来る代物だった。

 まともに使えば一瞬でバッテリーの容量を使い切るが、戦闘用の強化人間――リズベットの演算処理能力をフルで使うのであれば、展開範囲を縮小、瞬間的なオンオフの切り替えで実用レベルに運用が出来る。

 

 無論射撃の継続は有効、バッテリーはすぐに枯渇する。だが、弾丸を無効化された混乱の中、リズベットに対し正確に弾丸を命中させられる者はそうはいない。構わずスラスターを吹かし、小柄な体を左右に振りながらの急接近。

 100mを五秒で駆け抜ける身体能力を十全に活かし、コンテナとコンテナを蹴りながら稲妻のように距離を詰める。

 見開かれた翠の瞳は薄らと残光を描き、熱を帯びた長い髪は舞うように。

 少女の姿をした幻をほとんどの銃弾は貫き、対する彼女の銃弾は正確に相手の得物を破壊する。


 そして通り過ぎる瞬間、コンバットアーマーの背面バックパックの継ぎ目に高周波ダガーを突き立て、滑りながら磁気制御による急制動。側にいた男二人が振り返る間もなく、その機械義足を重機関銃で粉砕。右手のアンカーを機能停止したコンバットアーマーに射出する。


「あんた相手じゃコンバットアーマーでも安心出来ねぇなッ!!」


 そのタイミングでコンテナを大きく跳び越え姿を現わすのはロッドであった。

 展開式のシールドなどものともしない重機関銃の銃口が、リズベットへと向けられる。

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