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運び屋のリズベット ④

「うぅ……っ」


 ロングパスへの侵入前、『オルカ』コックピット。

 ヘルメットを脱いだポンコツは、ディスプレイに表示された検査結果を眺めて唸り、椅子に座ったリズベットは顎に手を突き呆れたように告げる。


「……ポンコツね」

『制作年代を考えると考えると非常に優秀と言えるかもしれません。当機ミノムシに寄生すれば相応の活躍が出来そうです』

「寄生って言わないでください!」


 純粋な処理能力を比較し、強化人間のリズベットにやや勝る程度。ただ、運動機能などを使用しない上での数値であり、同じ条件ならばハイグレード品のアンドロイドに大差で負ける。アンドロイドの演算能力は純粋な計算処理にのみ力を割くならば、強化人間などとは比較にならない。


「一万年も前の骨董品に期待はしてなかったけど……それを思えばまぁ、当時としては本当にハイグレードだったのかしら」

『そう考えます。特徴として、認知処理等一部の能力は一般的なアンドロイドを大きく上回ります。生体側から機械にアプローチした強化人間とは逆に、機械側から生体にアプローチしたモデルであると考えれば、この結果も妥当です』

「なるほどね。演算処理能力は長いこと頭打ちだって言うし……」


 それに限って言うならば、人類は限界に到達したと言われて久しい。革新的な発明は二万年程前に途絶え、面積辺りの性能は頭打ち。諦めて計算機のサイズを巨大化する方向に進み、恒星を丸ごとマイクロノードで包むような計算機もいくつか作られている。

 最先端技術が一般化、全体として安価にはなったし、ネットワークを含めた総合性能という点で工夫程度の進歩は当然ある。ただ、単純性能では一万年前でもそれほど大きな違いはないのだろう。


「……リズ様よりちょっと上なら十分だと思うのですが」

「あいにく電卓ならジャンクヤードに腐るほど落ちてるの。今時喋るくらいの機能は標準搭載されてるし……そう思うと随分大きな電卓ね」

「ポンコツは電卓じゃないです!」


 ぷりぷりと文句を言うポンコツを無視して尋ねる。


「とりあえず、あなたに寄生する分には問題なさそう?」

『先ほどのテスト結果を見る限り、ツールやプレイヤーではなくリーダーとしての適正があります。制御ユニットとして見た場合、一般的なアンドロイドよりも優秀なパフォーマンスを発揮できる可能性が高いでしょう』

「制御ユニットね……」

『発想や思考は人間に近く、高度な柔軟性を持ちます。その点に関してマスターと機能的差異は大きくないと考えます』


 人工知能は可能性の剪定が苦手だった。プログラミングされたこと、学習済みのことに関しては人間など相手にならないが、未知の状況に対する対応力が弱い。

 林檎を持った男がダイニングの椅子に座った、この男は今からどうするか。

 普通の人間は十中八九それを食べると判断するが、人工知能はそれを上手く予測が出来ない。食べることも候補にしながら投げる、割る、お手玉をする、机に置いて観察する、などあらゆる可能性を網羅しようとする。


 もちろん、今では彼らも人間への理解が進んだ。

 そんな間抜けな人工知能も今ではいない。

 故にこれも大袈裟な例えであるが、仮にこの男が見られていることを理解して、林檎でお手玉を始めたとする。今から食べるだろうと予測していた人工知能は予測を改め再計算。無意味で理解出来ない行動に、その高い能力を割いていく。

 無論、あっさり可能性を切り捨ててやすい人間的思考とは一長一短。そもそも可能性を網羅することも出来ない無能が大半だと言うことを鑑みれば、人工知能は非常に優れているとも言える。とはいえ構造レベルで人工知能の思考パターンを熟知し干渉出来る、リズベットのような人間ならば対処も難しくはない。

 仮に相手がこちらの百倍賢くても、高度なお手玉でその能力を浪費させれば良いだけだった。


 ミノムシが語るポンコツの柔軟性とはそういうこと。

 機械でありながらごく自然に、人間のような思考が出来る太古のドール。名目上、人工知能に対抗するべく設計されたリズベットと近しいハイブリッド。


「強化人間に近いからって今なら違法扱いされるはずだけど、強化人間が禁止されている理由が倫理的問題だと思う?」

『いいえ。ポンコツを見る限り、現状の支配体制を揺るがす危険性を重く見たものだと考えます。アンドロイド倫理協会上層部は、恐らく現在もポンコツと似たタイプのアンドロイドが支配していると考えられます』

「人と機械を掛け合わせた、自分達以外の新人類を嫌ったってことね」


 強化人間は構造的に優秀だった。生物と機械を高いレベルで調和させ、両者の欠点を排除し、その利点だけを兼ね備えたもの。

 独占したいと考えるのは、当然の心理なのだろう。

 話について行けず、暢気な顔で首を傾げるポンコツに首を振る。


「まぁ、あんまり期待はしてないけど。ひとまずロングパスに入るまでの間にオーバーライドの手順を叩き込んで。猫の手どころかポンコツの手を借りる必要もあるかもしれないし」

「え、えと、今からですか?」

「何?」

「ポンコツ、今のですっごくお腹が空いたのですが……」

「……燃費の悪さもポンコツね。どういう構造してるのよ――」


 そんなやり取りを思い出しながら、ポンコツはジェネレータールームの端末前で、うぅ、と唸っていた。

 メインジェネレーターである対消滅反応炉本体は奥行き20m、直径3mほどの円柱で、メンテナンス用の通路が左右に伸びていた。この中でバッテリーから取りだした陽電子を対消滅させ、艦を動かすエネルギーとして取り出す。

 その正面にあるコンソールでぺたんと座りつつヘルメットの中で呟いた。


「リズ様、ミノムシさん、この子賢すぎます……」


 反応するものは誰もいない。ミノムシのコアはヘルメットから外して『オルカ』の中。艦内放送で呼びかける訳にも行かない。戦闘音は響き続けていた。

 無数のプログラムを走らせるが、セキュリティは強固。新しい艦であるというのも理由だろう。艦内のメインコンピューターに繋がる配線をレーザーで物理的に除去、電波妨害を行って無線もシャットアウトした。しかし、対消滅炉本体を制御しているらしいクラスⅡ、制御AIの性能が非常に高い。常にプログラムを変化させながら、こちらに合わせて臨機応変に対応する。


 要塞に忍び込もうとしたポンコツはサーチライトで照らされ、空中降下もトンネルを掘っても駄目。データの津波を呼び寄せたポンコツの前にはスーパー堤防。ポンコツ軍による一斉射撃に対しては、それを平然と受け止め、無数の要塞砲と機関銃で撃ち返してくる。ポンコツの脳裏では無数のポンコツ達が悲鳴を上げ、逃げ惑いながら虐殺されるイメージが浮かんでいた。


 この指揮官が無能なポンコツではなくミノムシであれば、あっさりと難攻不落のこの城砦を攻略できるのではあるまいか。そうは思いながらも本来の宿主であるミノムシはおらず、ここにいるのは寄生虫という言葉を否定出来なくなってきたポンコツだけ。

 事前にあらゆるシステムの脆弱点などは教えてもらっていたが、そもそも普通はメインジェネレーターに侵入された時点で終わり。そのオーバーライドなど想定していないし、セキュリティはポンコツでもあっさり突破出来ると聞いていた。

 だが、何故か相手はクラスⅡのAI。こんなに優秀な指揮官がシステムを守っているのは想定外。もはや物理破壊くらいしか思いつかなかった。

 その場合、一歩間違えばこの船は大爆発である。

 

『忘れてた。このお遊びの損害賠償はどこに請求したらいい? オルカが三隻は買えそうな大出費なんだけど』

「っ、後十分の合図……」


 艦内通信で聞こえた言葉に目を見開く。残り十分の合図。それ以上はポンコツがどうにかするのを諦め、リズベットは一か八かの行動に出る。

 どうすれば、と目を泳がせる。この制御AIは賢い。認めよう。ポンコツよりも上である。普通にやっては勝てもしない。お手上げであった。

 とはいえ、例えばここにいるのがリズベットであれば果たしてどうか。処理能力で格上の相手、普通にやっては勝てない相手。

 けれどリズベットは平然と、駆逐艦相手にさえ互角以上に立ち回る。


 ――相手の動きを予測するんじゃなくて、誘導して引き出すの。

 

 その瞬間、ぴぴんと来たのはその言葉。

 バックパックから取りだしたのは爆弾であった。起爆時間を三分後にセットし、そこからコンソールへと接続。周囲からのセンサー情報を一時的に受け取れるよう電波妨害を調整する。

 一瞬の間が空いて、けれどすぐさま制御AIは爆弾の制御をオーバーライド。 予想通り、この制御AIはとても賢い。周囲の情報から、自分が壊される、という状況をしっかりと理解していた。


「ふふん、これであなたは扉を開けて、城壁の外に出なきゃいけなくなりましたよ。スーパーストラテジスト、ポンコツの本気はここから……」


 そして新たな爆弾を取り出すとタイマーを十分にセット、今度はヘルメットを中継しながらコンソールに突き刺した。


「――ミノムシさんヘルメットのセキュリティ力の前にひれ伏すのですっ」

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