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運び屋のリズベット ③

 女はたった一人であった。だが、言葉で聞くほどに、それと対面することは容易いものではない。

 事前に準備をし、白兵戦を前提にしていた側とそうでない側。

 無論戦闘中。一人残らず宇宙服程度は装備しており、ヘルメットも首の後ろからの展開式。最低限の備えはあったが、ただ、それは突如宇宙へと放り出されても平気なようにいう程度の備えである。決して白兵戦闘を想定したものではなく、シールドなど携行していないか、あっても必要最小限のレベルⅠシールド。

 宇宙服と合わせ、精々が爆発の衝撃を和らげ、飛び散る破片を防御する程度。実体弾の銃撃に耐えられるような代物ではなく、ほとんど裸と変わらない。


 そして船体下部に向かったリズベットが行なったのは、人だかりが出来た装備保管庫前の制圧。武器を取れたものはまだ良いが、中はグレネードで吹き飛ばされ、ほとんどのものは手ぶらか、護身用のハンドガン。まさか上階層にいたリズベットが床を壊して直接降りてくるとは全く思っていなかったのだ。

 軍隊経験もない素人の集まり。

 徒手格闘も精々酒場の喧嘩屋。

 無重力をものともしない女を前には相手にもならなかった。

 手足やバックパックにスラスターや投射アンカーを装着し、展開するシールドは恐らくレベルⅢ。護身用程度の小口径ハンドガンは容易に防いだ。対レーザーを想定されたボディスーツの能力も高く、生身の肉を一瞬で焼き切る携行レーザーでさえ、体の表面をなぞった程度では焦げ目の一つも付きはしない。


「撃て! 撃てッ!!」


 中階層にある食堂では、何人もの男達が通路から機関銃をばら撒いていた。彼らの脳裏をよぎるのはアクション映画の戦闘シーン。無数の砲火を駆け回り、何故か無傷の主人公と、やられ役。

 笑って見ていた映画の光景は現実として彼らの目の前にある。どちらがどちらかは自明であった。相手の弾だけが正確に手足を貫き、こちらの弾は当たらない。パニックに陥り乱射する男達の弾は、女を自ら避けていくようだった。


 スラスターとアンカー機動、そして体躯からすれば大きな軽機関銃の反動さえを利用しながら部屋中を飛び回る。悲鳴が上がるのはこちら側だけ。医療ポッドへ連れて行かれる人間達が渋滞を起こしていた。

 多対一なら囲んで撃てば終わりと言うが、そもそも囲めない。囲んでさえも当たらない。そんな場合にどうすれば良いかなど彼らの理解の外だった


 二つの思考の両立。強化人間の大きな強味はそこにある。人間の心理を高い精度で読み取り、流動的に戦術を組み替えながら、並行しての計算処理をごく自然に行なえた。目に搭載されたカメラでは跳弾までもが軌道予測され、五感に電磁波を加えた情報まで息をするように処理をする。

 生体的冗長性と機械的合理性を兼ね備え、培養段階から調整された強化人間は、それそのものが人間の姿をした兵器であった。


「どけッ!!」


 重機関銃を手に現れたのは、全身に重厚な強化外骨格――白兵戦闘用のコンバットアーマーを身につけた大男。

 腰から携行ロケットを放つと、リズベットは咄嗟に天井の穴へと飛ぼうとするが、突如掛かった加重に失速。咄嗟に床へアンカーを撃って下階層の穴へと逃げ込む。それと同時に着弾したロケットの爆発が艦を揺らした。


『気付くのが遅かったじゃない。このまま無重力戦闘を続ける気かと思った』

『まさか無重力でこれだけ動ける人間がいるとは恐れ入った。だがここからは凡人に合わせて地べたを駆けずり回ってもらうぜ』

『足を撃たれて這いずり回ってる連中の方が多いんじゃない?』


 笑って告げるリズベットに、ロッドも笑う。

 とはいえ、笑い事ではなかった。念のためコントロールブリッジに用意してあるコンバットアーマーを身につけていた僅かな間に、二十人以上は撃たれている。あのまま無重力状態なら本当に、全員やられていた可能性もあった。

 相手の得物が重火器と見て、重力が向こうに利すると判断したが大間違い。反動さえも利用するような人間だからこその実弾兵装。とはいえ、重力下になったところであちらの白兵スキルは決して楽観出来るものではないだろう。


『こっからは生身のひよっこが出る幕じゃねぇ、コントロールブリッジを死守して震えてろ! 少数精鋭、最低でも機械の目ん玉が入った奴だけ前に来い! 三人一組、最低二班で相互連携を取れ!』


 眼球にインプラントが施してある連中は最低限レベルの心得はあった。見ている限り、リズベットの身体スペックは相当に高い。多少知覚が向上している人間でなければ奇襲された際にまともな反応も取れないだろう。


 艦内放送で指示を出したのは、負傷者の受信器が壊れている可能性を考慮して。

 そして遠慮はいらないとリズベットにも伝えるためである。

 ほとんどの人間が丁寧に手足を撃ち抜かれていた。こちらの土俵で数で勝って配慮までされ、正々堂々と行かざるを得ない。向こうがそこまで淑女で来るのなら、もはやこちらが紳士的であることは強要されているに等しい。


『ひよこが減っても烏合の衆は烏合の衆よ?』

『言ってな!』


 軽口に吠えながら真下の床に重機関銃をばら撒いた。

 光学映像では捉えられていないが、艦内センサーである程度の位置は分かる。そして全身を軍用義体のフルパッケージで入れ替えたロッドであれば、リズベットと同様、脳と機械を並行して動かし、処理することは可能だった。

 強化人間ほどシームレスに――それこそ船全体を手足のように掌握するという事は難しいが、白兵戦における情報処理程度であれば問題はない。それ専用に最適化されたものが軍用義体と言うものだ。


 あれだけの力量。専門的な白兵訓練を受けたリズベットと一対一ではそれでも分が悪いだろうが、身体スペック、耐久性はこちらが上。そして身につけているコンバットアーマーも戦場で正式採用されている『ストームヴァンガード』。

 タイタンアーマー相手であれば流石に分が悪いが、正面戦闘を想定した重装甲型。あちらの軽機関銃程度ならば真正面から装甲で弾ける。


『買ったばかりの船が穴だらけね!』

『修理費は覚悟の上だ! 散々壊しておいてよく言うぜ!』


 リズベットは頭上から降り注ぐ徹甲弾を飛び退き躱す。ロケットに床抜きの機関銃、いよいよ向こうも本気であった。

 逃げた先にいたのは二人。距離は3m。手足を機械化したサイボーグ。右手のアンカーを手前の男の腕に撃ち込み、引き寄せると後ろの男の射線を塞ぐ。同時に引き寄せられた自分の体を深く沈め、スラスターを吹かせて滑り込みながら、二人の両足を射撃で粉砕する。そして倒れ込んだ二人の両腕に数発撃ち込んだ。


「てめぇ……っ」

「誰かと思えばラッキーボーイじゃない。修理費はあなたのボスに請求して」


 ステーションで会った男だった。

 レールガンは直撃だったが、一応生きていたのだろう。

 笑って通り過ぎると再び頭上から銃弾が降り注ぎ、壁沿いを走り抜ける。右手首のアンカーが避けきれずに破損し眉を顰めた。

 狙いは正確――ロッドに関しては他と違って、頭に多少の脳みそが入っているらしい。中階層に陣取り上下の動きを封じるつもりだろう。

 流石に艦内センサー全てを排除し身を隠すのは不可能だった。上階層へのドアは間違いなく監視されてる。そこから出るのは賭けだった。となればどこかの天井を抜くしかないが、ドアノッカーもあと一つ。


 時間を掛ければ向こうの装備も整うだろう。装備保管庫はそれなりに破壊したはずだが、全部ではない。ロッドの着ているものほど重装甲ではないが、使えるコンバットアーマーも二、三着は残っていた。

 装備保管庫は正面左右に通路が延び、でそして上部へのドアが入り口真上。封鎖し続けることは不可能、諦めるしかない。

 相手がよほどの間抜けを犯さない限りは保って十分と言ったところ。

 走り回り、ドアを開放状態にして行きながら、艦内通信で声を掛けた。

 

『忘れてた。このお遊びの損害賠償はどこに請求したらいい? オルカが三隻は買えそうな大出費なんだけど』

『ボスと会う気になったかシューティングスター? あんたくらいのイカレ具合ならポケットマネーでスパルタンも買ってくれるぜッ!』


 それ以上は運任せ、半分以上はポンコツ任せの賭けとなる。

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― 新着の感想 ―
実に壮絶な白兵戦で、戦術描写も非常に絵が浮かぶようだった。 戦場が広大な宇宙から狭い艦内に収束した時、リズベットはようやくその真の魅力を見せつけた。(最高に格好いい!)
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