運び屋のリズベット ①
いつものボディスーツに、手足にナノワイヤーの射出式アンカー。背中には普段より少し大型のバックパック。腰のベルトにはグレネード五つにハンドガン。そして左腿には高周波ダガーの収められたナイフホルダー。
フル装備のリズベットとポンコツはヘルメットを被り貨物室へ。
その後部にいたのはクロークを身につけたマトリョシカであった。
棺のように開かれたコックピットにしなやかな体のリズベットが入ると、正面から抱きつくようにポンコツが中へ。
「狭い」
「そ、そう言われても……」
本来あった操作用のコンソールなどは強化人間のリズベットには不要と取り外され、それなりの広さがあったものの、流石に二人で入るには狭かった。
マトリョシカは基本的にミノムシを着込んだリズベットが搭乗する。
当然サイズもそれに合わされ作られており、多少荷物が積めるようにスペースは設けていたが、それでも狭い。
二人が入るとマトリョシカはコックピットを閉じ、丸まるように体を縮め、その体を覆うように大きなクロークが纏わり付く。そして作業用のロボットアームがすぐさまマトリョシカを捕獲した。
『軌道データ再計算。ロボットアームに重大な損傷が発生します』
「仕方ないところね。全部の出費を考えると今更」
はぁ、と嘆息した。
ステルスドローン用の粒子ポッドは手に入りにくい高価な物。だというのに相当数がレーザーで焼けた。対艦魚雷の出費も非常に大きい。ミサイルチャフは大した金額ではないが、かと言って安いものではなかった。基本的に対艦を想定した兵装というものは闇業者しか扱わない。当然相応の値が張った。
諸々考えて行くと新品同然の『オルカ』が二隻は買える計算である。
「このポンコツのためにとんだ大損よ」
「ポンコツはプライスレスなのです、リズ様」
「喋る不良債権の間違いでしょ。ミノムシ、タイミングは好きにして」
『了解しました』
そう言ってリズベットはヘルメットの内側に投影された映像やデータを眺める。
使うのは七年前程前に見つけたシャトルで、百年ほど前に沈んだもの。核融合炉が生きており、見つけた際には細工をした。周囲に敵影がないときは、良くこうしたトラップを仕掛けたりもしていて、休眠状態で隠している。
宙賊にはジャンク漁りを生業とする連中も多いが、宇宙はあまりに広いもの。その目が届かない場所も多い。
良く使う航路には対艦魚雷を隠していることもあるのだが、保険という意味では値段が高い。ジャンクのデブリを使う方がずっと良く、シャトルの核融合炉は威力という意味でも申し分なかった。
無論引っ張り出して売り払えば多少の値段にはなるのだが、闇業者から仕入れざるを得ない対艦魚雷と比べれば、シャトル用の核融合炉の方が安い。核融合炉自体は買おうと思えば正規で買えることもあり、特に希少価値もなかった。
予想もしていなかったのだろう『スパルタン』は反転からの逆噴射。こちらもまた反転しながら逆噴射を行い、魚雷とミサイルを無数に放つ。
単なる目眩ましであった。
『カウント10、9、8、7――』
貨物ハッチを開きながら秒読みを開始、リズベットは目を閉じると、マトリョシカのカメラと映像をリンクさせる。
マトリョシカを掴むロボットアームが動き出し、ハッチの外へ。
『――3、2、1、0』
魚雷の爆発と同時に外に放り投げられ、その瞬間、側にあったアステロイドにナノワイヤーのアンカーを射出し撃ち込む。相対速度は秒速300m。意図的に丸まった体を振り回させるようにアンカーを外して船体から大きく距離を取った。
そして別のアステロイドの外周を回るようにナノワイヤーを絡めて軌道修正。アステロイドに身を隠すようにしながらスラスターで微調整。『スパルタン』へと目掛けてアンカーを切り離す。
「……これ、外れたらどうなるんですか?」
「向こうの機動が予想外にズレたら、あっちがオルカを探してる間に再突入。デブリじゃないって気付かれたら、レーザーで蒸発ね」
「で、ですよね……」
まぁ大丈夫よ、とリズベットは言う。
「速度はしっかり殺してる。攻撃に対する回避機動のパターン、反応速度、レーダーによる精度の濃淡。ここまでで向こうのデータ収集も終えた。誤差程度はあっても大きな狂いはないし、現状は大体予測通り」
豆粒のような『スパルタン』が近づいて来るのを眺めながら、確信に満ちた声音。逃げる過程で色んな反応を引き出していた。アポジモーターが一基潰れているがために、安全マージンを十分に取った減速。あちらは船を自在には動かせず、それに合わせた挙動の癖が生まれている。
それを踏まえた罠の起爆と目眩まし。相手の減速挙動は想定の範疇だった。
失敗の可能性は、この場から『スパルタン』を大きく離脱させること。しかしここまで来て、相手がそれを選択することはほぼあり得ない。こちらが虫の息ということは向こうも承知している。こちらに時間を与えたくはないだろう。
「あっちは装甲を傷付けない速度と質量の飛翔体を機械的に弾いてる。現状のマトリョシカはそういうデブリの一つにしか見えてないでしょう。多少ズレてもスラスターで強引に着地も出来る。あなたは自分が間抜けなポカをしないよう、自分の心配をしてなさい」
ポンコツは、はい、と緊張した様子で頷く。
それからポンコツは、コクピットの中に周囲の光学映像を投影した。
身一つで宇宙へ放り出されたかのように、360度全てに星々の煌めきが映し出されていた。
その中をくるくると、マトリョシカは緩やかに回転する。
リズベットは呆れたように彼女を睨むも、何も言わず。
「綺麗ですね」
「見飽きた」
「えぇと、その……星の上で見る夜空は、もっと綺麗なのでしょうか?」
そして唐突な質問に、リズベットは不愉快そうに眉を顰める。
「どうせミノムシから下らない事でも教えられたんでしょ」
「そ、それは……」
「余計な話をしてないで集中して」
見る見る内に大きくなって行く『スパルタン』の挙動は誤差の範疇。丁度その左斜め前方からマトリョシカは近づき、デブリの顔をしてシールドを突破。船体表面へと丸まったまま着地する瞬間、耐衝撃バルーンを展開しながらへばりつく。
チャフをまき散らしながら船体後部へ磁気アンカーを射出。ナノワイヤーに牽引させながら慣性を利用し『スパルタン』後部の大型貨物ハッチの前に。
そのタイミングではもはや偽装も必要なかった。
カメラの死角で丸まった手足を伸ばし、目の前のハッチに壁抜き用の指向性爆弾を貼り付け、起爆する前にポンコツに目を向ける。
ポンコツは緊張した様子で目を伏せており、それを見ると深く嘆息した。
それから、リズベットは告げる。
「大気の中では、星が瞬くの」
ポンコツと目を合わせることなく、どこでもない場所を見ながら。
「夜空に浮かんだ無数の光が、きらきらと明滅して、まるで生きてるみたいにね。……天気の良い日はよく、外で夜空を眺めてた」
ポンコツは目を見開いて、そんな主人をじっと見つめる。
「どっちが綺麗か、なんて好みの問題。ただ、見渡す限りの星の世界より、飽きが来ないのは事実でしょうね。……これで満足?」
「大変不満足です。……リズ様にしたい質問は、もっと沢山、沢山ありますから」
嬉しそうに微笑むポンコツに、リズベットは眉間に皺を。
それから、こつ、とヘルメットを軽くぶつける。
「調子に乗らないの。無駄話の時間は終わり」
「じゃあ、後で沢山答えてくださいね」
嬉しそうに笑うポンコツに、再び深い嘆息を。
「間抜けなミスさえしなければ、一つくらいはね」
「百個がいいです」
絶対嫌、と無視するようにそのままハッチを爆破する。