ゴーストシップ ⑬
『目標地点まで後2000kmです』
「そ。残念ね、その前に終わらせられるかとも思ったんだけ、ど!」
言いながら、スラスターを噴射。強烈な横Gが掛かった。陽電子砲の射線に近づくように、その経路を磁気シールドで反らして致命傷を避ける。向こうの想定と別のデブリに命中し、閃光が周囲を照らし、アステロイドを壁に破片を避けた。
「シャトルで追わせて遠距離からパンパカ撃たれたら、流石にわたしも詰んでたんだけどね。紳士的で助かったと言うべきかしら」
『こうした回避をされること自体、向こうの想定外かと思われます』
「予測が出来れば誰だって出来ることよ。自分の船が対消滅しないように安定照準が必要で、至近距離では発射タイミングが限られる上に、狙いは予測通りの正確無比。発射前には予兆もある。当たる方がどうかしてるの」
『誰もがマスターであればそうなのでしょう』
陽電子砲は二つの小さなリングゲートを用い、出口から入り口への短い距離の無限ループで陽電子を加速させる。似た機構はバッテリーにも使われているが、物理的破損を除けば基本的に安定性が高く、非常に小型で済む利点があった。
ただ、問題はそれを閉じる際の時空の小さな歪み。最終的には入り口を閉じることで無限ループを解除、陽電子を放出するが、そのタイミングで慣性が乱れると、ほんの僅かだが時空に想定外の乱れが生じてしまう。
そして加速された陽電子がそれに巻き込まれ、あらぬ方向へ散乱すれば、その場で対消滅を起こして自滅する羽目になる。
元より陽電子砲は遠距離攻撃兵器。
短くても精々1000km前後、普通は数万kmという遠距離から撃ち合うもので、そうして使う分には特に問題にもならないのだが、宙賊のように小さな的を追いかけ運動しながら放つにはいささか問題が多い。
確かに非常に強力な武器ではあるし、当たれば必殺の威力を誇る。アステロイドやデブリ狙い自体も悪くはなかった。
ただ、こちらの尻を追いかけながらという状況でそれを狙うのではなく、1万km程度離れた地点から放たれていたなら話は変わっただろう。そこからどう変化するかや発射タイミングまでは流石にリズベットも正確な予測は出来ないし、そうなれば遅かれ早かれリズベットは詰んでいた。無論その場合、別な手段を取ってはいたものの、状況はより深刻だったことは間違いない。
とはいえそれもリズベットの考え。普通の人間であればそもそも、数で勝り、その上に岩礁域を強引に突破出来る戦列駆逐艦で、エネルギー切れまで詰め切れないという発想自体が存在しないのも事実だろう。
ミノムシの主人は極めて優秀であったが、その分他人に対して非常に厳しい。
大抵の相手は間抜けか馬鹿か喋るデブリ扱いで、自分が優れているとは考えず、相手が劣ると評価する。
「秒速1500m、このまま行く。場合によってはこれがあなたとの最後の会話かもね、ミノムシ」
それは、死を願う主人にとっての願望でもあるのだろう。
当然のように失敗を犯さず、見えている死を当然のように避けること。
それが当たり前のことでなければ、自分をあっさり殺してくれる誰かなんて存在がどこにもいなくなってしまうから。
だから彼女はいつも『たまたま相手が間抜けだった』と口にする。
いつもいつも、言い聞かせるように繰り返す。
けれどそんな願いと裏腹に、ミノムシの主人は宇宙一の運び屋であった。
『当機ミノムシの生き甲斐は、いつかこの手でマスターを殺すことです』
もしいつか、その繊細な心が壊れてしまうくらいなら。
そう思った日もあって、けれど棺桶にはミノムシ以外のポンコツも増えた。
玩具箱のようになったこの棺桶が、その役目を迎える日は来ないだろう。
「マスターにはそれまで、この騒がしい棺桶で眠れぬ日々を過ごす義務があります。そのことはお忘れなく』
リズベットはうんざりしたように眉を顰め、親指でポンコツを見ずに示した。
「どんな義務よ。分かってる? このポンコツ頼みになるのよ?」
『なるほど、そう聞けば確かに最後の会話かも知れません』
「何でそうなるんですか!?」
吠えるポンコツを無視するようにリズベットは立ち上がる。
「まぁ、後はよろしくね」
『ええ、マスター。あなたの棺桶でお待ちしています』
そんなミノムシの軽口に呆れ、それから静かに苦笑して。
「そうね、どうせ死ぬなら見慣れた棺桶がいいかしら」
目を閉じるとそう言った。
□
「どう考えてもそろそろ向こうはエネルギー切れだ。何をしてくるか分からん、気を引き締めろ!」
ロッドは吠えながら、ディスプレイの『オルカ』に目を向ける。
シールドによる陽電子砲の回避、レールガンにスラスター。どれだけ多く見積もっても、この辺りで息切れだった。
「勝っても勝ちとは言えねぇ勝利だぜ」
「降参しない限りは仕留める気で行く――そういうことでよろしいですか?」
「そこまでの負けず嫌いなら仕方ねぇさ。ここに二隻、外にも二隻、その一時間後には更に二隻が追加だ。ここいらで呼びかけてもいいが――」
そうロッドがダールトンと話していたタイミングだった。
慌てたように観測手が声を張り上げる。
「残骸より反応が――」
「ちぃ、そう来たか!」
その言葉を言い切る前に状況を確認し、咄嗟にスラスターを吹かして反転、逆噴射を掛ける。『オルカ』の横を通り過ぎたアステロイド――その裏側にへばりつくデブリの残骸。シャトルの残骸を使った罠――ずっと以前にこの辺りを通った際、いつか使えるようにと仕掛けていたものなのだろう。
ディープ・ワンズの庭の中に。
ロッド達は皆、『オルカ』の動きを注視していた。
最後の悪あがきがあっても、何一つ見逃しはしないと注意深く。
しかしそれこそが罠。
閃光と共にシャトルは大きく爆発し、アステロイドの岩塊を撒き散らす。魚雷とメインジェネレーターは同じ核融合の原理を使うものの、その大きさは全く違う。当然ながら、その威力は対艦魚雷の比ではない。
スラスターでは横っ腹に喰らって船が沈んでいた。反転しての急制動を掛けるしか手はなく、しかしそれでもシールドを貫いた岩塊が船体に命中する。
「っ、次が来るぞ! 迎撃だ!」
衝撃の中ロッドは吠え、カメラに捉えたのは対艦魚雷四発。
『スパルタン』は減速しながらレーザーで迎撃を行い、『オルカ』との間が大きな四つの爆発で隔てられる。
「やってくれるぜ全く! 二隻とも被害はないか!?」
『ありません!』
『こっちは穴が空きましたが軽微です!』
後ろを飛んでいた二隻に声を掛けると再度反転する。
撒き散らされているのは爆発に合わせて放出されたミサイルによるチャフだった。そして『オルカ』は既にその姿を消している。
逃げた訳ではなく、隠れたのだ。
「ハッ、最後はかくれんぼって訳か。ちょいと往生際が悪いんじゃねぇか?」
もはや動きは停止しているに等しく、周囲を緩やかにデブリが流れていく。あちこちを飛び交う散乱したデブリを除けば、もはや流れは止まっていた。
「二隻とも広めに散開して炙り出せ。レーダードローンを展開しろ。魚雷に注意だ、流石に弾切れだろうが一、二発はあってもおかしくない」
――それはデブリの一つだった。
船体表面に無数に設置されたセンサーは先ほどの爆発でいくらか壊れていた。本来至近の衝突対象に自動で反応し、出力を上げるシールドはもはや信用出来ない。それ以前から観測手は、レーダー情報から衝突するデブリの情報をシールド発生器に送信し、手動で対処していた。シールドの展開は元々やや過剰反応。アステロイドの海を常軌を逸した速度で進むドッグファイトにおいて、あまりにシールドの負担が大きく、装甲で受けて大きな問題のないものに関しては元々除外していた。
そうでもしなければ『オルカ』を追い切れなかったためだ。
そして現在、周囲にばら撒かれたチャフによって艦の目たるレーダーは遮られ、壊れたセンサーの無数のエラー。その中で観測手達の意識は敵艦の位置特定、魚雷の発見、そして装甲を破壊しうる高速のデブリや大型のデブリに集中している。
そのデブリはその船体装甲に傷も付けられない程度の速度と大きさしかなく、不必要な情報として機械的に弾かれていたものだった。
しかし、そのデブリはシールドを潜り抜けると、金属粒子をばら撒きながら船体表面を移動。
船体後方、貨物用ハッチに取り付いた。
「あっちは息切れ、間違いなくどこかのアステロイドに張り付いてる。レーダードローンは壊されても構わねぇ、散開させろ」
「魚雷をばら撒いて炙り出しますか? チャフを焼くにも丁度良い」
「悪くはねぇな。ここは盛大に――」
「――振動検知、第一貨物室で減圧が発生!」
「ああ? 何だ、ショートで穴でも空いたか?」
先ほどの爆発であちこちに穴が空いていた。
減圧が起きている通路や部屋もある。回線がショートして風穴くらいは空いても不思議ではなかった。
「原因は分かりませんが――」
そう言いかけたところで、観測手とロッドは同時に貨物室のカメラ映像を。
そこに映っていたのは、大型の作業用オートマトンであった。
スラスターで宙を進みながら、バックパックから無数の火器を展開していく。
これには流石のロッドでさえ言葉を失った。
そしてオートマトンが小型ロケットを艦内への扉に放つのを見て、艦内放送で叫ぶように吠えた。
「総員すぐに艦内白兵戦の用意をしろ! 頭のイカレた運び屋が貨物室からご入場だ!!」




