ゴーストシップ ⑤
宙賊を敵に回した人間は大抵が死ぬ。死なないのは別の宙賊に身を寄せた人間と、上手く逃げられた回遊魚くらいで、後は見せしめにスナッフビデオに出演するのがオチ。リズベットのように変わらず暢気に仕事をしている女はいない。
レッドセクターで最も力を持つのはセキュリティだが、宙賊とは癒着関係。ラットホールのようなノンセキュリティで暴れ回る程度なら見過ごされるし、ローセキュリティでも多少のことは見て見ぬ振り。資産家連中に不利益をもたらさない限りという但し書きは付くが、宙賊によるレッドセクター自治を認めている。
ハイセキュリティに暮らすような人間様にも、こういう場所は必要だった。様々な綺麗事に抑圧された欲望を解消される場所として、違法品に奴隷にドール、欲望達の中継地にしてゴミ捨て場。
ここは浄化も出来ない無法地帯でなくてはならない。
そうでなければ市民権という名の人権証明書なんてものは、とっくの昔に行き渡っているに違いない。あちらのニュースじゃ犯罪者の巣窟だと言うが、ほとんどの人間は搾取されながらも真っ当に生きていた。
世界は善意でも綺麗事でも出来ていないし、権力構造はピラミッド。宙賊はこの世界での体制側。宙賊に対して逆らえるのは同じ宙賊だけだった。
それとたった一人で張り合うつもりなのがどうかしていたし、それを成り立たせているところが最高にイカレてる。
「俺はボスのイカレ具合に惚れて傘下に入った。俺も跳ね返ってた時期もあったが、結局誰かの下に収まるのが性分だったって事だ」
「……?」
「俺にとってボスはボス。俺が下でボスが上だと納得してる。だが誰にも媚びねぇ人間が世の中にはいて、それがボスで、あの運び屋だ。俺はそういう、てめぇだけの人生を生きてる人間が好きでな」
ロッドは笑う。
「ああ、敵わねぇ、って思い知らされる瞬間が俺は堪らねぇくらいに好きなんだ」
「……親父」
「だがまぁ、それを味わうには全力を出さなきゃいけねぇ。言い訳は出来ねぇようにしないとな。……勝負って意味じゃさっきので完敗だ。生け捕り作戦は中止、仕留める気で行く」
それからすぐに笑みを消し、
「自由射撃を許可する。……スパルタンにはそう伝えろ」
続けて一言、そう告げた。
□
――十七時間後『オルカ』船内、食堂兼娯楽室。
「どういうことですか!? 電子怪盗マスクマンって何者なんですか!? なんでポンコツの全財産が盗まれなきゃいけないんですか!!」
ソファに座りながらポンコツは吠えていた。
「口座ごと盗まれたんじゃない? 言ったでしょ、口座を分散させるか何か買いなさいって」
ブラックスペース・ロジティクスという、このレッドセクター周辺を舞台にした物流会社運営ゲームであった。インディーズのパーティーゲームで、ダイスを振ってあちこちに進みながら、船や物件を買ったりしつつ、会社を大きくしていく。
この一帯の宙域に関してはそれなりに調べた上で作られているらしく、各宙域の特徴や特産、産業を含めて中々詳しい。
特にやることがないタイミング、暇潰しにゲームでもしようと考えていた所、ミノムシの勉強になるゲームということで付き合わされていた。
このゲームではすぐに銀行や闇銀行が潰れたりするため、クレジットをそのまま持たないことが基本である。
だがポンコツは健全経営を目指すのだと闇口座を使わず、その上に買い惜しみをしていた結果、貯め込んでいたポンコツクレジットはあっさり0になった。
『安心してください、ポンコツ。今なら当機ミノムシがあなたを救えます』
「本当ですか!?」
その言葉にポンコツはほっとしたような顔になる。
『高利貸しカードがありますので、こちらからクレジットを貸し付けましょう』
「嫌です! 何ですかその悪そうなカードは……!」
『選択権はこちらにあります。しかし、ここでクレジットを持っておくことで、ポンコツはこれまで積み重ねた資産を手放さないで済むでしょう。あなたはここから立て直せ、こちらは少々の利息を貰う。お互いにとって良い取引です』
「絶対違います! それは善意に見せかけた搾取です!」
賢い言葉を知ってるじゃない、とリズベットは言った。
「死なせず元金を返させず、利息を取り続けるのが良い搾取のポイントね」
「ポンコツがしたかったのは地理の勉強で、そんな勉強をしたかった訳じゃ……あぁ、ポンコツに雪だるま式の借金が……!」
『ご安心を。十ターン後には必ず返済されますので、それ以上膨れ上がることはありません。必要であれば船や物件を買い取りましょう』
うぅ、と唸るポンコツを気にせず、リズベットはゲームを中断する。
「そろそろね。キリも良いところだし」
『確かにキリも良いです』
「全然良くないです!」
「あなたがこのままジャンクヤードに放り込まれるのを見届けるのは悪くないけど、目の前のこともやらないとね」
言いながら立ち上がると、ポンコツの身につけるミノムシはコントローラーを収納棚に収めた。張り付くようにコントローラーは固定される。
「ズレは?」
『母機基準、600,2400。40mです』
流動的に反射情報を変化させるミラージュシフトは、ズレ方を固定して使うことがほとんどであった。流動的に動かさなければ演算処理も軽く、燃費も良い。
それに初撃を外させればそれで決着となる場合も多いし、先ほどのように動かしていればすぐに露見し対策される。逆に動いていなければ、人間それが正しい位置だと錯覚しやすく、そもそもの疑念を抱かないもの。そして何故外したかに気を取られ、こちらはその分の思考時間を奪うことが出来る。
何かを目眩ましに位置をズラすのが基本で、今回の場合は先ほどの『ハンターシャーク』を沈めたタイミングで位置を微妙にズラしていた。
方位は横の円と縦の円、二つの角度を用いる。この場合であれば左斜め後方の下側40mの位置に、あちらからはこちらの座標がズレて見えている。
粒子状のステルスボットは展開した黒い球体状のドローンによって制御され、加速中でも引き寄せられ、離されない。近場から見れば後方に雲を纏っているように見えるだろう。
速度を抑えているのはデビルリーフで向こうが追いつけるように、という意味合いも当然あったが、このズラしに使うエネルギー余剰を確保する、という意味合いもある。あくまで燃費が良いだけで、ただ使うだけでもメインジェネレーターの供給に対して消費がギリギリであった。
それが許容範囲に収まる程度に調整しなければならない。
とはいえ、出だしは最高。距離を開きつつ、一隻撃沈。無傷でここまで飛んできており、人工重力でのんびりする程度にゆとりもある。どちらにせよ長々とあちらのお遊びに付き合うつもりはなかった。
「ズレって何ですか?」
「向こうから見える位置をズラしてるの。駆逐艦の陽電子砲なんか当たったら、下手すると一撃だしね」
「一撃……」
「この辺りは磁場も安定してるし、相手のFCSがあなたみたいなポンコツじゃなければ大丈夫だと思うけど。狙いが正確な方が避けやすいから」
磁気シールドで偏向出来ないほどの直撃なら一撃だった。
シールドを貫通した瞬間、対消滅による膨大なエネルギーが船を焼き尽くすことになる。その威力と速度から、現在の艦隊戦における主力であった。
磁場の影響などを受けやすいという難点はあったが、むしろそれが艦隊を並べての戦いには丁度良く、遠距離からの砲撃戦では撃つ側も避ける側も完全に予測が出来ない。強力なシールドと強力な主砲、そして数を揃えての馬鹿馬鹿しいマスケット戦争がこの世界での主流であった。
『D408よりシャトル二隻と駆逐艦出現。スパルタンと思われます』
リズベットは眉を顰める。