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ゴーストシップ ③

『敵艦シールド消失、損傷は軽微』

「やっぱりそこそこ腕がいいのね、読みも正確」


 急旋回後、椅子の上で加速Gを感じながら、あちらの様子を眺める。

 対艦魚雷はシールドを貫いてこそ、一撃で船を沈められる。近接信管ではその良さを殺してしまうことになるのだが、それでも至近距離ならシールドを吹き飛ばす程度の威力はあった。焼き切れた回路は修理が必要であるし、その状態では距離を開かざるを得ないだろう。


「もう一隻は素人みたい。後ろを人質にミラージュシフト、一番をすれ違い様にダイレクト」

『了解しました』


 舵を切ったデビルリーフ方向からはもう一隻、『ハンターシャーク』が迫ってきていた。200kmから放たれるのはレーザー。その距離では安価な対レーザーコーティングにさえ効果も薄かったが、慌てているのだろう。

 すぐに諦めレールガンが向けられるが、 相対速度は優に1万mを超えている。あちらにゆとりはなく、そして『オルカ』の背後――その直線上にはロッドの乗るシャトルがシールド消失状態で追ってきていた。

 当然彼らは、万が一を考える。


「――兄貴! 敵艦が小刻みに揺れてロックが!」

「このままじゃ破片で親父もこっちも巻き添えです!」

「クソ、迎撃中止! 回避機動を取れ! あいつはイカレてんのか!?」


 その『ハンターシャーク』の艦内では男達が声を張り上げていた。FCSに捉えたリズベットの『オルカ』はスラスターを吹かすことなく、その位置を上下左右に変化させていた。あらゆる電磁波による測定を誤魔化し、ズラし、その位置を誤認させ、一切的を絞らせない。


 蜃気楼、の名の通り、機械の目に見えているのは幻覚だった。

 レーダーの機械的な自動補正を狂わせるもので、『オルカ』は真っ直ぐ突っ込んで来ているだけ。しかしディスプレイに映る『オルカ』はまるで真空を泳ぐかのように体を揺らし、あるいは瞬間移動をしていた。


 ミラージュリキッドコーティングは能動的に相手のセンサーにズレを生じさせる。更にステルスドローンの放つ粒子状のボットを組み合わせて周囲に纏うことで、反射による鏡像を機械の目に投影する。

 至近距離であっても場合によっては数mの誤差を生じさせた。


 レーザーによる攻撃は一定時間の照射を要する。上下左右に狙いがブレれば、対レーザーを前提とした船相手には温める程度にしかならない。目と鼻の先まで近づけば一瞬であっても効果はあったが、船は正面衝突だろう。仮にレールガンで上手く破壊が出来ようと、破片の大部分は慣性のままこちらの船を激突する。

 その上、敵船の背後には彼らが親父と慕うロッドが乗るシャトル。

 シールドは消失しており、仮にレールガンが『オルカ』に上手く命中しようと、その破片と衝撃に巻き込まれる。シールドを失ったシャトルは非常に脆く、そうなれば大破は不可避であった。


 最適解は予測地点への手動照準であったが、そのタイミングはとうの昔に過ぎ去っている。宇宙空間の戦闘においては一秒どころかその十分の一、百分の一の時間が勝敗を分かつもの。その瞬間にはもはや熟考する余裕は存在しない。

 その一瞬を制するため、事前にどれだけ可能性を網羅し、予測するかが戦いであり、勝敗というものは戦う前に決していた。

 彼らはレールガンによる迎撃を諦め、回避機動を取るが、

 

「っ、魚雷が――」


 そのすれ違い様、放たれた声が彼らの最期。最大加速で突っ込んだ『オルカ』の対艦魚雷は『ハンターシャーク』に直撃、大きな光を生み出した。

 頬杖を突きながら、それを見届けたリズベットは告げる。


「ミラージュシフト解除、予定通り推力調整。中々良い仕事じゃない」

『ありがとうございます、マスター』

「欲を言うなら後0.2秒後ね。今のは向こうがギリギリで回避出来た」

『今後の参考にします』


 おさげの片方を指でくるくると弄びながら、向こうの艦船データやマップを眺めていた。急いでいない時は視覚でデータを閲覧するのがリズベットの好み。直接データを流し込めば情報は瞬時に取り入れられるのだが、考え事をする際の癖のようなものだった。いつも五感を働かせながら、思考をぼんやり巡らせる。


「似た状況になれば、向こうは多分下方向を候補から外す。スラスター配置から見てリフトアップか正面突破が本命、他が合流してきたら急制動もあるかもね。リフトダウンやドロップダウン狙いに見せかけて、どれかを狙って」

『了解しました』


 一手先、十手先、あるいは百手や千手。枝分かれしていく可能性を剪定する。

 戦いとはそういうもの。相手の一手を見る前に、取るべき行動は決まってなくてはならない。目的や意図、思考形態、技量に能力を眺めていけば、選択肢は決して無限などではないし、不要な枝は切られて消える。

 ミノムシは優秀な人工知能。単純性能で言えばリズベットを遙かに上回るが、そうした剪定は苦手であった。人間を模してはいても、根本的に違うもの。例えば単純なタイムアタックでもしてみれば負けるのはリズベットだが、横並びで何でもありの障害物競走でもするなら、リズベットが間違いなく勝つ。


 脳は捕食という行為のため、他者との生存競争を勝ち抜くために洗練されてきた器官である。認知と予測、そのための想像力、可能性の選定に特化してきた。

 対する人工知能は演算処理を目的に進化してきた正しさの奴隷。本質的に情報を疑わない存在であるが故に、裏を掻かれるのは苦手であった。

 曖昧な情報で戦わざるを得ない時にも脆く、優れた頭脳を持つものの、大抵は無駄なことにその優れた処理能力の大半を浪費する。意図的に可能性をばら撒いてやれば処理限界、パンクしてしまうのが人工知能というもの。

 ミノムシは単体でもそれなり以上にはやれるのだが、その能力を最大限に活かすのであれば、不得手な枝の剪定はリズベットがやった方が良い。


 人工知能は人に勝ると言われていたものの、それは一面的な視点である。

 間抜けは時折、人工知能に全幅の信頼を置き、あるいはそんな人工知能を恐れるが、そういうものだと知っていれば決して無敵の存在でも、人類の上位互換でもない。数万年の遺伝子改良で人類もそれなりに進化を遂げた。リズベットのような強化人間でなくとも、多少のインプラントを施し、強味を活かすのであれば、その差は精々が得意不得意の範疇であった。

 例外があるとすれば恒星クラスのAIか、どこかのイカレたジャンクのように、人を捨てて機械になった存在か、あるいはその逆か――


「……気が散るんだけど」

「すごいですリズ様! 映画の船長さんも顔負けです!」


 横からリズベットの顔を覗き込んでいたポンコツは、ハイテンションで目を輝かせていた。

 うんざりするようにリズベットは額に手を当てる。


「戦いとはいえ、少し可哀想ですが……」

「相手が間抜けなだけで、わたしはやるべきことをやってるだけ。下らない作業よ、こんなの。余計な事は考えなくていい」

「余計な事……」

「わたしも連中も悪党で、悪党同士の殺し合い。どっちが死んでもお互い様」


 これはゴミ掃除なの、とリズベットは言った。


「相手がどういう人間だとか、家族がいるとかいないとか、そんなことを考え始めればキリがない。世のため人のためになる善行とでも思ってればいい」


 ポンコツはじっとリズベットを見つめ、頷く。


「二度と言わないようにします」

「……そこまでは言ってないんだけど」


 まぁいい、とリズベットは嘆息し、再びディスプレイに視線を向ける。


「いつかリズ様も、こんなことをしなくて済むようになると良いですね」


 少しして、続けられたそんな言葉に眉を顰め、嘆息した。

 馬鹿じゃないの、と呆れたように。


「リズ様の夢って何ですか?」

「言ったでしょ」

「それ以外で、です。やりたいことがあるだとか、見たいものがあるだとか、ちょっとのことでいいんですが」


 言われて一瞬、頭をよぎるものがあり、目を閉じる。


「ない。強いて言うなら一人でゆっくりお風呂に入って寝たいくらいね」

「実際のところどうなのでしょう、ミノムシさん」

「ミノムシ、ポンコツに余計な事を教えたら怒るから。……後は任せる。向こうはしばらく何も出来ないでしょ」

『了解しました』

「後、暇なら空になった推進剤のタンクでも投げておいて。捨てるの忘れてた」


 向こうはこちらを追いかけ加速中。

 普通に鉄屑を放り投げる程度でも、相対速度は数百mを優に超えるし、シールドなしで直撃すれば船が壊れる。

 もちろんそんな間抜けではないだろうが、単なる嫌がらせだった。


「むぅ……まぁいいです。ポンコツはお背中を流しますね」

「一人で、というのが聞こえなかった?」

「ポンコツの耳には優秀なノイズキャンセラ-が付いているので、都合の悪い言葉はシャットアウトなのです」

「……ただのポンコツじゃない」


 何が声を聞く者よ、とうんざりしたように口にした。

 今の声は世界の虚空に消えました、とポンコツは笑った。

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― 新着の感想 ―
敵の視点から戻った後、リズベットはまた可愛らしい感じになりましたね。 それぞれの長所を活かし、人工知能と人間の間は、得意なことと不得意なことの範疇であると。(この人間と機械の関係に関する描写、すごく…
ミラージュシフトの機序かっけー
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