ゴーストシップ ②
「ローガンは気のいい奴だった。確かに死んだのは残念だったが、それだけだ。何もかもお互い様。喋るデブリが殺し合うのはいつものことで、日常だ。この掃き溜めじゃ強い奴が生き残り、弱い奴は搾取されるか死んで行く。だろ?」
「……その理屈は分かりますが」
「分かる分からねぇじゃねぇよ、ボギー。そういうもんだと心の底から受け入れられて、初めて一人前の宙賊だ。そう思えねぇなら見切るのも手、ボロステーションの雇われで扱き使われる方が幸せだろうよ。大体皆そうしてる」
ロッドは笑った。
レッドセクターの八割は、デブリ生まれのデブリ育ちな貧乏人。
搾取されるのが常であり、それを受け入れられなかった人間が、ギャングになったり、宙賊になったりする。
「例えばお前はガキを撃ち殺せるか? 何の罪もない、そこら辺を歩いてるただのガキだ。たまたま仕事を見られて殺すことになった。どうだ?」
「それは……」
「俺なら考える前に殺してる。すぐに忘れて飯でも食って、笑い話でもしてるだろう。余計な事を考えないのが仕事のコツだ。考えたことはねぇのか? これまで殺してきた連中に家族がいたのかどうかだとか」
ボギーは口ごもり、ロッドはまた笑う。
「家族は泣いて苦しみ、もし一人でガキでも育ててりゃ、そのガキは路頭に迷って野垂れ死んでるだろうさ。どうだ? 不憫じゃねぇか? ガキを撃ち殺すのと何が違う。これまで何度、お前は罪を悔いて謝罪したんだ?」
俺達は喋るデブリだ、とロッドは言った。
「自由に生きると決めたなら、余計な事は捨てて、もっとシンプルに考えろ。物事は楽しいか、楽しくないかの二択だ。人間らしく大事なもんを抱えて生きたいなら、真っ当にどこかの雇われでもやればいい。そいつはトレードオフの関係だ」
「……はい」
「殺すことも殺されることも、両方楽しめる人間だけが自由を得られる。この掃き溜めに人権なんて高尚なものはないんだ。ここに生まれて自由を求めた以上はてめぇのことだけ考えな。情なんてもんは使い捨ての娯楽に出来なきゃ、やってて辛いだけだぜ、ボギー」
そこまで言い切ると、『オルカ』のデータを眺める。
「俺が会った中で一番頭がぶっ飛んでるのはボスだが、違う方向でぶっ飛んでるのがあの運び屋だ。面白いものはあればあるだけいい。面白い連中が集まりゃ祭りもやれる。どうせ死ねばそれまでの遊びの時間、盛大に騒げるだけ騒ぐのが一番……下らねぇことに囚われてちゃ、悲しむだけで日が暮れるぜ」
言いながら、考えるのは向こうの船のこと。
外から見える限りの情報は一見、少しカスタマイズした程度の『オルカ』。スラスターやアポジモーターはレッドスターズ社の人気な品だが、高度解析を掛ければ微妙に違う。形状を合わせた特注の改造品。
ミラージュリキッドコーティングも不自然でないよう、良くある対ソリッドコーティングに性質が偽装され、一見それとは分からない。あのリズベットが乗った船がただのソリッドコーティングとは思えず、背後にべったりくっ付いて観察と解析を続けた結果、微妙な誤差が誤差では無いと気付いただけだ。
ミラージュリキッドコーティングは電磁波に対する反応を能動的に変化させ、その気になれば透明にもなる。偽装は容易だった。
パトロールが見掛けても怪しまれない船として、完璧に偽装されている。
闇市場にも出回らないミラージュリキッド自体を何とか手に入れられても、そもそもそれを扱うためにはよほどの制御装置がいる。普通の人間には扱えない。
あの船に内蔵している艦船制御コンピューターも普通じゃなかった。
その上、本人は強化人間。聞いたところでは連れ歩いていたオートマトンは改造されたアンドロイド。船の中身という点では完全に負けている。
無論単純戦闘に限ったハードの単純性能だけで言えばこちらが上。それ専用で組まれているのだから当然だったが、それをこちらがどれだけ引き出せるかで言えば良くて精々七割か八割か。それでも普通は十分過ぎるくらいだろう。
だがあちらはそのスペックをフルで使いこなせる中身を内蔵していた。
「敵艦加速」
「置いてかれるなよ」
アポジモーターの核パルスエンジンが船体を加速――体がシートに押し付けられる感触が気持ち良かった。
相手の装備は一見魚雷のみに見えたが、上と左右に流線型の突起。通常は内蔵しているレーザーだが、別の何か用意していてもおかしくはない。ミラージュリキッドコーティングはハッチの継ぎ目を隠すのも容易だった。レールガンくらいは飛び出してきても不思議ではない。
「距離を維持してこっちの出力は92.3%……向こうの最大加速ってのもあり得る数字だが、5%程度は余力を残してる可能性は考えておけ」
「はい」
アポジモーターとメインスラスターには核パルスエンジン。微調整レベルの姿勢制御には推進剤を使ったプラズマエンジンを用いた。
改造していないシャトルであれば核パルスを使うのはアポジモーターくらいであったが、ラットホールに入る船は相応の改造をする。瞬時に尻を振って最大加速するにはメインスラスターにも瞬間的な加速力が必要だった。
核パルスエンジンは連続的な核融合によるエネルギーを電磁気で受け止め放出する推進装置。艦船シールドと同様の技術が使われており、制御装置の性能がものを言うが、こちらは可能な限りの最速チューン。速度としては『ハンターシャーク』の方が間違いなく上だった。戦闘専門で改造されたこちらと違い、あちらの『オルカ』は様々な状況に対応しなければならない分、多少は重い。可能な限り速度を追求していたとしても、こちらには及ばないはずだった。
「レールガン射撃準備」
「おう、狙いは魚雷だ。外すなよ」
ワームホールの出口――真っ暗な境界面から『オルカ』が消えた五秒後。
こちらが出た瞬間、投影ディスプレイに大写しになった『オルカ』の下部から発射される対艦魚雷の姿にロッドは頬をつり上げた。
すぐさまFCSは魚雷をロックし、
「撃て」
船体上部に備えつけられたレールガンが放たれる。反動を殺すため慣性制御が働き、スラスターが火を噴くが、それでも一瞬艦内が揺れた。
文字通りの光速で飛来するレーザーや、亜光速で放たれる陽電子砲に比べれば、秒速3万m――宇宙における戦いにおいては遅い速度。しかし、命中さえすればほぼ確実にシールドと装甲を貫通する質量弾。
当然、薄紙程度のシールドで保護された対艦魚雷などあっさりと粉砕する。魚雷の爆破原理は核融合、上手く行けば爆発もしないか、小規模なものだ。
しかしロッドが舌打ちしたのは、命中前に爆発を起こした魚雷を見て。レールガンで破壊されることを見越して、元々目眩ましに使うつもりだったのだろう。巨大な火球の向こうへと、一瞬『オルカ』は完全に視界から消え、魚雷にはレーダーを妨げる金属粒子のチャフ。たった数秒、こちらの視界を奪うフラッシュバン。
あちらのミラージュリキッドコーティングは、閃光を目眩ましにするのであれば存在そのものを透明化させるほどの性能を有していた。
――狙いを確信して吠える
「次が来るぞ! リフトダウンで突っ込め!」
その言葉に『ハンターシャーク』のスラスターはフル稼働。船の角度を変えないまま下方へズレた。回避は単なる直感だった。普段ならあえて最大加速で突っ込んでいたが、だからこそ、それを避けた。それを読んでいる気がしたからだ。
正攻法は全力での回避機動、シールドを温存した方向転換による回避であったが、速度を落とす前提で狙われていればそれで死ぬか、置いていかれる。
故に選ぶのはその中間、可能な限り速度を維持した最小限の回避。
戦闘は選択の連続。運が悪ければ死ぬのはいつものことで、今更のこと。
――それすら楽しんでこその宙賊だった。
火球を抜ければ、見えたのは急旋回をする『オルカ』と、こちらが真っ直ぐ突っ込むことを見越した対艦魚雷。魚雷は進路を修正するも、すぐにそれを諦めるように光を放つ。近接信管だった。こちらと最接近する場所で自壊する。
中身は恐らく、威力を高めた改造品。
速度を維持した最小限の回避。それを見越した上での近接信管。
開始直後に魚雷二発、それではっきり伝わる相手の実力。
読み勝ったのはあちらの方。
シールドがフル稼働するのを眺め、ロッドは歯を剥き出しに笑みを浮かべた。
「堪らねぇぜ、あんた」