鳴かない仔猫 ⑥
『ただ、俺と同様、ボスはあんたみてぇな女が大好きでな。よほどのことがなけりゃ、子供に見せられないようなビデオの女優にゃならなくて済むさ』
「どうだか。そんなの胸三寸でしょ。わたしはあなた達と違って多少頭はまともなの。狂人の思考は分からなくてね」
『金の卵を産む鶏を簡単には始末しねぇさ。ボスは俺と違って頭がいい。そういう意味じゃ、宙賊の中じゃ随分まとも……あのドン引きするような趣味だって実益を兼ねているからやってるもんで、ボスは無意味なことをしない』
俺にも全部は分からねぇがな、とロッドは肩を竦めた。
『生まれた場所がこの掃き溜めじゃなけりゃ、今頃支配者共の一人だろうさ。あんたみたいな女こそ、話してみる価値はあると思うぜ』
「顔に見合わず健気な、あなたのご主人様への忠誠は理解した。あなた達は宙賊だと思ってたけど、どうやら性質の悪いカルトみたいね。残念なことに筋金入りの無神論者でタコの神様は信じてないの」
呆れたようにリズベットは答えた。
「返す言葉は一生寝てろ、よ。邪神崇拝の宗教勧誘はお断り。諦めて船ごと破壊してくれると手間がなくて嬉しいところね」
『困ったもんだ。邪教じゃないつもりなんだが』
「カルトの信者は誰だってそう言うものよ」
愉快そうにロッドは大笑いして膝を叩く。
よく笑う男だった。
『まぁ、ちょいと頭に入れておいてくれ。足を止めたらジェネレーターが大爆発、みてぇなオチは別に望んじゃねぇんだ』
「あなたにとってはお遊びでも、わたしにとっては死活問題。あなたが死んでも事故ってことで納得してね」
『サンダーボルトレースにゃ事故は付きものだ。ラットホールに入った瞬間、好きにやって構わねぇぜ。お互い全力、恨みっこなしだ』
また後でな、と通信が切れ、目を細める。
「ラットホールに出る三十秒前から95%で加速、出た五秒後に一番を反転射出で点火、フラッシュバン。爆発を確認次第、もう一発。エッジターンで進路をデビルリーフに」
『了解しました。二番でよろしいですか?』
「近接信管で六番にしましょ。これくらいで死なないでしょう。距離を開けばそれでいい。頭はどうかしてるけど、中身は一応きっちり詰まってる」
その言葉にポンコツが尋ねた。
「まだ戦ってないのに何でわかるんですか?」
「距離設定。こっちの防御性能や推力、船体性能を見ただけでかなり正確に把握してる。あのハンターシャークなら100km先からでも普通のオルカなら沈められるけど、22kmの相当な近距離に詰めてきた。こっちにギリギリ逃げる余地があり、あっちにも沈められる余地がある、そういうラインを維持してる」
ここに中身が詰まってるってこと、とリズベットはポンコツの額をつつく。
「遮蔽物も何もない場所を飛ぶ場合、わたしの考える限界ラインはあらゆる手を尽くして15km。そこまで入られたら距離を開けなくなるし、反転して殴り合いするしかない。遊んでる間に増援や漁夫の利狙いの宙賊も来かねない。損耗次第じゃどうしようもなくなる状況に陥るの」
「……なるほど」
「戦闘じゃエネルギーを大量消費する。攻撃しながらシールドや装甲で攻撃を受けて、スラスターをぱんぱか吹かせばあっという間に枯渇する。息継ぎしなきゃ連戦は無理。デブリに入る前に殴り合いになった時点で半分負けね」
メインジェネレーターは核融合炉。お世辞にも高効率とは言えないし、戦闘機動で殴り合いながらでは消費に供給が追いつかなかった。
シャトルは根本的に戦闘用ではない。貨物扱いで小型の核融合炉を搭載する、グレーゾーンの涙ぐましい努力で最大出力を増やしていたが、ラットホールから出ないで済む宙賊の船と違って法律という限界がある。考え得る限り最大の改造は施していたが、適当に増設した連中の船と出力は大差ないだろう。
戦闘を前提とした駆逐艦が出て来るのなら尚のこと。駆逐艦のような戦闘艦が搭載する対消滅反応炉は、文字通り出力の桁が違う。
そしてレーザーの威力も装甲の対レーザー強度もエネルギー出力がものを言う。
戦闘では熱吸収による装甲のプラズマ化を防ぐため、様々な方法でレーザーを屈折、散乱させて緩和する。その構造や素材の工夫によって照射による熱を広範囲へ逃がし、装甲を抜かれるのを防ぐソリッドコートが一般的。ただ、100%の反射が出来ない以上、こうした防御には限界があった。
そのため軍用艦は『オルカ』のようにより性能の高いリキッドコートが使われる。こちらはレーザー照射に対し能動的に流動するスマートスキンで、対レーザー強度は非常に高いのだが、動かすために多大なエネルギーを浪費する。フルで使えば『オルカ』の核融合炉などでは供給が全く追いつかない。
対する駆逐艦は設計段階でリキッドコーティングのフル稼働が前提。
装甲も分厚く、『オルカ』のレーザー程度では貫通が難しい対レーザー強度を有し、その上でこちらの装甲を簡単に抜けるレーザーを平気で放ってくるだろう。
遮蔽も何もない場所での殴り合いなど馬鹿げていたし、こちらはそうならないために最善を尽くさなければならなかった。
「向かう先はデビルリーフで連中の縄張り。周囲のスキャンは穴がないようにくまなくやって。ハイエナ連中が寄ってきても、到着するまでこっちの利になる」
『了解しました』
逆探知で寄ってくるハイエナの宙賊がいても、基本的に狙うのはロッドの方。追われている側より追っている側の尻に張り付いた方が仕留めやすいし、ダーク・ワンズの縄張りであるデビルリーフまで行けば、勝手に逃げ出す。
「デビルリーフに入ったら操縦を預けてサポートに回って。置き爆弾を使ってからは半分アドリブね。状況が固まってからある程度の指示を出す。マトリョシカの戦闘準備もしておいて。C兵装」
『了解しました。ポンコツはどうなさいますか?』
「はい! ポンコツにお手伝い出来ることがあるなら何でもやります!」
目をキラキラとさせるポンコツに額を押さえて嘆息する。
「……、とりあえずまともに使えるのか測定して。最低限無重力対応の運動プログラム、他にも必要と思うものはインストール。今のところ艦内重力を切ったらポンコツどころかピンボールよ。お荷物どころかわたしの気を散らす敵の新兵器ね」
「ひ、酷いです……っ」
ポンコツは運動プログラムが無重力に対応していない。ミノムシのボディは足場に吸着出来るしロックも出来るが、そもそも船外作業服や強化外骨格の使い方もよく分かっていない。人工重力下はともかく、無重力下では何をやらせるにも一々ミノムシを経由させねばならず、非常に手間だった。
慣性制御があるとはいえ、相当なGも掛かる。それに対応出来るかも疑問であり、場合によってはGに耐えきれず失神するアンドロイドという極めて稀な光景を見る羽目になるだろう。
「Gで失神する間抜けなポンコツが見たいって言うなら別に適当でもいい。最初から活躍に期待してないから。仲良く相談しながらあなたが決めて」
『なるほど。少し見てみたくはありますね』
「ミノムシさん!?」
冗談です、とミノムシは言い、ポンコツは唸った。
馬鹿馬鹿しいやり取りを呆れて眺めて嘆息する。
『ポンコツ、ヘルメットを。しばらくの間、船を預けても構いませんか?』
「ええ、別にやることもないしね。いくらポンコツでも九九くらいの算数程度はどうにか出来てくれることを期待してる」
「そこまでポンコツじゃないです! ポンコツはこう見えて結構優秀ですからね、計算に関してはリズ様よりも早いかも知れません。そうしたらお馬鹿扱いした分、ちゃんとポンコツを褒めてくださいね」
「何でわたしと張り合える程度で褒めなくちゃいけないのよ。ミノムシはあなたの着てるガワだけで、わたしのざっと三十倍よ?」
ポンコツは言葉を失い、自分の着ているミノムシのボディを眺めた。
「機械が勝つのなんて当たり前。あなたがミノムシの中の寄生虫になるかどうか、中々の見物ね。改名したいと言ってたもの、パラサイトにしてあげようか?」
「絶対嫌です! ポンコツの名前はこの先ずーっとポンコツですからね!」
『ポンコツ、早く頭部に寄生してくれますか?』
「ミノムシさんも酷いです!」
ポンコツはぷりぷりと怒りながらヘルメットを。
ほんとポンコツね、とリズベットは小さく笑いを零す。
一瞬ミノムシのスピーカーがオンになり、しかし何も言わずにすぐ閉じた。




