どこにも届かぬ鐘の声 ⑧
ハンドガンをホルスターに戻すと、周囲の男達を示す。
「少し話をしたいだけ、にしては随分荒っぽい挨拶ね。ファンがわたしに仕事の依頼って訳じゃなさそうだけど」
「っ、このアマ、とぼけたこと言いや――」
「――ボギー、俺が喋ってんだ」
その言葉に、鳩尾を蹴られて蹲っていた男は、すみません、と慌てて告げる。
「悪い悪い、ちょいと短気で手が早い連中でよ。こう見えて可愛い奴らなんだ、おいたは許してやってくれ」
「どこに可愛げがあるか知らないけど、セキュリティを呼ばないで済むようお願いね。下らないことに時間は取られたくないの」
「そう睨むな。実はちょいと探し物をしててよ、あんたから話を聞きたかったんだ。あんたはあのイカレたオートマトンと取引か?」
その言葉を鼻で笑った。
「言う必要ある? ディープ・ワンズとはお友達でも何でもないんだけど」
「この機会にこれからお友達になるのはどうだ? 無くした探し物は正直おまけ、あんたがウチに来るなら、忘れても良いくらいのことでよ。俺もボスに叱られずに済むし、失せ物探しを放り出して歓迎パーティーだって出来ちまう」
その言葉に男達が若干の動揺を。嘘か本当かはロッドの顔からは判別出来ないが、男達の表情を見る限りあり得る範囲の勧誘なのだろう。
ポンコツの価値が安いのか、リズベットの価値が高いのか、あるいは積み荷が何かを知らないか。いずれにせよ、ディープ・ワンズとして積み荷の価値はそれなり程度。威信に賭けてという品ではないということだ。
「うんざりね。要するにわたしを疑ってる訳? あなた達の無くし物を拾って、ポッケに入れてないないしたって? 馬鹿みたい」
からかうように告げると、ロッドは笑う。
呆れたようにリズベットは続けた。
「何回あったと思う? 『船が沈んだアレが消えた、犯人はお前だリズベット』って。馬鹿と間抜けのせいで良い迷惑よ。わたしはただの運び屋……依頼なら内容によっては引き受けてあげるけど、そうじゃないならさようなら」
「まぁ待て、怒るな。腹が減ってちゃイライラするもんだ。ここはちょいと失礼の詫びに、俺に飯でも奢らせてくれよ。ファンだって言ったろ? 折角会えた記念にあんたと話がしたいんだ」
「安っぽい口説き文句ね。あいにくわたしの時間は安くないし、今はすこぶる機嫌も悪いの」
告げるとロッドは楽しそうにまた笑う。
「代わりに何でも言っていいぜ。あんたの時間に見合う値段の店を教えてくれ」
□
スカイベルは大きく、工業、商業、居住区画の三つに分かれる。下部と外殻を中心に工業区画、上部に商業区画、そして中央にあるのが居住区画。大まかな分け方であり、それぞれの区画内で生活も出来たが、上に住むほど金持ちが多い。
当然ながら店のレベルも上に行くほど高くなる。
訪れたのは商業区画の中階層。レストラン、ファーストベルであった。
スカイベルでは最初に誕生した高級レストランで、底辺労働者ばかりであったこの宙域の人間達にとって当時、ここは豊かさの象徴であったという。老舗中の老舗であったが、今も当時の理念を引き継ぎ、労働者のための店として作業服でも正装。文句を言われないどころかサービスが付く。
一風変わった高級レストランとして、それなりに人気が高い。
当時はむしろ、背伸びした貧乏人が似合わない貸衣装を着て食べる店であったそうだが、どこかで方針が変わったのだろう。
「悪くない店だ。客の格好にお構いなしとは。飯も美味い」
「気楽でしょ。セキュリティもそれなりでね、商談には良く使うの」
赤ワイン煮込みを食べ終え、答えた。部屋は区切られ、外は見えない。こちら側にはポンコツの入ったミノムシが立ち、ロッドの側には男が一人。リズベットが鳩尾を蹴り飛ばした男で、三人の中では一番上なのだろう。鼻の折られた男はもう一人に連れられ、船に戻って医療ポッドに入っている。
「まぁ、事情は分かった。エルフリーデの傘下が運びの仕事なんて珍しいとは思ったけど」
「大して面白いことも起きてないからな。多少は働けと仕事が回ってくるんだ。ボスは興味がねぇから勝手にやってろと俺に回すし、俺も興味はねぇから勝手にやってろと下に回す。俺もどこで何やってるかは今一把握してないくらいだ。放任主義ってやつだな」
ロッドは笑って赤ワインを口にする。
今回の仕事はディープ・ワンズのナンバー3、荒事屋エルフリーデが余所から回された仕事であったらしい。暴力が本業のエルフリーデにとって、運びの仕事は雑用で、扱いの軽さはそういうところから来るのだろう。
「仕事を任せてたのはローガンっていう活きのいい若いのでな、シャトルごと沈められたんだ。運びをやってたシャトルも粉微塵。今回はたまたま事が起きたときに近くにいたんだが、百点満点の見事なお手並みだったぜ。到着したときには証拠も軒並み回収されて、解体の手並みも鮮やか、まるで一流シェフだ」
「だからわたしがそうだって?」
「真っ先に思い浮かぶのはやっぱりそうなる。分かるだろ?」
うんざりしたようにリズベットは答える。
「買いかぶり過ぎよ。わたしはただの運び屋……掃除屋の仕業じゃないの?」
「シャトルで駆逐艦を沈めるような女がただの運び屋なら、宙賊なんてもんは運び屋に根絶やしにされてるぜ」
その言葉に、黙って話を聞いていた男が驚きを浮かべる。ロッドは笑いながら男に目をやった。
「お前も知ってるだろ? ゴースト何ちゃらとかいう宙賊の駆逐艦がフリーランスに沈められたって話は」
「ガキの頃に聞きましたが……この女が?」
「そう、当時は大騒ぎだったんだぜ。どこの宙賊も熱心なファンレターを出して、ラットホールのアイドルだ。俺みたいにデビューから追ってる古参のファンとしちゃ複雑だがな」
運が良かっただけよ、とリズベットは嫌そうに言った。
「あのイカレたジャンクに売られて悪目立ちしたけどね。わたしが沈めた船なんて片手の数……噂が一人歩きしただけ」
「嘘ならもう少し上手にしねぇとな。七隻は確実に沈めてる。俺の勘では十を超えて、宙賊の武装シャトルを沈めてるはずだ」
「どんな妄想よ」
「あんたのファンだって言ったろ? 三十年前のデビュー当時から知ってんだ」
ワイングラスを空にして、側の男に注がせる。確信に満ちた顔だった。
「当時はサンダーボルトレースにハマっててな。デブリの中を誰が早く突っ切るかって度胸試し。俺も獲物が来るまでの暇潰しによくやってて、まぁ仲間内じゃスピードスターなんて呼ばれてチャンピオンを気取ってた訳だ」
「そこで死んでおけば沢山の人が喜んだんじゃない?」
言えてるかもなとロッドは笑う。
ラットホールの宙賊の間で流行っているレースだった。喋るデブリが少しはましなデブリになる、世の中のためになる良い遊びで、宙賊のグループ間で揉めた際にも平和的解決手段の一つとして行なわれることがあった。
それ専用にチューンされた高速シャトルは高値が付くし、専門のカスタマイズショップも存在する。腕の良いレーサーを外から雇う場合もある。
定期的にこのレッドセクターで正規の興行にしようという話になるのだが、必ず利権で揉めて空中分解するのだから、連中の救えなさも分かるだろう。
ダズにいつか聞いた話では、この千年で百年保った団体は一つもないという。
「あいにくその後、そんな俺が鼻っ柱を折られる大事件が起きてよ。それからレースは引退だ。上には上がいるってな」
両手を広げ、ロッドは真っ直ぐとこちらを見る。
「負けたのは当時無名の、駆け出しの運び屋……どノーマルのオンボロシャトルに乗ったあんただ、リズベット」