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どこにも届かぬ鐘の声 ⑦

 それなりの付き合い。本当にぽんと市民権を渡して来ると分かっていた。

 人間としての存在証明。世界の内側への永住権。レッドセクターに住むほとんどの人間が喉から手が出るほどに渇望し、そして諦めるパスポート。ただ大金を積むだけで買えるような、そういう代物ではない。

 だがダズは時に、他人が心底欲しがる何かを捨て値同然で手放し、与えた。色々なネジが外れたジャンクで、それは時に善意であり、底知れない悪意でもある。


 分かっていることは一つだけ。

 そうやってこのジャンクは、このゴミ溜めで成り上がったということだ。


「その依頼はお断り。……端金でわたしを売るなり好きにすればいい」


 ガーン、とオルガンの音がスピーカーから響き渡り、ダズは両手を挙げて首を回転させた。


「オイオイ、市民権はマジダゼ。可愛いキティへの愛のプレゼントなんダ」

「疑ってない。欲しいのも事実。売ってと頼むことはあるかもね。でも、それはわたしのタイミングで、相応の対価を用意してから。……わたしはあなたと目に見えない取引だけはしないってずっと前から決めてるの」


 ポンコツの頭に手を乗せ、続ける。


「このポンコツはわたしの所有物。手放すかどうかはわたしが決める。それを選ぶのはあなたじゃない」


 ジャンクの顔を見据えると、ポンコツが動き出しリズベットに抱きついた。


「――リズ様! ポンコツは信じてました……!」

「……くっつかないで鬱陶しい」


 嬉しそうなポンコツをうんざりしながら押しのける。


「後悔するゼ、最高の取引だったってノニ」

「あなたと出会ったのが一番の後悔ね。引き渡すんじゃなかったの?」

「マッサカー! 可愛いカワいい愛シのキティをオレが引き渡すわけないダロ? ウソウソ、ジョーダン。チョーットからかってみたダケ、ドッキリ大成功!」


 頭上で大きなくす玉が割れ、紙吹雪が周囲に舞い散る。


「高く買ってるって言ったロ? 今は正直、オレは可愛いニャンニャンの手も借りたいくらイ困ってるンダ。ネズミ捕りが上手ナ、って但し書きは付くガナ」

「……ああ、そう」

「噛みつかれてソッポ向かれテモ許してやりたくなるくらイ、可愛いニャンニャンだってところを見せてくレヨ、キティ。帰ってこないで余所で甘えテル仔猫ちゃんが歩いてチャ、間違って蹴り殺しちまうカモ知れないからヨ」


 体に纏わり付く紙吹雪を払いながら、嘆息する。


「……迷惑料と義手の代金は忘れないで。それとこれとは話が別」

「モッチロン! 可愛いキティにゃ餌をやりたくなるモンダ。こう見えてダズ様は動物愛護の精神に目覚めたジェントルマンだからナ」

「頭の辞書を再インストールした方がいいんじゃない?」


 ガーン、と再びスピーカーから音が響いた。わざとらしく崩れ落ちるダズを無視して、ポンコツの頭にヘルメットを被せる。


「軍の横流し品がスモールコンテナで三つある。どれも一世代前の上物、わたしはあなたにそれを売りに来た。……どうせわたしの居場所を売るんだから、口裏合わせ程度はしといて」

「オォ、丁度イイ。特に携行シールドの需要が高まってンダ。いくつアル?」

「レベルⅢが六、Ⅱが三十、Ⅰが二百五十。レベルⅤも一つあったけど、それはわたしが予備にもらった。欲しいなら売ってもいいけど」

「あいにく護身用が主でネ、オーケーまとめ買いと行コウ」


 その言葉を聞くと踵を返して入り口の方へ。


「言い値でいい。わたしが死んだら支払いはタダにしてあげる」

「ソウいうバランス感覚は悪くないゼ、キティ。生きてりゃキッチリ払ってやル」


 振り向くと、目のランプを点灯させたままダズは言った。


「オレの気は長ぇンダ。仔猫がちゃアンと猫になるマデじっくり待つサ」


 気味の悪いマスクから何も言わずに目を背け、扉を潜ると外へ出る。

 鬱陶しいゲートを潜りながら、ミノムシの手に触れた。


『あの人すっごく嫌いです。気持ち悪いです』

『同意見よ、奇遇なこともあるものね』


 嘆息するとミノムシに告げる。


『出来ればここで始末したいけど、雑に食い散らかすには獲物がデカそう。話くらいは聞いてからにする。回遊するならあのイカレジャンクが死ぬまで数百年は泳いでないと駄目そうね、ミノムシ』

『了解しました。申し訳ございません、マスター』

『あなたを買うときに織り込み済みよ。バックドアが一つ見つかって良かったんじゃない? 安い勉強代ね』


 ポンコツを少し黙らせる、なんて下らないことのために、精査しても分からない入り口の作り方を教えてもらったと思えば安いものだった。


『ポンコツ、船に戻るまでは大人しくしてて。面倒臭い連中と話があるから』

『はいっ、リズ様』


 白兵戦の心得はあるし、それなり程度に得意であった。殺すだけなら難しくない。せいぜい数人で土地勘もない連中。どうとでもなる。

 ただ、だからと言ってあっさり殺す訳にも行かないところが大きな問題。連中の顔に泥を塗りたくるようなものだ。幹部クラスとなれば尚のこと。連中が中身をどれだけ知っているか、どのレベルでリズベットを疑っているか。それが分かってからじゃなければ軽々しくは始末出来ない。

 暴力は一瞬だが、それを終わらせることは難しい。


 どうであれ、リズベットへの疑いは間違いなく消去法の言いがかり。ポンコツにさえ気付かれなければどうとでもなるが、問題はポンコツ。話が終わるまでジャンクヤードのガラクタの中でポンコツになってもらおうかとも考えるが、ダズの縄張りに放置するのはどうにもマズかった。正直何を考えているか分からない。

 金と機械弄りが全てのダズだが、投資だと言いながら、一見金にならないようなことも平気でする。人を小馬鹿にしたような、あのイカレた態度のどこまでが演技で本気かは、リズベットにも分からない。ポンコツも平気でバラすだろう。


「そこの端末でドックに指示を。あのガラクタに荷物をやって」

『了解しました』


 ジャンクヤードの外に出ると、遠目に四人確認し、何食わぬ顔でアクセス端末に。道端に一定間隔で設置された円柱のポストで、展開するとキーボードの付いたアナログ端末が姿を現わした。ステーション内限定の有線ネットワークで、円柱の箱に入っている。あちこちにダズのような機械オタクの虫が噛みつき、穴だらけのクローズドだが、無線に比べればセキュリティ強度は高めだった。

 よほど重要なものはドックの前まで行って直接か、実際会ってのやり取りをするしかない。暗号化による対策ですら絶対とは言えないもの。

 とはいえ、知られて困るような使い方でなければ問題もない。


 遠目に見えた四人の内、走り寄ってくるのは三人。

 後ろの大柄な男がリーダーか。

 素知らぬ顔で振り向くと、側に来た三人の内、怒りの形相の男が二人。表面上冷静な男が一人。皆ボディスーツでも作業服でもない平服だった。


「てめぇがリズベットだな」

「ええ。何か――」


 話しかけた男とは別、首を掴みに来た左手の男の股間を蹴り上げた。

 くぐもった悲鳴を上げ、前屈みになった男の髪を掴むと、そのまま顔面に膝を入れる。鼻が折れた。不可逆な怪我を負わせない程度に加減はしてある。


「ナンパにしても強引過ぎない?」

「てめぇッ!! っ、ぐ……」


 声を荒げた男は拳を振り上げ、カウンターに蹴りを鳩尾に。手足と脊椎が機械化されていたが、ちぐはぐ。程度の低いサイボーグはその一発で崩れ落ちる。

 冷静に見えた男はハンドガンを引き抜いていたものの、振り返ったミノムシが既にショットガンを向けていた。

 もう少し穏当かと思ったが、随分と暴力的。

 悠々と歩いて近づいて来る髭面の大男にハンドガンを向けると、素直に男は両手を上に。笑いながら口笛を吹いた。


 フライトジャケットにジーンズ姿。全身機械化されたサイボーグ。軍人用の有機ボディ。宙賊をやるような人間は最低限、重力変化に対応出来るよう何かしら改造している。とはいえ、軍人用のフルパッケージは下手なシャトルより高級だった。ロッド=ジャークとはこの男だろう。

 スキャンした情報を眺めていると、歩いてきた大男は笑って口を開く。


「流石はラットホールのシューティングスター。噂にゃ聞いてたが、腕っ節の方も超一流……益々惚れちまうお手並みだ」

「益々も何も、会ったことはないはずだけど」

「失敬、以前からあんたのファンでよ。……俺はディープ・ワンズのロッド=ジャークってもんだ。少し話がしたいだけ、銃を下ろしてもらえるか?」

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― 新着の感想 ―
やはり売らなかったのか、ポンコツの約束を思い出したのか? たとえ素晴らしい未来の誘惑に直面しても、なお自分自身を貫く意志を見せている。 あたかも誇り高く、かつ決して人に懐かない野の猫のように、このゴミ…
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