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世界の端の、淀んだ暗がり ①

 ここはきっと、世界の端にあるのだろう。

 貨物シャトルから身一つで飛び出す度に、そう思う。

 恒星は遙か彼方、外気温は絶対零度の方がずっと近い暗闇の世界。

 センサー機器を切ってしまえば遙か彼方の星々と、周囲の暗闇だけが広がった。


 無論、宇宙の果てはずっと先。

 端というより、世界の淀みと言えば良いか。

 人々が素晴らしいと語る、世界の隙間の見えないゴミ溜め。


 時折このまま意識が途絶えて、周囲のデブリに混じってしまえば良いとも思う。ハンドガンで頭を撃ち抜けばあっさり妄想は叶うはずだが、考える度に今ではないと意識の外に追いやった。


 死にたい気持ちと死にたくない気持ちが寄せては引いて、波のよう。

 それと気付かずあっさりと、スイッチでも切れたかのように死ねたならどれほど素晴らしいことだろう。

 そう思いながらかれこれ三十年、運び屋リズベットはゴミを漁り、苦痛に塗れた生活を続けていた。


 目的のシャトルに近づくと、無重力を泳ぐように取り付き、メンテナンス用のハッチに左手を押し付けるとクラッキングし開放。

 改造された彼女の船外作業服は時代を逆行するように肉厚で不格好だが、その分多機能であり、民間シャトル程度であれば容易にセキュリティを突破する。


『船舶登録はザーバン輸送、民間向けの星間配送サービスです。出港はコルシア第三衛星都市リーブ。申請航路から大幅に逸脱しています』

「案の定、悪くなさそうな密輸シャトルね。運がいい」


 ヘルメットの内側で響いた高めの機械音声、AIの言葉に微笑を浮かべる。

 シャトルは全長30mほど。艦首が潰れていた。デブリとの衝突だろう。この一帯はセンサーの利きが悪く、それが後ろ暗い連中にとっては都合が良かったりするのだが、当然こういうリスクもあった。

 小型シャトルにもデブリ対策のシールドくらいは搭載されているが、デブリの速度や質量によっては紙切れ程度の役にも立たない。

 ジェネレーターは生きていたが、機械音を除き振動検知なし。

 生存者はいないか、救助を待って冷凍睡眠か。


『艦内重力0.7』


 AIの報告を聞きつつ、側面にある乗り込み口を開くと中へと入る。スキャンし生命維持装置が生きていることを確認すると、作業服をパージ。開いた背中から脱皮するように、張り付くような黒いスーツに包まれた華奢な体が現れた。

 背中にはバッテリーとシールドジェネレーターを内蔵した薄いバックパック。

 ヘルメットを外せば長い薄茶の髪は二本に括られ左右に揺れて、愛らしい容貌。

 人形のように整った美貌は若々しく、翠を帯びた大きな目だけが疲れ果てた老人のように、暗く醒めた色を宿していた。


「ミノムシ、ゴミ漁りパターン7、発砲許可」


 命じると、作業服は独りでに立ち上がり、背面バックパックから大型の自動ショットガンを装備する。少女もまた、作業服のバックパックからベルトを取りだし巻き付け、ホルスターから大口径のハンドガンを引き抜いた。


 どちらも実体弾を放つレトロな火器。

 一般的にはレーザーやプラズマといった火器が好まれ、実際多くの利点があり優秀なのだが、それだけに装甲やプラズマシールドなど対策も多い。そのためリズベットは質量兵器を好んで使う。携行型のプラズマシールドに対しては大口径の質量兵器が特に効果的で、閉所であれば弾速の遅さもそれほど気にならない。

 足も着けない宇宙空間で撃ち合う機会は中々無く、撃ち合いたい奴もいない。そんな状況に陥るのはよほどの間抜け同士か死ぬときだけ。

 多少の脳みそと経験のある荒事稼業の人間なら、大抵誰もがこちらを使った。


 同型船の内部構造データを頭の中で眺めながら、作業服――ミノムシの頭にヘルメットを被せ、先行させる。作業服であったが、中に搭載されているのは元々アンドロイドに搭載されていたクラスⅢの人工知能。高機能な自律型のオートマトンであり、リズベットの買ったものでは自分の貨物シャトルに次いで、二番目に高い仕事道具。戦闘となれば数人程度は容易に片付けてくれる。

 シャトルの前方、生きている部分を軽く確認した後、後方へ。

 浮いていた死体は三つ。冷凍睡眠装置の稼働はゼロ。全員死んだとすれば喜ばしいが、ポッドか何かで脱出したなら面倒だった。当然回収に来るし、途中で海賊に捕まっていればそちらが漁りに来るだろう。

 

 後方に進めばロックされた貨物室。

 そのままドアの端末にミノムシを取り付かせる。


「解除した後ジャンプスケアを」

『了解しました』


 艦内設備は既に掌握していたが、そこから切り離された貨物室のセキュリティ。運び屋さえ自分の船の貨物室には入れないようになっている。よほど知られたくない荷物を運ばせているのだろう。積み込み作業自体も自分達の手で行なっているはずだと考えれば、荷主はそれなりに名のある企業か。


『解除。貨物ブロックごと置き換わっているようです』


 コンテナを積み込んだのではなく、船の整備の際、貨物室そのものを置き換える形で荷物を運んだとなれば、よほどの大物だった。

 中身はどうあれ、数日ニュースを騒がせるものだろう。中々の稼ぎになる。

 扉が開くと、目に飛び込んできたものを見てリズベットは目を見開いた。


「……、なるほどね」


 中に入っていたものは、研究室か、実験室か。

 部屋中にいくつもの機材が並んでおり、そして中央――透明な強化ガラスの水槽に浮かんでいるのは、一人の少女であった。

 黒い髪と褐色の肌――女性らしい丸みを帯びた、美しい裸体。

 宙に浮かぶ投影ディスプレイの数々を目にすれば、それがただの人間ではないことは一目で分かる。


「……ドールか」


 人間を模して作られた、愛玩用のアンドロイド。ドールとも呼ぶ。

 アンドロイドの製造自体は違法ではない。人道的見地から倫理機関の厳しい審査を通す必要があったが、一応認められていることだ。そうして作られた彼らは人と変わらず社会に溶け込み生きていく。

 ただ、これはどう見ても非合法。どこぞの金持ちが玩具にするため生み出した、オーダーメイドの愛玩人形。

 商品としては最高であった。


 リズベットのような稼業の人間が生き残るために大事なことは二つ。

 注意深くあることと、欲を掻かないこと。

 見つけた宝物によっては、口封じに殺されることもままあることだ。大きすぎれば手出しをしないのは鉄則で、それがどれだけ美味しそうに見えても、自分の口より大きなものは飲み込めない。


 その点ドールは丁度良い。

 話題になり得る不祥事ではあったが、それほど珍しいものでもない。金持ち連中がやってる後ろ暗いことの中では軽いもの。少なくとも、発見者を口封じに殺さなければならないほどのものでもなかった。

 

 貨物室ごと運ぶようなドール。随分と金の掛かったオーダーメイド。荷主にこの『落とし物』を届けてやれば、シャトルの二隻や三隻、購入出来るくらいの謝礼はあっさり支払ってくれるだろう。


「航路は?」

『オートパイロットの記録からスカイベルを経由し、申請入港先であるグリーンアイに向かっています。船体破損二十二時間前に噴射異常警告』

「……最悪」


 リズベットは眉を顰めた。

 スカイベルは宇宙に浮かぶ、工業用大型ステーションの一つ。特に民間宇宙船の製造が盛んで、リズベットのホームステーションでもある。

 零細含めた多くの企業が集まっており、宇宙船を使ってろくでもない仕事をしている連中の隠れ蓑となっていた。


 故障した船の修理、という名目でここに立ち寄るのは、違法な積み荷を取引するための常套手段。同様の取引に使われる場所は数え切れないほどあるが、規模で言うならこの辺りで最も大きな場所がスカイベル。

 喋るデブリ達の楽園であった。

 一応のホームステーションではあるが、好んで立ち寄りたい場所ではなく、この十数年ほどは避けるように別の場所を使って仕事をしていた。

 嘆息しながら首を振れば、括られた髪が左右に舞う。


「……まぁいい。この設備のコア部分だけ切除出来る? こっちのシャトルに載せ替えたいけど、時間が掛かるならドールのカプセルだけでも構わない」

『了解しました』


 ミノムシに命じながら、リズベットはカプセルの水槽に近づき、コンソールに触れる。セキュリティはパスワードオンリー。ただの管理用なのだろう。この程度ならばリズベット単独でも、容易にセキュリティは突破出来る。

 少し膨らんだスーツの手首の内側から、端子を取りだし接続。目を閉じれば頭蓋骨に埋め込まれた演算処理装置が稼働し、長い髪がほんのりと熱を帯びる。


 一応人間として生まれてはいるが、自分の定義は曖昧だった。

 脳も含めて調整と改良が繰り返されて、手付かずのところもない。思考の半分は演算処理装置が行なっていたし、長い髪さえも放熱用。細部まで無駄なく、用途に合わせて調整された人間は、もはや機械と変わりない。


 捻るだけのドアノブのようなセキュリティを突破すると、目を開く。

 目の前には水槽に浮かぶ、肉感的で美しいドールの姿。

 冷ややかに、老人のように醒めた目でそれを眺め、


「……玩具のまま幸せに生きられるといいね」


 そう言って笑うと、宙空に浮かんだディスプレイに目を向ける。

 調整用と起動用で、中身は最小限。流石に企業としての痕跡はないらしい。

 瞬時に切り替わっていくデータを眺め、得るものはなさそうだと考えていると、


『レーダーを検知』

「……方位は?」

『母機基準282、2374。レーダー強度から母機の隠蔽は継続中と判断』

「最短到着時間は?」

『十五分と推定』


 眉を顰めた。

 この宙域で無意味に電磁波を撒き散らす馬鹿はいない。逆探知した宙賊達の格好の獲物だ。この宙域では、レーダーの運用は慎重且つ最小限が常識。広大な宇宙では僅かな電磁波を検知することで獲物の位置を割り出し、絞り込む。

 例外はセキュリティのパトロールだが、彼らは複数で行動する。当然レーダーも重なり、隠れる必要のない彼らの使い方は特定しやすい。


 恐らくはこのシャトルの持ち主か、あるいは遭難した乗員を捕まえた宙賊か。

 レーダーはこの座標を知った上で、可能な限り最小限に絞られているはず。リズベットのような人間が取り付いていないかどうか、確かめるために放たれたもの。

 多少場慣れした人間であることは間違いない。

 座標が特定出来ているならと、露見を恐れてレーダーを使用しない連中もいる。この相手は確認を怠るリスクはもっと大きいと理解している人間だった。


 一瞬目を閉じるとうんざりしたように嘆息し、命じる。


「作業中断、中身だけ回収する。この区画の閉鎖準備を。痕跡も消して」

『了解しました』


 そしてコンソールを操作しながら、水槽の中身に目を向けた。

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