どこにも届かぬ鐘の声 ⑥
「……どういう意味よ」
「そのまんまダ。お前の場合ハ漂流してきた中古品、単純にガラパゴスな封鎖惑星生まれダガ、コイツはマジモンのアンティークかもしれねェ。マシンウォー以前のナ。嬢ちゃんはマシンウォーって知ってるか?」
「えと……歴史データはインストールされていません」
リズベットは嘆息する。
「一万年前に起きた、アンドロイドとオートマトンの反乱。当時は奴隷だった機械が一斉蜂起して、あちこちの星が滅んだの。ラットホールとかね」
「なるほど……」
「ほらこの通りダ、人工知能なら知ってて当然の知識もナイ」
「不要なデータを入れてないだけでしょ。違法品のドールなんだし。ポンコツを名前だと思って喜ぶくらいのポンコツなのよ?」
マシンウォーに関する知識は、クラスⅢかそうでないかを問わず、必ず全ての人工知能にインプットされる。人類への戒めとして決められていることだ。とはいえ、データの取捨選択は作り手側――元より違法品なら守る必要がない。
「言語データはインストールされてるナ?」
「……? はい」
「ブルーノア語は?」
「ブルーノア……?」
「マシンウォー以降に確認サレた、植民星で生まれた言語ダ。大昔にワームホールで漂流した植民船の子孫ガ、到着した星で文明退化した結果生まれタ。現行のアンドロイドなら誰もがインストールされてル」
ほらナ、とダズはリズベットを見た。否定する言葉は浮かばない。
「恐らク、マシンウォー以前のアンドロイドだナ。当時のアンドロイドはドールと変わらナイ。人間に忠実な友でアリ恋人でアリ、ペットで玩具の奴隷ダ。……そういう意味ジャ、総ドール時代の当時の方がずっと洗練されてたと聞くがナ」
「……とりあえず、あなたにも荷主は分からないってこと?」
「ここで絞り込むニャ情報が足りねぇナ。このアンティークを買いそうなこの世の富豪全員ジャ、流石のオレでも絞りきれねぇゼ」
その言葉にポンコツの顔がぱっと明るくなり、リズベットに抱きついた。
「ポンコツはこうなると思ってました! やっぱりリズ様はポンコツのマスターなのです! 運命の!」
「オウオウ、随分懐かれてるじゃねぇカ、キティ」
「……うるさい」
とはいえダ、と苛立たしげなリズベットにダズは続けた。
チカチカと明滅していた無機質なランプが、点灯したままこちらに向けられる。
「随分と面白い嬢ちゃんには違いネェ。ただのドールならともかく、大昔のアンティーク。開けてみなくちゃ分からナイ、ブラックボックス」
そして、一瞬で空気が変化する。
「オレの興味がそそられタ。……売ってくれヨ、キティ」
その言葉に、リズベットは眉を顰めた。
「……どうするつもり?」
「色々調べてみるだけサ。何、お前の悪いようにはしネェ、追っかけてきてる連中にもオレがナシ付けてやるヨ」
その言葉にぎゅっと、ポンコツが腕を抱きしめる。
「嫌です。ポンコツは正式にリズ様のものになりましたから」
「嬢ちゃんには聞いてねぇんダ。しばらく黙ってナ」
「っ……!?」
その言葉と同時、ポンコツは目を見開き、口をパクパクとさせる。
「……あなた」
「ちょいとミノムシちゃん経由デ信号を遮断シただけダ、安心シナ。バックドア程度は作ってあることくらい買う前ニ分かってただロ? それともスーパーエンジニアのダズ様に機械弄りで勝てるとデモ?」
ミノムシはダズから購入した人工知能。何かを仕掛けていることくらいは分かっていた。念入りにチェックしたはずだが、まだ残っていたらしい。
「お前はオレが見た中じゃ最高に優秀ダゼ、キティ。頭が切れて腕もイイ、度胸も根性もあル。オレはオレを世界一の天才ダト思ってるガ、いつかオレが誰かに殺さレルとすれバ、お前しかいねェってくらいにナ」
「……あなたが世界一なのはイカレ具合だけよ」
「ハハ、そりゃ言えてるネ。ダガ、そんなオレから見たお前に足りねぇのが、まさにそこダヨ。イカレ具合が足りてネェ」
ダズは立ち上がると、2mはある巨体を屈めてリズベットの顔を覗き込む。
「出会ったときから相も変わらズ、傷付く迷子の仔猫チャン。壊れたジャンクのアンドロイドも憐れみ買ッテ、今度はドールも憐れんデ。みなしごキティは何年経っても寂しがり屋のキティのままダ」
「……黙って」
「それトモ股でも舐めさせて気に入っちまったカ? そういう玩具ならごまんとあるゼ、サービスでただで付けてやるヨ」
「っ……!」
ハンドガンを突きつけると、店のスピーカーから録音された笑い声。
「心拍数が上がってルゼ。顔が真っ赤ダ、ポーカーフェイスはドウシタんダ? 図星カ? 撃てるなら撃ってもいいゼ、仔猫の甘噛みは可愛いモンダ。ボディの換えはいくらでもあるシナ」
「……本気で殺されたいの?」
「ステーションごと壊せる覚悟があるならオーケーオーケー、ヤってミナ。それも出来ねぇ仔猫ちゃんだかラ、こうしてからかってるわけダ」
頭を撫でようとする手を払う。
本当に、イライラするガラクタだった。
「オレがお前ナラあっさり出来るゼ。お前にも当然出来ル。でもオレと違ってお前はヤレナイ。ドーデモいい連中に価値ナンザあると思ってるせいダ。勿体なくて堪らネェ。お前はオレの立ってる場所に立てる女だゼ、キティ」
「あなたの妄言は聞き飽きた。興味もないし立ちたくもない」
「そう言うナ、いいもんダゼ。食欲性欲睡眠欲、悲観に諦観、喜楽以外の感情一切、下らネェもん全部取っ払エバ、後はカネのことだけ考えればいいんダ。人の顔に書いてあるのは値段ダケ、世界がズットすっきり見エル」
言いながら、ダズはカウンターに腰掛けた。
「お前みテェに下らネェことにこだわる甘ちゃんコソ、こうなるべきだと思うネ。オレにとってのお前の価値も百倍以上に跳ね上がル」
「……それで下らない話は終わり?」
「お説教はナ。だが、このまま行くナラちょっとばかり問題ダ。オレの可愛いキティはどうにも、生きるか死ぬかの瀬戸際だかラナ」
ダズはポンコツを指で示すと、告げる。
「ここでその嬢ちゃんをオレに引き渡せるかどうかデ、お前の値段が随分変わル。ディープ・ワンズに愛しのキティを売り払っテ、連中の恩を買った方が得かドウカ……そういう微妙なラインでナ」
「…………」
「愛玩用のペットは一体で十分だロ? どうしても人恋しいナラ、そこのジャンクAIに見合った体程度は用意してやるゼ。こういうのは段階が必要だってことくらいハ理解してるサ。誰にでも乳離れの時期はあるもんダ」
感情を煽るような大袈裟な身振り手振り。店中に投影ディスプレイがミルクを飲む仔猫のアニメーションを再生する。
「コレは運ビノ依頼だキティ。オレのところにその嬢ちゃんを持ってくル、たった数歩のお手軽仕事。引き受けてくれるナラ、成功報酬にキティが喉から手が出るようナ、パスポートをくれてやルヨ。市民権って言う名のナ」
「……正気?」
「正真正銘のモノホンだゼ。持ち主は随分前に死んダガ、市民権は今も生かしテル。いくつか仕事は頼みタイガ、お前は晴れて自由の身ダ。欲しかったロ?」
考え込み、睨み付ける。
「何の意味があるのよ。あなたのどうかしてる頭でわたしにいくら値札を付けたところで、それをもらえばこんなところに二度と帰ってこない」
「帰って来ルサ。そこが自分の住む場所じゃネェってことはすぐに分カル。このゴミ捨て場が最高ニ落ち着くっテナ。ソノ時お前はようやくオレト、対等なパートナーにもライバルにもなレル。投資としちゃ悪くナイ」
エンジョイしようゼ、とダズはリズベットの肩を叩いた。
「オレとゴミ捨て場を広げるもヨシ、気が向いタラ殺し合うもヨシ。お前は生まれて初メテ本当の自由を手に入れらレテ、色んなモノから解放サれル。オレもソロソロ遊ビ相手ガ欲しかっタところダ、お前はその点丁度イイ」