どこにも届かぬ鐘の声 ⑤
「相も変わらず腹立つ声ね。ガラクタと見間違えた」
「ノンノン、これはミニマリズム、体をスリムに必要最小限で構成してみたのサ。環境問題に配慮し廃材でアクセント。クールだろ?」
「中身も含めて廃材みたいなもんでしょ。すぐ隣で手間がないし、捨ててきてあげようか?」
「へへ、相変わらず口が悪いなキティ。俺とお前の仲だロ?」
リズベットは不快そうに眉を顰めた。
「悪びれもなく良くもまぁ、減らず口を叩けるものね。感心する。迷惑料の取り立てに来たの」
「怒るなヨゥ、分かってるサ。オレもチィっとばかし反省してんだゼ? 何せあれから全然顔も見せてくれなかったからヨ」
「当たり前でしょ、おかげで三回も殺され掛けたんだから。ドックも一つ壊されて、更に一隻沈める羽目になったし、仕事もしばらく出来なかったの」
「オレの見込んだキティなら大丈夫だって思ったからサ。実際生きてるダロ?」
話しているだけでイライラするガラクタだった。
十五年前、宙賊の駆逐艦を沈めた。容疑者であったリズベットは色々工作と根回しをして、何とか疑いを逃れられそうなところまで行ったのだが、それを連中に売り飛ばしたのがダズ。おかげで丸一年は逃げ回った。
「連中、駆逐艦をもう一隻買うためにコツコツ貯金シテたみたいでヨゥ。随分金払いが良かったモンで、ついつい……それにすぐ終わったロ? ちゃんとオレが手を回したからサ。運び屋に駆逐艦沈められた大間抜けがいるってヨ」
「……もういい。半分よこして。それでチャラにしてあげる」
「強欲はいけないゼ。でもま、またこっちでも仕事してくれるってんなら考えないでもねぇナ。上手にネズミの相手も出来ちゃう運び屋キティは中々替えが利かなくて困ってたんだヨ」
両手を挙げて大袈裟に首を振る。チカチカと光る目のランプが鬱陶しかった。
「ライナスの小僧も寂しがってたロ? 無駄にお前を庇って腕まで落とす熱血漢ダ。へへ、憐れみ深いキティのために義手の代金もおまけで足してやるヨ』
この一帯はダズの庭。覗き見と盗み聞きがこのオンボロの趣味だった。リズベットがこれまで出会った中で、最も性質の悪いろくでなしがダズである。
今もこうして喋りながら、裏では一帯の情報を集めているだろう。
「五年に一回はオレのとコロに顔を出すって条件デナ」
「割に合わない仕事は受けない」
「モチロン! 隠し事抜き、報酬は見合った額を出すトモ。オレは世界で一番オ前を高く買ってるつもりだゼ。運び屋としちゃ現役の頃のオレ以上。受けた仕事はきっちりこなすお利口さんだしヨ」
ダズは自称伝説の運び屋。リズベットが運び屋としての仕事の基本を習ったのはこのジャンクで、言うだけあって仕事の知識は豊富であった。
現役を引退して三百年。その当時を知っている者と会ったことはないが、こうしてガラクタ山の主を気取っていられるくらいには成功しているところを見るに、腕があったのは本当なのだろう。
「……わかった。イカレたジャンクでも話くらいは聞いてあげる」
「そう来なくちゃナ。オレも金の卵を産む鶏は大事にする主義、仲良くパートナーをしてようゼ。オレも反省してるんダ、切羽詰まらネェ限りもう売らねぇヨ」
「ああそう、次こそは死んでもジャンクにするから」
「可愛いキティの甘噛みで死ねるんなら本望サ」
ふざけたジャンクだったが、使える駒が欲しいのは本当だろう。
スカイベルからの荷物が届かないという話は別の場所で何度か聞いていたし、リズベットは断っていたが、別の人間からも個人的に何度か頼まれている。
スカイベルからの荷物は基本、グリーンセクターからの上物。レッドセクターで手に入らないものが多く、当然宙賊もこぞって狙う。そこで安定した仕事をこなせる運び屋は貴重であったし、宙賊に頼めば足元を見られてぼったくられる。
そういう意味では今の言葉もある程度、信用は出来た。
取引というものはそういうもの。互いの利益と不利益が噛み合うことでのみ成り立つ概念であり、リズベットはそうでない言葉を信用しない。
「デ、まぁ本題ダ。中々の大荷物だったみたいじゃねェカ?」
「じゃ、三下じゃないのね」
「来たのはロッド=ジャーク。ディープ・ワンズのイカレ女、エルフリーデの片腕ダナ」
眉を顰めた。
エルフリーデはディープ・ワンズのナンバー3。ラットホールでも有名なろくでなし。小物の宙賊から成り上がった人間で、規模で五倍の宙賊相手に喧嘩を吹っ掛け、そこのボスの解体クッキングをネットにアップした。
その腕っ節を見込まれディープ・ワンズに迎えられたそうで、噂だけは良く耳に入った。趣味の悪いスナッフビデオ撮影がお気に入り、正真正銘の狂人ということもあって、何かある度に話題になる。
「珍しい。ブッチャーが運びの仕事なんてやるのね」
「まぁたまにはあるサ。技術がなくても名前があれば仕事が出来ルのが宙賊ダ、暇だったんじゃねぇカ?」
エルフリーデのような狂人の荷物を分かってて盗む人間はそういない。名前だけでも仕事になるというのはそういうことだ。
リズベットの運が悪いのは今更。過ぎたことはどうしようもないし、そんなことを気にする人間はジャンクを漁ったりもしない。
「連中はキティを怪しんデるゼ」
「はいはい……」
「誓って言うがオレじゃナイ、オレに会う前から的を絞っテル。珍しく間抜けなミスでもしタカ?」
一瞬考え、首を振る。
「船は沈めたけど、証拠は何も残してないし、見られてもない。あるとすれば妄想みたいな言いがかりね」
「あっさり言うゼ、流石はキティ。ネズミの相手はお手の物だナ」
「……茶化さないで」
「積み荷はドックにあるのカ? どうやら連中もキティのご到着に気付いたみたいだナ、ドックへ向かうつもりらしい」
リズベットはうんざりしたように尋ねる。
「どうせ分かってるんでしょ、無駄なやり取りはやめて」
「ツレないこと言うナヨ。予想はしてたガ、分かったのはお前が店に来てからダ」
そう言ってダズはミノムシに目を向けた。
「どうだ、新しいご主人様ハ?」
『特に不満はありません』
「だろうナ。キティはペットに優シイ。中身を見せロ」
リズベットが嘆息しながら頷くと、ミノムシはヘルメットを外す。
店の床はレトロな重量計。この店は一見ガラクタの寄せ集めだが、病的なほどの監視設備と防犯設備が組み込まれている。
ポンコツはやや緊張した様子でダズを見つめた。
「えぇと、初めまして。リズ様第二の子分、ポンコツです」
「……何ダ、まさかドールを中古にしたのかキティ」
「不可抗力、事故でこうなったの」
言いながらスキャンデータの入った小さな記録媒体を手渡すと、ダズはそれを腕のソケットに差し込んだ。目のランプが高速で明滅する。
「特殊な構造ダ。生体ブラックボックスのコア……体に生体的な構造を組み込んだドールは多いガ、中枢を脳みそで覆うのは見たことがナイ」
「急いでたせいでデータを取り損ねてね。荷主も分からないの。見当付く?」
「ロットンかSSIかマゴコロか……ドール製造は主にその辺リ。ダガ、ハートが違ウ。連中以外だナ」
「ハートって……新作とかコンセプトモデルじゃないの?」
違ウ、とダズは否定した。
「機械ってやつハ、何かしらの理念に基づき作られル。こうあって欲シイ、これを目指ス、こうでなければならナイ……そういうハートに個性が出ル。オレは誰よリ機械を見てきタ、ハートの違いはよく分かル」
「……要するに勘でしょ、それ」
「オーダーメイドじゃ弄らないところモ弄られてるんダ。個人制作ならまだ理解が出来ル。機械パーツは一般流通シテる既製品じゃナイガ、これは良くアル。ダガ生体部位が不必要に多く、洗練されていなイ。旧式だナ。お前と似テル」
その言葉に、不快を示して眉根を寄せる。