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どこにも届かぬ鐘の声 ④

 吠える声を無視するように、ポンコツの長い髪を軽く纏めてミノムシのヘルメットを頭に被せる。それからコックピット背後の壁の収納からホルスターの付いたベルトを細い腰に。ハンドガンを右のホルスターに収納した後、左の腿にナイフホルダーを取り付け、ダークグレーのフード付き外套を羽織った。

 光学迷彩のステルスクローク。スーツにも同機能があるのだが、武器ごと覆って隠せる分、こちらが少し便利であった。多少の防御性能もあり、徹甲弾でも喰らわなければスーツとこれ、バックパックのシールドで耐えられる。


 見た目が見た目。リズベットはよく舐められる。歩く度、何かと絡まれることが多かった。次第にその腕っ節も知られて絡む連中もいなくなったが、ここは十数年振り。流石に忘れられている頃だろう。最低限の備えは必要だった。


「言ったとおり、あなたの存在をなるべく知られたくないの。出歩いてる最中はミノムシに運動制御を預けて。会話も禁止……ミノムシ、音声は遮断して」

『了解しました』


 ポンコツは不満そうな顔でこちらを見つめる。

 それを見たリズベットは嘆息してヘルメットに手を当てた。


「……万が一、断られるようなことがあるなら貨物室にポンコツ置き場くらいは作ってあげる。だからあなたも約束はちゃんと守る。いい?」


 その言葉に喜色を浮かべて、口を動かす。声は聞こえない。

 何で子供のご機嫌取りみたいなことまでしないといけないのか。うんざりしながらぽんぽんと叩いた。フェイスカバーと命じると、ポンコツのヘルメット、その後方から透過部位を覆う装甲のようなカバーがせり出した。

 戦闘用の防弾カバー。作業服の各部位にカメラはあるが、最も高性能なものはヘルメットの内側にある顎の下。そのためあまり使わない機能なのだが、ポンコツの顔が見えないようにするためには念のために必要だった。

 透過部は中が見えないよう調整出来るが、物理的に覆った方が安心できる。


 そのままハッチから出ると、外は無重力区画。生身の人間なら重力のある区画を選ぶ者も多いが、こちらの方が移動が楽だった。

 階段の上の扉を二つ潜ると長い廊下に出て、壁から突き出した移動用レールのバーを掴んでエレベーターに乗り込んだ。

 ドックでも比較的上層、利便性を考え場所を選んでいる。

 十分ほど乗っていると、目的地となる廃棄区画――ジャンク街に降り立った。

 居住区画と違い、廃棄区画や製造区画は作業性から重力は0.7倍が多い。工場によっては無重力であったりと作業内容によってそれぞれだが、そこら中に見えるスクラップの山。外で重量物を扱う彼らは軽い重力を好む。

 

 生身の人間であっても専用の作業服を着る前提であれば、0.7倍と1倍を行き来しても健康上の問題は特にない。ただ、量産品の安物では流石に限界もあり、多くの人間が無理なく適応出来る範囲として、大抵この数値に落ち着いていた。


 右手にはスクラップヤード、左手には商店。正面を抜けていった先に目的地。周囲には数人いて、リズベットに無数の視線。何でこんなガキが、という視線――以前ならこれほど露骨ではなかっただろう。


「誰かと思えばキティじゃねぇか。久しぶりだな」

「……その呼び方はやめて、ライナス」


 左手の商店の前で作業をしていた老人は、義手の右手を振って笑う。

 シャツとズボンに前掛けだけのラフな格好。この階層から出ない人間はこういう格好をしている場合も多い。

 睨み付けると老人――ライナスが寄ってくる。


「風の噂で生きてることは知ってたが、ちっとは顔を見せに来たらどうなんだ?」

「その腕は?」

「ちょっとした事故でよ。格好いいだろ」

「……どんな事故よ。馬鹿じゃないの」


 嘆息する。ライナスの顔見知りと知り、周囲の視線は消えた。ライナスは子供の頃からここに住んでいる人間で、それなりに顔が広い。

 綺麗に肘から切断された先には、一目でそれと分かる剥き出しの機械義手。


「どうせその内くたばるんだから、下らない意地張るのやめたら? みすぼらしい義手なんかして。振り込んどくからもう少しまともな義手でも買って」

「何だ、よほど景気がいいのか? あいにく俺は施しは受けねぇ主義だ」

「あいにくね。わたしも同じで余計な借りは作らない主義なの」


 変わらねぇな、とライナスは笑う。


「まぁいい。それよりダズのところか?」

「そう、野暮用でね」

「四時間ほど前だが、見掛けねぇ連中が来てた。土地勘はなさそうな……多分、宙賊の連中だ」


 少し声を抑えた言葉に、リズベットは目を細める。


「もしも思い当たる節があるなら、このまま出た方がいいんじゃねぇか?」

「ある訳ないでしょ。わたしは品行方正な運び屋なの」


 呆れたように言って、離れる。


「じゃ。余計な事に首を突っ込んで左腕まで落とされないようにね」

「流石にそれは勘弁したいな」


 そしてライナスに背を向け歩き出すと、ミノムシの肩に触れた。

 接触通信――内緒話にはこれが良い。


『監視されている様子はありません』

『連中は出口がズレた後に通ったみたいね。最短の到着時刻は?』

『十五時間前と思われます』

『本当に土地勘のない連中なのかしら。あのオンボロはどうせしらを切ってたらい回しにしてる。ただ、交渉次第でドンパチやることになりそう』


 最悪、と接触通信のまま吐き出す。

 恐らく宙賊仲間は近い場所にいて、爆発から現場を見に行った後、すぐさまここに向かったのだろう。リズベットより遅れてはいたが、ワームホールの出口がズレた後に通った結果、先に到着したのはあちら。

 運が悪いとしか言いようがなかった。

 今のところはひとまずリズベットだけに的を絞られていない。リズベットはどう考えても容疑者だが、連中の視点からはまだ確実ではなかった。

 だが、十数年振りの帰港。ここに入ってしまった時点でイカレジャンク――ダズには連中の商品を持っているのは誰かが確実にバレていた。今逃げ出したならすぐさまリズベットを売り飛ばすだろうし、結局追われる羽目になる。


『ここで始末しますか?』

『三下ならね。ただ、それにしては動きが早いのがちょっと気に掛かる。本当に回遊を視野に入れることになりそうね。場合によっては更に一隻沈めることになる』

『了解しました』


 手を離すとそのまま歩く。見覚えのある顔が挨拶してくるが、軽く挨拶を返すくらいでそのまま先に。

 左手からは商店が消え、ジャンクヤードの中を進む。この一帯のジャンクヤードの所有者はダズであった。故買屋をやるのに都合が良いのだろう。鉄くずの山をいくつか抜けた、入り組んだ場所に頭のどうかしてる店の姿が見えてくる。


 有刺鉄線で出来たゲートの内側。

 照明を無数に光らせ、看板にはでかでかとジャンクハウスの文字。周囲に置かれたコンテナも同様、趣味の悪いスプレーアートと色取り取りの照明装飾。

 あり合わせの廃材で作ったような店の姿を見れば、そこの主人がスカイベルでも有数の資産家だとは思わないだろう。頭のどうかしてる変人の小屋だった。

 

 ゲートを開くと「ダズの店にようこそ!」などと歪な機械音声が響く。

 通るだけで人を不愉快に出来るセンスは天才だった。

 そのまま進んでドアを開くと、雑多にガラクタが置かれた店内。その奥のカウンターにも、気味の悪いマスクを被ったガラクタが一体。剥き出しの骨格に金属板を貼り付けて、意味の分からないスプレーアート。


「ィヨーう、迷子のキティ! 来てくれると思ってたゼ」


 だらしなく座ったジャンクは腕を振り、目にあるランプを赤と緑にチカチカと。人を不快にする陽気な声でそう言った。

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― 新着の感想 ―
リズベットがステーションに着いたばかりなのに、ダズはどうして誰がポンコツを持っているか知ってるんだろう… 俺が何か買いたいと思ったらスマホに盗聴されてショップアプリにプッシュされるみたいに?(まったく…
そわそわ
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