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どこにも届かぬ鐘の声 ③

 スカイベルは随分と古いステーションであった。元々この星系は希少資源を多く有する採掘場で、スカイベルが建造されたのはまだラットホールがラットホールとは呼ばれてなかった時代のことだという。

 当初は資源の採掘が専門、旨味のある加工や製造は他の宙域に奪われていたそうだが、この宙域の土着企業の一つが他の中小や零細企業に参加を呼びかけ、加工ステーションを建造。それがここの始まりだった。

 搾取されていた彼らの願いを込めて、名付けられたのはスカイベル。

 音も届かぬそんな世界に響かせる、祈りを込めた存在証明。

 虚空に生きる彼らの声を、届かせるための空の鐘。


 その由来はどうであれ、長い年月を経た今でもスカイベルは存在していた。

 鉱石を製錬し、金属を加工し、部品を作り組み立てて、その鐘の音は世界の端で鳴り止むことなく響いている。

 小惑星に延々と増築を繰り返したスカイベルにはもはや、名前から想像するような美しさはなかったが、大きさはレッドセクターでも最大級。宇宙空間に伸びた大型輸送艦用のドックや造船所等を含めれば200km。生活空間を含めた内核部だけでも最大長は100kmほどはあった。


「おぉ……すごく大きいです。へんてこな形ですね」

「タイタン級の造船所もあるからね」

「タイタン……」

「街みたいな大きさの輸送艦。大きいものだと十数kmあったりするやつで、このレッドセクターだとスカイベルしか造ってない」


 拡大されたスカイベルの造船所を指で示す。

 概ね、無数の枝が生えた歪な卵型で、枝の部分に大型の造船所やドックがある。300mを超すサイズの船は大抵、船外の造船所やドックを使った。

 周囲には無数のリングが連なるようなハイウェイがいくつか設置され、少し離れた場所にはショートパスがいくつか見える。


 この宙域の特徴は、レッドセクターの端という点。スカイベル以外と繋がっていない、袋小路となったローセキュリティ宙域を除けば、ハイセキュリティとミドルセキュリティの宙域にしか繋がっていない。違法品を取引するための中継拠点としての都合上、ここは意図的にローセキュリティにされているのだろう。

 ローとミドルでは大きな違い。ミドルセキュリティにおいては航路まで確認されるし、申請航路と違うルートを通っていればそれだけで捕まりかねない。リズベットのような運び屋であれば、事前に出発地と目的地、両方のセキュリティに賄賂を渡して誤魔化すが、全部が全部賄賂でどうにか出来る訳でもなかった。

 パトロールの解析ツールもアップデートが早く、偽造の身分証や船体登録も露見しやすいし、この周辺は特に厳しい。

 専門の運び屋でなければ仕事どころか侵入も出来ない場所だった。


 ここは人間世界に入るための関所の手前。ここまで運んでくるのが普通の運び屋の仕事で、実質的な終着地である。

 周辺のミドルセキュリティもリズベットが入れないイエローグリーン。ここに入ると逃げ道は回遊するかラットホールしかなくなるため、特に宙賊の船を沈めた後にはあまり寄りたくない場所だった。

 スクラップにしてやりたい密告屋もいる。


「船がいっぱいですね。すごく大きいのもいます」

「パトロールのジャガーノート。この辺りで見掛けるものでは最大クラスの砲撃戦艦。整備と補給にスカイベルにはよく来るの」


 全長は2300m。パトロールでは示威的に飛んではいるが、やり過ぎた宙賊にお仕置きする時以外、特に仕事はしない抑止力。宙賊拠点など一瞬で蒸発させる火力を有するが、基本的に過剰戦力で小回りが利かない。

 宙賊戦力の大部分はシャトルで、後は駆逐艦と稀に巡洋艦。それぞれ大体150mと300m程度のもの。リズベットからすれば大物だが、パトロールの連中はシャトルの代わりに駆逐艦を持ち、駆逐艦の代わりに巡洋艦。500mもある巡洋戦艦をおまけで付ければそれだけでも過剰だろう。


 基本編成が駆逐艦二隻、あるいはプラスで巡洋艦一隻。それだけでも喧嘩を売る馬鹿はいないし、パトロールは刃向かう連中には容赦をしない。大きなグループであればあるほど、パトロールには気を使うものだ。

 最低限の秩序を維持するためのものとして連中は宙賊を見過ごすが、生殺与奪は握っているし、分を超えればあっさりと解体される。


 レッドセクターでは支配者のような顔をしている宙賊連中も結局はそんなもの。一般的に自由人だと言われるが、色んなものに縛られながら生きていた。

 世界を支配するものでさえ、あるいはそうなのかも知れないが。


『認証完了。進入許可。ステーション管制AIにコントロールを預けます』


 ミノムシの声が響いた。

 ステーションへの出入りに伴う事故防止のため、一定距離からはステーションの管制AIが直接船を制御する。

 船はそのままスカイベルの下方から接近。近づけば無数のハッチが口を開いていた。スカイベルの下部はほとんどがドック。リズベットは主要ないくつかのステーションで個人用のドックを一つ購入していた。

 それなりに高い出費だが、非合法な積み荷は多い。共用ドックでは抜き打ちでセキュリティの連中が現れた場合が非常に面倒であった。


「わっ……」


 ハッチの中に入った『オルカ』をアームが台に固定すれば、一瞬の揺れ。台と共に専用ドックへ運ばれていく。完全に生身の人間だと酔うこともあるそうで、旅客機などはそれを嫌ってこういう場所を使わないケースが多い。


「ロッカーみたいですね」

「まぁ、似たようなものね。シャトル用のロッカー」


 個別ドックは多重構造のステーション内でロッカーのように整然と並べられていた。上から下まで専用ドックが並んでいる。このエリアの移動は事故防止のためリフトのみだが、人間だけの移動は暗黙の了解で認められている。あちこちで人が飛んでいたが、大量に飛んでいるセキュリティドローンも無視していた。

 高々100メートル先、向かいの知り合いのところに行くためには三十分以上掛かることもあるのだ。誰だって一分掛からず済む方を選ぶだろう。


 ここにはドックだけではなく、個人の修理屋から中古シャトルの販売店も多く入っており、そうした場所へ船を運ぶ際にもリフトが使える。別の場所から操作も出来るため、そういう意味では便利でもあった。


『メール着信三通』

「気が向いたら行くって返しておいて。営業でしょ?」

『了解しました』


 基本的にろくでもない連中ばかり。ドックインを監視している連中も多い。ドックに入る前から営業メールだった。相手も大体見当が付く。

 専用ドックの前まで来るとハッチが開き、そのまま中へと台ごと入る。


「到着ね。久しぶりだけど、荒らされた様子はなさそう?」


 概ね箱の広さは縦横30m奥行き50m。よほどの大改造でなければ、大体の整備や修理は自前で出来るよう作業用アーム等の機材は用意していた。ぶち抜きで二つ三つを使う業者も少なくないが、ドック一つとしては二番目に大きなサイズ。

 置かれているのは多少の不良在庫とチャフ用ミサイルに魚雷に弾薬、燃料と推進剤の予備タンク。兵器の類は使う度に購入するのはあまりに怪しいため、商談という体でまとめ買いしている。

 魚雷もここには十本置いていた。


『確認。侵入の形跡なし』

「寝かせてた前のガラクタを売りに出す。今回のガラクタはもうちょっと寝かせる。後は魚雷の補充と燃料補給……直接の依頼は?」

『十七件。最終は二年前、フルメタルシャドウからです』

「この前潰れたところか。もったいないことしたかもね」


 宙域はネットワークが存在しており、依頼のメールも飛んで来るが、特に重要な依頼はステーション内のクローズドネットワーク経由で送られる。宙賊の潰れる間際の依頼、中々の大金を得られた可能性もあったが仕方ない。


『ドック内の加圧完了』

「そ。ポンコツ、ようやくご主人様のところに行けるみたいね」

「ポンコツのご主人様はリズ様です!」

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― 新着の感想 ―
スカイベルという宇宙ステーションについてのきめ細やかな描写を読んで(最初は「鐘の音」とは何か神秘的な宇宙信号のことかと思っていました)、テクノロジー感あふれる映像が目の前に浮かび、まるで潤沢な予算をか…
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