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どこにも届かぬ鐘の声 ②

「だってエナジーバー味気ないですし……ミノムシさんに聞いたところ、食糧にはすごく余裕があるらしいですし」

「……余裕はあってもタダじゃないの。そもそもあなた、わたしと同じ回数食べる必要ないでしょ」

「だって、見てるとお腹空きますし」


 構造バランスは逆転している。当然ポンコツの方が低燃費――食事を必要としないはずなのだが、食欲だけは旺盛な無駄飯喰らい。

 どうしようもない返答に、苛立ちを押し殺すよう嘆息しながら、連れられるまま仕方なく食堂へ向かう。


 ソファに座ると自動的に、机の上で宙空ディスプレイが浮かび上がり、映画やドラマのリストアップ。 このところ毎日映画やドラマ鑑賞に付き合わされていた。

 ポンコツは自動化キッチンから水を持って来ながら、手慣れた様子で指を振るって映画を選ぶ。


「……また辛気くさい映画見る気?」

「そうなんですか?」

「見れば分かるでしょ。あなたみたいなポンコツが粗大ゴミになる話よ」

「リズ様が嫌なら別のにしますけど」

「……好きにすれば。わたしは食べたら二度寝するから」


 駄目ですよ、などと言いながら、ポンコツは映画を再生する。

 見飽きた映画であったが、ポンコツが恣意的にそういう映画を選んでいるような気がしていた。とはいえミノムシは不必要な個人情報を与えていないと言い張るし、評価の高い映画ではある。適当に何かを死なせてお涙頂戴、良くある安っぽい映画であったが、あちらではそういうものが好まれるのだろう。

 全て単なる偶然で、このポンコツの好みという事もありうるが、映画を見せながら反応を窺われている感じもあり、実に不愉快だった。


「スカイベルはどういう場所なんですか?」

「……大きな製造ステーション。このレッドセクターで造船される七割の船はそこってくらいの造船所がある」

「七割……」

「というか、ミノムシと下らない無駄話をしてる時間があるなら、そういう一般常識を教えてもらって。その辺りに制限掛けてないんだから」


 睨むとポンコツは微笑んだ。


「リズ様が色々教えてくださるので、折角ならリズ様が良いかなと」

「わたしはめんどくさいんだけど」

「ポンコツは既に半分リズ様のもの。未来の乗組員として船長自ら教えを受けた方が良いと思うのです。ね、ミノムシさん」

『ポンコツの希望する解説に対し、当機ミノムシのデータ的解説では不十分かと思われます』


 あなたね、と頭上のスピーカーを睨む。


「やっぱりポンコツと余計な話をしてるでしょ。どう考えてもおかしいもの」

『当機ミノムシの仕事はマスターのサポートです。余計の定義によりますが、それに反する行動、発言は一切行なっておりません』

「へぇ、わたしへのサポートがポンコツの相手をさせることだって?」

『ポンコツはクラスⅢの人工知能です。乗員となる可能性を考えた場合、教育は後にマスターの大きな利益となると考えますが、当機ミノムシには多くのデータ送信が禁じられています。データの送信許可をいただけるなら――』

「却下。分かってて言ってるでしょ」


 うんざりしたようにリズベットは言った。


「分かった分かった、機械同士大変仲が良くて結構ね。わたしもあなたにこんなポンコツなお友達が出来て、嬉しくて涙が出ちゃいそう」

「えへへ、ミノムシさんとポンコツは同じマスターに仕える大親友なのですうぅっ!?」


 ポンコツの頬をぐいっと引っ張ると、嘆息する。


「言っておくけど、言ったことは絶対。契約を破るならあなたはバラして宇宙デブリになってもらうから」

「わ、わはっへまふ……っ」


 ぺちん、と指を離すと、結った髪を引っ張るように指に絡める。


「……知り合いって言うのはそこの主みたいなイカレたジャンク」

「イカレたジャンク?」


 頬をさすりながら、ポンコツは首を傾げた。


「そ。元人間のアンドロイド……というよりオートマトンかしら。三百年くらい前からジャンクヤードに店を構えて故買屋をやってる、ろくでなしの代表みたいな屑鉄でね、あちこちに色々とコネがあるの」

「その言い方だとあまり良い人には見えなさそうですが……」

「……仕事は確かよ。三百年も生きてるだけあって」

「付き合いが長い方なのですか?」


 リズベットは不愉快そうに、そうね、と答えた。


「ここに来た頃からの付き合い。縁を切れるなら切りたいくらいの屑で、長らく会ってはないけど、あなたのせいでまた顔を出す羽目になった」

「ポンコツ的には顔を出さなくても良いのではないかと思うのですが……」

「ただ働きはごめんなの」

「ポンコツという素晴らしい子分が手に入りますから大丈夫です。それにミノムシさんに聞いたのですが、最悪の場合でも数十年くらい宇宙を回遊をしてれば多分大丈夫だとか」


 その言葉にポンコツを呆れたように睨み付ける。


「何でわたしがあなたのためにそんなことしなきゃいけないのよ。わたしの三十年を一から全部やり直しにさせる気?」

「その分ポンコツとミノムシさんがリズ様のために頑張るのです」

「……あなたに聞いたわたしが馬鹿ね」


 星系の外に向かって飛び立てば、確かにほとぼりが冷めるまで身の安全だけは確保出来る。人類の手が届かぬ場所は広い宇宙にいくらでもあったし、何かをやらかして運良く逃げ出せた船が至る所を漂っていることだろう。場合によっては数百年、コールドスリープで漂う連中もいるという。

 とはいえ、それまでに得たコネや積み上げてきた実績、預金も含めてほとんど全部が引き換えだった。レッドセクターでは市民権を持たない、まともに口座も作れず、すぐ死ぬような連中がそこら中にいて、当然銀行も地下銀行。定期的に手続きしなければ、死んだと見なされ中のクレジットも没収される。

 リズベットも市民権なんてものは持っていないし、その例には漏れない。船一隻以外の資産もコネも、そのほとんどがゼロとなる。


 大半はグリーンセクターの連中が用意したシステムなのだろう。地下銀行にしては大々的に使われていたが、本体が取り締まられたという話は聞かない。

 家畜を家畜として管理しやすくするための仕組みだった。


「……まぁ、あなたはそうやって、気楽に脳天気に生きてればいい。本当の主人のところに行ければそうなるでしょう。そう作られたんだもの」

「仮にそうなったとしても、ポンコツの本当のマスターはリズ様ですが」

「何が本当のマスターよ。ただの機械的なインプリティングでしょ」


 投影されたディスプレイを眺めた。

 粗雑に扱われていたドールがジャンクヤードに廃棄される冒頭シーン。何十年も経った後、一人の子供がそれを見つけて、自作のオートマトンに中枢コアを移し替えるところから物語の始まり。機械を友達と呼ぶ陰気な少女と、それを盲目に慕うオートマタ。種族を超えた友情を描いた物語は、老婆になった少女の死で終わりを迎え、オートマトンは彼女の墓をずっと守って眠りに就く。

 安っぽくてありきたりな、感動ポルノであった。


「違いますよ。ポンコツはリズ様こそ――」

「あなたの自覚じゃ自由意志で行動しているように感じるんでしょう。運命の出会いで素敵なマスター、この人のために生きるのが自分の使命、だなんて。でも、それはただの刷り込みで都合良く作られた幻想よ」


 脳天気なポンコツに、醒めた目を向け、苛立たしげに言った。


「わたしはそういうものに踊らされてる間抜けが、この世で一番嫌いなの」


 ポンコツはリズベットの目をじっと見つめ、少し考え込み。

 それから自動化キッチンから音が響いたのを見て立ち上がる。


「あ、グラタンが来ました」


 それからグラタンを取りにとてとてとそちらへ。

 このポンコツに何をムキになっているのかと自分に呆れ、嘆息すると、リズベットの前に熱々のグラタンが。ポンコツはスプーンで一口分すくうと、ふぅふぅと熱を冷ましてリズベットの口元へと持ってくる。


「何のつもりよ。……話聞いてないでしょ」

「もちろん聞いてますよ。ですがリズ様がどういう考えでも、それはポンコツの考えとは違いますから」


 一切の不快を滲ませぬ顔で、ポンコツは微笑んだ。


「ポンコツは、そんなリズ様だからこそお仕えしたいと思ったのです」 


 どうしようもないポンコツであった。

 もういい、とスプーンを咥えると眉を顰める。グラタンは普通に熱かった。口元を押さえて睨み付ける。


「つ、次はもうちょっとふーふーしますね」


 スプーンを奪い取ると水を飲み、このポンコツ、と吐き捨てた

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