騒がしい棺桶 ⑦
そうして二人は体を乾かし浴室の外へ。
リズベットは日常的にボディスーツで過ごす。全身にぴったりと張り付くようなスーツは最先端の強化外骨格であり、体を保護すると同時、身体機能を向上させ、尚且つ多機能であった。宇宙空間への適応は当然、シールド機能も備わり、中古の小型シャトルと変わらない値段のもの。着心地も悪くはない。
肌着でもあることから、服や下着の類は用意しておらず、純粋な衣服の類は寝間着だけ。ベッドで眠る際は全裸か寝間着で、今日は寝間着の日であった。
ふわふわもこもことした厚手の寝間着。レトロなボタン式でピンク色、羊の柄がプリントされていた。見た目に反して高級品、雲のように柔らかいと評判の肌触りが良いクラウドウール。何とも愛らしい姿でベッドに横になりながら、その目は眠たげに、醒めた目で部屋に投影された映画を眺めていた。
『反転しこちらから打って出るしかない。船の能力ではあちらが勝る。しかし、こちらの船の機動力ならば、敵の懐に入ってミサイルを叩き込めるだろう』
『船長……』
「……馬鹿じゃないの」
映画のセリフに欠伸をしながらリズベットは告げる。その背後から彼女を抱きつつ、映画を観ていた全裸のポンコツは苦笑した。風呂に入る前の食事中も映画を観ていたのだが、リズベットは度々映画にツッコミを入れる。それがこの主人の映画の楽しみ方なのだとポンコツは理解していた。
「そうなんですか?」
「駆逐艦相手に無改造大型輸送シャトルのシールドが保つ訳ないでしょ。デリバリーコンドル自体は悪い船じゃないけど、アポジモーターもスラスターも標準品で制御装置もポンコツ。仮に重力制御装置が特注品でも、中に乗ってるのはただの人間、子供までいる。乱数回避機動をするにもGに耐えられない」
捕まったら終わり、と眠たげに言った。
ワームホールで遭難した客船シャトルが飛ばされたのは、宙賊蔓延るノンセキュリティ宙域だった、という内容。客と乗員が揉めたりという騒動を終えたところで、現れたのは宙賊の駆逐艦。とはいえ、どう見てもセキュリティの船だった。
「モノが違うの。駆逐艦は戦闘用に設計されてる。シャトルの火力は基本的にメインジェネレーターの制限で駆逐艦の装甲を抜けないよう計算されてるから、有効なのは実体弾か魚雷だけ。ミサイル二発じゃどうにもならない」
この作中の『デリバリーコンドル』は内装以外ほとんど標準品。対デブリ用のレーザー三門、偶然載ってた積み荷には、魚雷ではなくミサイル二発。
対する防空駆逐艦『クレタ』は対ミサイルと魚雷を専門とする戦闘艦。十門のレーザー、レールガン六門。陽電子砲こそ装備してないが、搭載しているのは対消滅反応炉。あちらとは根本的に出力の桁が違う。
「ノンセキュリティで救難信号を出す馬鹿だもの。恐らく向こうの宙賊は油断してるでしょう。戦うなら降伏する振りで近づいて、船ごとぶつけてミサイル発射が最適解。デリバリーコンドルは船首が多少分厚いし」
「船を……」
「それくらいじゃなきゃどうにもならない状況。後はアステロイドかデブリをぶつけるくらいだけど、さっきのミサイルじゃ無理ね。威力が足らない」
また小さな欠伸をして、むにむにと口元を動かした。
「戦ったことあるんですか?」
「……一回だけね。二度とやりたくない」
宙賊のシャトルを落とした後、よほど近くにいたらしい。運良く生きていたシャトルのジェネレーターを暴走させ、爆発で巻き込んだデブリをぶつけて、魚雷で仕留めた。一日にシャトル二隻と駆逐艦一隻の大仕事。
返り討ちに出来たことも運が良かったが、宙賊が比較的小物であったことも運が良かった。密告者がいたせいでリズベットは連中からしばらく逃げ回ることになったものの、駆逐艦を損失した彼らは別の宙賊に食われたらしい。
十五年ほど前の話。あれが小物の宙賊でなければ、コールドスリープで宇宙を回遊していたところだろう。
駆逐艦クラスになると、宙賊にとってもその損失は無視出来ない。
軍用で入手が難しい事もあり、基本的に大型シャトルの数十倍、ジャンク寸前の安いものでも十倍はする。ただ、戦闘能力も値段相応、一隻あれば宙賊の一グループとして認められる程度の価値があった。
駆逐艦の数がそのまま宙賊としてのステータス。
運良く始末出来たところで、それを沈められた連中は決して犯人を許さない。無意味に名前が売れることも望むことではなかった。不審に見える事故や、別の人間が船を沈めた際にまで疑われる羽目になる。
沈めたのは今回で十四隻。回数にすれば三十二年で十回程度であったが、それからは毎年のようにあらぬ疑いを掛けられている。名を売って宙賊に雇われたい連中なら喜ぶのだろうが、運び屋に余計な名前は必要ないどころか迷惑だった。
「宇宙の過酷さを描いたリアリティ溢れる大傑作……なんて触れ込みだったけど、馬鹿馬鹿しい。大好きな人間ドラマだけやっておけばいいのよ」
うんざりしたように、眠たげに告げる。
「……宇宙コメディなら突然高速デブリが飛来して、敵艦をはかいでもしたほうが、ずっと……」
言いながらリズベットは目を閉じて、そしてそのまま言葉は続かず。
すうすうと寝息を立て始めた主人の姿に、ドールは肩を揺らして静かに笑う。
「……お休みなさいませ」
眠りが深くなっていく様子を触れ合う感触で読み取りながら、ほんの少し抱き寄せて、その長い髪に口付けを。
それから映画の音量を下げつつ、続きを眺めた。
リズベットのツッコミを無視するように、ミサイルを囮にしながら船は突撃。見事すれ違うように駆逐艦の背後へと。そしてその際に飛び移ったらしい元宇宙海兵だという乗客が、駆逐艦の武器庫を爆破。見事駆逐艦を撃沈する。最後には何とか脱出していたらしい彼を拾い、抱き合ってのハッピーエンド。
リズベットの評価は辛辣であったが、ポンコツとしては薄らと涙が滲む、感動的な良い物語であった。
『ミノムシさん』
『何でしょう、ポンコツ』
映画を見終わったポンコツは、完全に深い眠りに入ったらしい主人を抱きつつ、艦内ネットワークから通話形式でミノムシへと声を掛ける。
『リズ様は映画がお好きなのでしょうか?』
『バイタルデータはお渡し出来ませんが、ステーションに寄る際、評価の高い新作の映画やドラマ、ゲームが艦内にインストールされています』
『リズ様のお好きな映画を教えてもらいたいなと思ったのですが、駄目ですか? 明日以降の視聴作品として参考にしたいのですが』
ミノムシは少しの間を空け、答えた。
『ポンコツに不必要な個人情報を教えるな、と命令されています』
『そうですか……』
『ただ、当機ミノムシの主観記録における視聴回数であれば、リストアップしてお渡しすることは可能です。必要でしょうか?』
『必要です!』
自分一人であまり映画を観ないだろう、ミノムシの主観記録での視聴回数ということは、要するにリズベットが好きな映画ということだった。
ありがとうございます、とポンコツは言いながら、尋ねる。
『ちょっと気になっていたのですが、ミノムシさんは……ポンコツと同じ独立した人工知能なのでしょうか?』
『艦内セキュリティに関わりますのでお答え出来ません』
『……すみません。ちょっと気になっただけなので、お気になさらず』
『ですがこれは、一般教養の範疇として。ポンコツのように感情を持つクラスⅢの人工知能は所有が禁じられており、主従関係を結ぶには双方合意の上、雇用契約を結ぶ必要があります』
ポンコツが首を傾げると、ミノムシは言った。
『マスターは形式上、当機ミノムシの雇用者という扱いになっています』
その言葉にポンコツは微笑んだ。
『そうですか。……リズ様がお好きだから、ここにいるんですね』
『お答え出来ません』
『ポンコツも……ちゃんとリズ様にお仕えしたいです』
『素晴らしいご判断だと思います』
その言葉にポンコツは肩を揺らして笑う。表情の見えないミノムシもまた、不思議と笑っているように思えた。
『お礼を。ポンコツ』
『……?』
『理由はお答え出来ませんが』
それを聞いてまた笑い、はい、と答えて主人の体を抱きしめた。
美しく、けれど老人のように疲れ切った緑の瞳は閉じられて、静かな寝息と共に眠る姿は愛らしい少女のようだった。