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騒がしい棺桶 ⑥

 疑問の余地もないはずの説明であったが、恐らくこの様子では宇宙航行に関するデータもまともに入っていないのだろう。

 どうしようもないポンコツである。


「まぁその両手をぱたん、でわたし達は宇宙を飛び回ってるんだけど、どこに行くにも距離が遠いからね。あちこちぱたぱたしないといけない訳」

「……リズ様」

「知能に合わせた説明をしてあげてるの。何、不満?」

「うぅ……す、素直にワームホールって言ってください」


 不満そうなポンコツの声に、リズベットはほんの少し笑いを零す。


「ぁ……」

「……?」

「いえっ、何でも」


 首を傾げるリズベットを、嬉しそうにポンコツは抱き寄せる。引っ付かないで、と文句を言いつつ、リズベットは続けた。


「本来ワームホールはリングゲートっていう固定装置で繋いでるんだけど、ここのはとっくの昔に壊れててね。ワームホールは不安定で、入り口と出口が結構ズレて、運が悪いと変な場所に入り口が出来たり、出口が遠い場所に出たりする」

「……大丈夫なんですか? そんなところ通って」

「さぁ。その内、致命的にズレたり壊れたりするのかもね。ただ、数千年は問題なく通れてる訳だし、自分が使うときに使えればそれでいい。そういう意味ではデブリの方がよっぽど危険よ」


 宇宙空間は何もかも、気の遠くなる単位が基本であった。明日閉じても不思議ではないと言われていたが、現時点での予想は十万年後には間違いなく使えなくなっている、というくらい。心配するほどのことではない。

 

「通ってる最中にズレに巻き込まれて遭難したって連中もいるみたいだけど、運の悪さと頭の悪さがセットでなければ滅多に事故も起きたりしない。そんな人間はそもそもここじゃ生きてけないしね」


 それに、と続ける。


「気付いてないみたいだけど、つい五分前に通ってるの」

「……へ?」

「宙域内を移動するにも普通に使うのよ、ワームホールは。あちこちに穴があるからラットホール。栄えてた分、あちこちにその名残の穴があるし、時空が乱れて開いたり閉じたり……ずっと短いワームホールだけど」


 そう言ってディスプレイを指で示す。

 ショートカットしたワームホールが表示されていた。


「……全然気付きませんでした」

「ぱたん、だからね」


 小馬鹿にするように笑う主人を見て、ひどいです、と背後のドールは微笑んだ。


「宙域の定義はロングパス同士で繋がる空間。基本的には星系丸ごと……その中を行き来するのがさっき通ったショートパス。移動するのに何万時間も掛からないようにしてる訳。さっきのは天然だけど」

「……なるほど」

「ロングパスはもっと遠く――例えばラットホールとスカイベルは繋がってる隣同士の宙域だけど、実際の座標は銀河の端と端くらい違う。流石にそういうロングパスだとぱたんとは行かないし、一時間ほどトンネルを潜ったりもする」


 遭難が起きた例のほとんど全てがロングパスだと聞いていた。

 通過の最中にズレてしまうと、思わぬ場所に弾き出される。歴史上数例だけ、帰ってきた生存者がいたそうだが、運良く近所に出て、冷凍睡眠による数百年単位の旅を経てのこと。場合によっては宇宙の反対側に弾き出されることもあり得ると考えられているらしい。


 全てが全て解き明かされている訳ではない。

 人工的にワームホールを繋ぐことには成功しているのだが、その空間そのものに関しては未知の部分が多く、検証の難しさからどれも仮説の域を出ていない。

 こうすればこうなる、という再現性さえあれば大抵の者には十分だったし、リズベットもその例には漏れず、その神秘については興味もなかった。


「トンネル……」

「ワームホールの中。一応さっきも潜ってるけど、一瞬で抜けただけ」


 小さく欠伸をしながら、リズベットは言った。


「……まぁ、話を戻して。ここのワームホールは不規則なの。もちろんある程度の予測はできるけど、運が悪いと入り口や出口の位置が変わる。今の予測は三百時間だけど、潜ってみる直前まで絶対とは言えない。理解は出来た?」

「はい、多分……ここが特殊な場所ってことですよね?」

「そうね。似たような場所は結構あるみたいだけど」


 ワームホールの数という意味では、この世界でラットホールに勝る場所はない。十七の宙域に繋がっており、非合法な仕事の多くはここを利用して行なわれる。

 ハイやミドルのセキュリティ宙域への侵入権を持っていない人間には、ここを通らなければ行けない場所も少なくなかった。


 ここが封鎖も殲滅もされていない理由は、権力者達にとっても都合が良いからだろう。侵入自体が違法な宙域であったが、どうぞ通ってくださいと言わんばかりにパトロールは穴だらけで形ばかり。

 手が足らないという連中の愚痴が三十年前から変わっていないところを見るに、末端はともかく上にやる気はないのだろう。


「わたしみたいに市民権を持ってないと行けない場所が多いの。ハイセキュリティには侵入出来ないからね」


 言いながら指を振るい、地図を切り替える。宙域と宙域を繋ぐワームホールのみを表示した二次元マップ。視覚的にはこれが分かりやすく、実際的であった。

 ラットホールから繋がる十七の宙域。そしてそれぞれの宙域のセキュリティレベルが色分けされ良い場所から悪い場所にグリーンからイエロー、レッドに変わる。


「グリーンはまぁ、ハイセキュリティの行けない場所。周辺はほとんどレッドで、イエローが混じってるくらいでしょ?」

「……ですね」

「色のないのがラットスペースみたいな無法地帯。最低限のセキュリティはあっても、まともに機能してないレッドを含めて、こういう纏まりをレッドセクター。人の世界の端の端で……宇宙デブリの吹き溜まり」


 そして周辺一帯のレッドセクターだけを強調する。


「宇宙にはこういう場所がいくつかあるけど、わたしが実際に知ってるのはこの辺りだけ。レッドセクターを繋ぐラットホールに、ダストボックスとサードアイ。運び屋の主な仕事はこういう場所での荷物運び……ローセキュリティのレッド同士でも、こういう場所以外で繋がってない場所も多いから」

「……なるほど」


 無論、気の遠くなる年月を掛ければ辿り着けないこともなかったが、そこまでしたい人間はそういない。

 かつてはワープバブルの超光速艦も一般所有が認められていたと聞く。その当時ならばまだしもであったが、現在は密輸などの犯罪にしか使われないため、星系開発以外での利用が禁止されていた。


 そのためワームホールを使わない移動は実質的にないに等しく、ラットホールのようなノンセキュリティ宙域はレッドセクターの要であった。宇宙スラムと言うべきローセキュリティの経済は、ここを抜きでは成り立たない。

 そして買い手は、グリーンセクターの人間様。レッドセクターは犯罪者の巣という建前で、彼らが搾取するための場所。死なせても誰にも文句を言われない、安い賃金でこき使える労働力。何もかもを違法に製造出来る秘密工場、研究所。

 何もかもが許される楽園であった。


 あちらのニュースを眺めれば、ここは危険生物の巣か何か。彼らは人間一人が殺される度、大々的に取り上げながら命の尊さを語り合うのだが、こちらの世界で行なわれる日常的な殺人は野生動物の殺し合いくらいに認識しているのだろう。

 リズベット達は総じて皆、ヒトモドキという生物種で、彼らにとっての人間ではなかったし、愚かで憐れな保護すべき家畜であった。

 そも、家畜とさえ思っていないのかも知れない。恐らく彼らのほとんどは、自分達が搾取していることにさえ気付いてもいないだろうから。


 とはいえ、自分があちら側に生まれていたなら多分、こんな場所のことになど興味さえも持たなかったに違いない。

 人間はそういう生き物だ、と思える程度の分別はあるし、それに気付いてからは特に、あちら側への僅かな憧れもなくなった。レッドだろうとグリーンだろうと、『この世界』から出られることを意味しない。


「……熱い。出る」


 そう言って立ち上がると、わっ、とポンコツが声を上げつつ、それに続く。


「あなたはもうしばらく入ってなさいよ」

「リズ様のお体、ポンコツがふきふきしますね」

「いらない。そもそもタオルないでしょ」

「……ぁ」


 ほんとポンコツ、とリズベットは嘆息した。

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― 新着の感想 ―
レッドセクターとか世界設計よくできてるにゃぁ
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