騒がしい棺桶 ⑤
船首にはコックピット。船体の中央には一本の通路が後部の貨物室に繋がり、上下左右に部屋がある。『オルカ』の場合は基本的に、上部に動力炉となるメインジェネレーター等の入った機関室、下部には魚雷などを格納するウェポンベイやドローンベイに脱出ポッド。中型の輸送シャトルは大抵この形が多い。
探査シャトルである『ハンターシャーク』などであれば動力炉を中央に置き、外部からの衝撃に対し耐久性を高める構造であったが、シャトル程度の大きさではシールドを貫通した時点で実質終わり。シールドと火力、隠蔽性能が全て。船体の耐久性など考えるだけ無駄だとリズベットは割り切っていた。
人の運搬を目的に、上部や下部にも部屋があったりしたが、増設した制御装置やバッテリー、ドローンベイで埋まり、実質部屋は四つ。右前方に私室となる船長室。左前方に食堂。右後方に医療ポッドとスリープポッド。左後方に倉庫。
医療ポッドとスリープポッドを分けているのは念のため。これまで二回ほどだが客を乗せざる得なかったこともあり、別々に用意していた。医療ポッドはスリープポッドを兼ねるが、単一機能に特化している方が性能も高い。それに肉体改造を含めた手術を行なえる医療ポッドへ入らされることを嫌がる人間は多い。
発信器から爆弾まで、悪意があれば何でも体の中へ組み込めたし、バイタルデータを詳細に覗き見られる。無論、スリープポッドで眠る人間をそのまま移せばどうとでも出来るもの。他人の船でスリープポッドに入ること自体どうかしているのだが、形の上でも分けておけばそれで安心する者は少なくなかった。
貨物室は作業場と訓練場も兼ねており、トイレやシャワー、洗浄機も配置され、概ね艦内設備は必要最小限。機能性を重視しカスタマイズを施していた。
趣味と言えば私室にあるバスルームとベッド、そして食堂の広さだろう。倉庫に面して配された自動化キッチンと、一人用にしては大きなソファとテーブル。
食堂には娯楽用品が一通り揃い、映画は当然ながら、テーブルは多機能投影ディスプレイが備わっている。暇潰しにと目についたものは大体インストールされており、娯楽室としての側面も強い。
バスルームには浴槽があり、肩までゆったり湯に浸かれるもの。スリープポッドに入れば体は自動で洗浄出来るし、シャワーもある。客船や大型船を除けば普通は載せない趣味のものであったが、わざわざ特注で多機能品を設置していた。
当然ストレス解消のため。
スリープポッドは長期航行時には必須で、非常に質の良い睡眠を約束してくれるのだが、中に入った人間を正常に起こすには三十分から一時間ほどの時間を要する。老化のないリズベットは冷凍睡眠を使いはしないが、本来の用途は生身の人間を仮死状態にするもので、メンテナンスはそれに近い状態で行なわれる。
緊急時には排出も可能だが、生身の人間なら入院もの。強化人間のリズベットであってもしばらくの間は酷い不調に見舞われる。
安定した航路であればともかく、ラットホールでスリープポッドを使うのは命取り。敵艦の補足からは一分一秒を争うし、機能が低下した体ではまともな戦いも出来はしない。一人で船に乗るリズベットは安全が確保された航路でしか使わないし、基本的にはベッドで眠る日常生活を送っていた。
趣味ではあったが、これらもまた必要な設備。宇宙という広大な世界を旅する上で最も人を苦しめるものが何かと言えば、宙賊でもデブリでもなく、自分でありストレスである。この仕事を始めたばかり、古い小型シャトルを乗り回していた頃には娯楽設備を『無駄なもの』と考えていたのだが、次第にその重さを痛感することとなり、『オルカ』ではこうして快適性が重視されていた。
私室にはコンソールとクローゼット、後は大きめのベッドが一つだけ。艦内では基本的に人工重力が働いており、生まれ故郷だったという惑星の0.7倍に設定されている。重力を前提に生まれたからか、重力がある方が色々と馴染むようで、どの船も大抵これが基準。横になれるベッドを好む者は多い。
無重力環境に慣れすぎると惑星やステーションに戻った際に地獄を見るというのも大きいだろう。強化人間であるリズベットは体内を自在に調整出来るが、生身の人間であれば都度、医療ポッドで血流などを調整する羽目になる。
部屋に対して大きなベッド同様、浴室も広く取っており、浴槽幅は1.8m。奥行きもあり、一人用としては豪勢なもの。長い航海のストレスから頭を空っぽに出来るように用意された快適空間。
泡立つ湯の中に浸かりながらしかし、リズベットの眉間には深い皺。
「……狭いんだけど」
不愉快そうに背後へ告げる。
小柄なリズベットの背中には柔らかい膨らみが二つ、後ろにいた褐色のドールは主人を抱きつつ、幸せそうに答えた。
「リズ様も十分足を伸ばせていると思うのですが……」
後ろにもたれ掛かったポンコツはヘッドスパの最中。半球上の装置の中で長い髪を洗浄され、マッサージされていた。
リズは150cmほど。ポンコツも160cmほどであり、浴槽は二人で入っても特に問題はない十分な広さがある。
だが、益々不機嫌そうにリズベットは答えた。
「いつもわたしはもっと仰け反って、ヘッドスパしたり体を伸ばしたりしながらゆったりと入ってるの。大体何で一緒に入ってくるのよ」
「言ったとおり、お背中を流そうと……」
「……いつの時代よ」
体を突っ込めば浴槽は自動で体を洗浄するし、頭を寝かせればヘッドスパ。出る前には脱水用の円筒形カプセルに入るだけで自動乾燥、体を拭う必要もない。
入ってくるなと言っておいたはずだが、無視して入って来た挙げ句、自分の後ろでヘッドスパを満喫しているポンコツを見ると苛立ちが湧いてくる。
「気持ちいいですね、これ」
「うるさい」
ヘッドスパが停止するとポンコツは顔を上げ、ぎゅう、とリズベットを抱きしめ、頭に頬を擦りつける。
「お背中は流さなくて良いようですし、今日からポンコツはリズ様専用のお風呂用クッションとして働きますね」
「いらない。使わせてはあげるから一人で入って。邪魔しないで」
「リラグゼーションとしてはおすすめですよ。こうやってハグすることでオキシトシンもドバドバ――」
「出たりしない。ストレスだけ増えていくんだけど」
リズベットは嘆息しながら身を沈め、乳房を枕に。
えへへ、と笑い、ポンコツは抱いていた腕を首に回す。
「スカイベルというところにはどれくらいで到着するんですか?」
「概ね三百時間。よほど運が悪ければ千時間か二千時間か」
「運が悪ければ……?」
「……航路表示」
首を傾げるポンコツに、正面にある壁掛けディスプレイをONにする。投影ディスプレイは水蒸気と相性が悪く、浴室では使いづらい。
表示されるのは一帯の三次元マップであった。
「この宙域はラットホール。昔栄えた星系の成れの果て。色々あって時空が歪んでるノンセキュリティの無法地帯で、今からワームホールを通ってスカイベルの宙域に向かおうとしてる。それはいい?」
「えぇと、はい。これですよね」
言いながら、リズベットの目の前で掌と掌を開いて、本を閉じるように手を合わせる。子供に教えるときのジェスチャーであった。『親指から親指は遠いけど、こうすれば一瞬』だなんて大雑把な説明をする時に使う。
「……あなたって本当にポンコツよね」
「えぇ……?」
「まぁ、別にそれでいい。あなたの理解力ならそれが丁度良さそうだし」
「その、すごく馬鹿にされてる気がするのですが……」