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ポンコツ

 宇宙に面白いものはない。

 ただただ虚無が広がって、浮かんでいるのはデブリだけ。

 岩や何かに話しかけて楽しめるような奇特な人間であればそうではないのだろうが、大抵の人間にとっては寝ている方がずっと良い。


 幸いなことに生息圏を銀河の彼方まで伸ばした現代では、眠る技術も飛躍的に向上していた。人類最高の発明品であるスリープポッドに入ってしまえばあっという間に意識を失い、そうした景色から解放してくれる。

 次に目覚めるのは到着したときか、トラブルか。

 二度と目覚めないこともあるだろうが、いっそ目覚めなければ良い、と眠る度に考えた。そうすればうんざりする世界からはおさらばできる。


 だからいつも、棺桶に体を突っ込む気分でスリープポッドに寝転んだ。

 意識が消える瞬間に、このまま永遠に目覚めなければ良い、と考えて――目覚めた際に生じるのはいつも、落胆と苛立ち。


「……最悪」


 そしてそんな一言だった。

 重力を感じる裸体の体に、纏わり付くのは裸体の少女。褐色の滑らかな肌と、無駄に肉感的な膨らみの感触。艶やかな黒い髪の下にある顔は、何とも幸せそうな、腹立たしい顔であった。

 自由な左手で栗色の長い髪を荒々しく掻きながら、少女は深く嘆息し、周囲を見渡す。スリープポッドの中ではなく、何故かベッドの中。

 シャトルとのデータリンクで状況を把握すると、眠っていた少女――ドールと呼ばれる機械人形の頬を強く引っ張った。


「うぅ……っ!?」

「何がうぅ、なの。何でわたしがベッドであなたと寝てる訳?」

「ぃ、いひゃいです、リズ様……っ」


 離してやると少し身を起こしたドールは、自分の頬をさすりながら恨めしそうにこちらを見てくる。精密な感覚器を備えた無駄に高性能な機械人形であったが、その性能が便利に働くのは躾の時だけであった。


「だって、その……ミノムシさんと待ってるのも寂しかったですし」

「……あの、それだけの理由でわざわざわたしをポッドから出したの?」

「はい。リズ様は老化を気にする必要もない方ですし、ポッドで眠るより有益な時間の使い方があるのではないかとこのポンコツは考えたのです」


 指を立てるポンコツに、少女は苛立たしげに尋ねた。


「一応聞いてあげるけど、一体どんな使い方があるって?」

「一緒にお喋りしたり、一緒にゲームしたり、一緒に動画を見たり……うぅっ」

「……ほんと最悪」


 頬を引っ張りながら嘆息する。

 スリープポッドの制御された深い睡眠から、勝手に連れ出されてベッドで寝かされ気怠い感覚。体中がメンテナンスモードで半分以上機能していない。自分がただの生身の人間なら医療ポッドで半日入院であった。


「警告出たでしょ。せめて起こすにしても、なんでもう少しまともな起こし方しないの」

「だって、そしたらリズ様、そのままポッドで寝ちゃいそうでしたし……あ、スリープポッドは今、精密メンテナンスに入っています」

「入っています、じゃなくて、メンテナンスに入れたんでしょ、あなたが」


 口を開けば開くほど、イライラするポンコツだった。

 このポンコツは自分をストレス死させるために作られたのではなかろうか。


「一時的な倦怠感、と警告には出ていたのですが……本当に具合が悪そうですね。大丈夫ですか?」

「あなたはわたしに喧嘩を売ってるの?」

「いえ、まさか。でもお任せください。リズ様が仮に一歩も動けずとも、このポンコツが誠心誠意お世話しますので」

「……マッチポンプって知ってる?」

「データ該当なしです」


 知ってるでしょ、と睨み付けては頬を引っ張り、その動作でさえ億劫だった。

 痛いです、と言いながら笑うポンコツの顔にうんざりしながら嘆息する。目的地到着まではざっと二千時間。嫌になるほど時間があった。


 気の遠くなる、虚無の旅。

 気が遠くなる、そんな時間の繰り返し。

 

「……寝る。今度無意味に起こしたらジャンクヤードに突っ込んでやるから」

「かしこまりました。その時はこのポンコツ、リズ様に捨てられたことを嘆き、大声で泣き叫ぶことにします。……リズ様の個人情報をばら撒きながら」

「……シャトルの外に放り出してもいいんだけど」

「冗談です」


 くすくすと笑って、こちらの頭を抱くように、豊かな乳房を押し付けた。

 何もかもが凍り付くような世界に柔らかく、人肌程度に温かい。


「では、リズ様が自主的に起きるまで、添い寝をさせていただきますね。

お任せください、何百時間でも大丈夫ですよ」

「いらない。暑苦しい」

「お気遣いなく。したくてやってることですから」


 その感触にうんざりしながら嘆息し、無視するように目を閉じる。

 このポンコツ、と口にすると、楽しそうに体を揺らした。


「……はいっ、リズ様専用のポンコツです」


 気の遠くなるような時間に、気の遠くなるポンコツドール。

 何で自分がこんな目に遭わなければならないのか。


「いっ!?」


 軽く乳房に噛みつくと悲鳴が聞こえ、ほんの少しだけすっきりした。

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