第6話 怒りの放課後、ルリちゃんを救え!
「終わったーっ!」
放課後、正門を出た瞬間、朝の不安そうな影は綺麗さっぱり消え失せたルリちゃんが元気いっぱいに叫んだ。
小学生の頃から視力が毎年毎年下がっていっていたと言うルリちゃん。今年は去年と同じ結果だったみたいで、視力検査以降ずっとハイテンション。
私はと言うと首筋に付けられたE-デバイスが見つからないかとヒヤヒヤしてて、気がついたら終わってたって感じ。
「ねぇケイトちゃん。この後どこかでお茶しない? ってイタっ!」
ルリちゃんが歩きながらこちらを振り返った時、突如空中に現れた金属製の四角い物体に凄い音で頭をぶつけてその場に座り込む。弾みで眼鏡も落ちちゃったけど幸いにもレンズが割れる音はしなかった。
「えっ? ヒイ……」
咄嗟に口を突いて出てきそうになった言葉を無理矢理飲み込む。
ルリちゃんがぶつかったのは紛れもなくヒイロ。魔法少女には付き物の妖精役ロボット。
(ヒイロ! なんで急にこっちに出て……って? あれ? こっち、あっち?)
(ケイト! すぐに変身だっ! 今この辺りはパラスペースになっている。敵がいる筈だ)
(そんなこと言ったってルリちゃんに私が魔法少女だってバレちゃうよっ!)
(デバイスを付けてない人間はパラスペースから出ると全てのステータスがパラスペースに入る前の状態に戻る。つまり脳も元に戻るから記憶は維持できない)
(つまり忘れちゃうてこと? あっ! だから昨日の親子は無事だったのね)
(そういうことだ。但しパラスペースで生命を維持できない状態に陥った場合にはその限りではない)
「つまり被害者が出る前に敵を倒さなきゃってことねっ!」
右手で首の付け根にあるE-デバイスに触れすぐさま叫ぶ。
「へ、ヘンシンッ!」
「ユーマッ!」ほぼ同時にデバイスからも機械音声が響く。
眩いばかりの光に包まれながら身体中が薄い皮膜で覆われていく。艶やかな漆黒の帯がホルターネックとロンググローブ、ニーハイブーツを形作り、肌色の帯が二の腕や首、太腿を覆っていく。それと同時に身体が重力の支配から半解放されていく。
露出の多い衣装から覗く乙女の柔肌は実際には本当の皮膚では無い、とはいってもやっぱりまだ恥ずかしい……。
「え、えぇ? そこに居るのは誰? ケイトちゃんは?」その場にしゃがみ込んだまま手探りで眼鏡を探していたルリちゃんが私を見上げて驚きの声を上げる。そっか、ルリちゃん殆ど見えてないんだ。
「えーっと、……わっ、私は魔法少女プリティケイ! ケイトさんは安全な場所に避難したわっ! あなたも早く安全な場所に逃げてっ!」
「えーっ、その声はケイトちゃんでしょ? 空が急に夕方みたいになっちゃったけど、安全な場所って……」
(君はアホかっ! 目が悪いなら聴力が人より良いかもとかそれくらい考えつくだろう? それに自分でプリティって)
(だだだ、だってー。ワンチャンわからないかもって)自分で言って自分で恥ずかしくなって顔から火が出そう。
(そもそも敵がどこにいるのかまだわからない。君から離れない方が安全だと思うが)
(そういえば敵の姿が一向に見当らないけど)
と、その時。
車道を挟んだ反対側の歩道からゆっくりこちらへと近付いてくる人影が見えた。
「ヒイロ、あれって、一人? 前は大勢で来たのに」
全身灰色の姿をした男がこちらを向いたまま車道の真ん中で立ち止まる。その右手には黒いゴミ袋の様な塊を掴み引き摺っている。その塊からはぽたぽたと鮮血が滴っている。
「ねぇ、ヒイロ。あいつが引き摺っているのって……」
「ケイト構えろっ!」
ヒイロの声が私の耳に届くのよりも一瞬早く男が右手に掴んでいた塊をこちらに向けて放り投げた。咄嗟に両腕を交差してガードしたけど、受けとめた身体ごと数メートル後ろに飛ばされる。
尻餅をついた姿勢で辺りを見渡すと景色は完全に廃墟へと置き換わり、道路と歩道を隔てていたガードレールも無くなっている。男と私達を遮る物が何も無い……。
「ルリちゃっ」慌てて黒い塊を払い除けて立ち上がると、転がった塊と目が合った。て、敵の戦闘員?
戦闘員の胴体だった物がまたしても砂になって消えて行く。ルリちゃんの方を見ると、四つん這いの姿勢になった男が猛スピードで突進してきて、へたり込んだままの彼女に襲い掛かった。
全速力で地面を蹴って駆け出した私だったけど、寸での所で間に合わず彼女の悲痛な叫び声が辺りに響いた。
「きゃあーっ!」
ルリちゃんの肩に男が咬みつく。近くで見ると男の体は全身が灰色の短毛で覆われていて顔には赤い目玉、頭頂部に小さな耳。そして彼女の肩に深く痛々しく食い込んでいるのは二本の前歯。それはまるで……
「こんの、ネズミ男ーっ! ルリちゃんから離れろーっ!」
走りながら思い切り振りかぶっていた拳を男の顔面に叩き込む!
「キーッ」私のパンチが顔面にクリーンヒットし、ネズミ男は左の頭部を砕け散らしながら数メートル後方に飛んでいく。
「ルリちゃんっ、大丈夫?」
「あ、が、ケ、ケイトちゃ、ごぶっ」
抱き起こしたルリちゃんの首の付け根がごっそりと抉れて太い血管から鮮血が吹き出している。口からは真っ赤な泡が出ている。
「ヒイロっ! なんで世界が戻らないのっ!」
「まだ敵の生命反応がある! 急ぐんだケイト!」
「こんのぉーっ!」
起きあがろうと蠢いているネズミ男に馬乗りになって握り締めた拳を何度も何度もその頭を擦り潰す様に叩き続けた。
「……ブ、殺し……」
最後に残った下顎がその言葉を発する前に高く掲げた拳を振り下ろした。
「ポイントが付与されました」
ヘルメットの中で無機質なメッセージが流れる。
「ヒイロ! 他に敵の気配は?」
ヒイロが答えるまでもなく、空を見上げると中心から青みを帯びてきている。ルリちゃんを見ると、首から肩にかけて抉れていた傷口と制服が煙に包まれながら徐々に再生していく。
「ま、間に合った……」思わず深い溜息が漏れる。
パラスペースの廃墟がいつもの街並みに戻る頃には、ルリちゃんの傷口は完全に塞がり、私の変身も解け、埃っぽい大気も澄んだ空気に戻っていた。