第080話 その涙は
陰星に「怪物退治の協力は今日で終わり」と言われた。
もちろん、ショックではあった。
だけど私は、身勝手な理由でみんなを不必要な危険に巻き込んだ。
だから覚悟はしていた。
むしろ存在を消されたり、記憶を消されるのを覚悟していたから安心した。
でも、お父さん探しは振り出しに戻った。
これから1人でどうやって手がかりを探そう。
この先の不安はある。
不安しかない。
でも、気持ちは少しだけ楽になった。
……だから、これで良かったんだ。
全身の力をベッドに預け、頭も心も空っぽにして目をつむる。
しかし、人間の脳みそはそんなに単純ではないみたい。
ほんの数時間前まで続いていた監禁生活が、頭の中でぐるぐると回り始めた。
そのとき。
突然、病室の扉が再び勢いよく開くと同時に、「智陽ちゃん!!!」という叫び声が響いた。
そんな白上の声で私は我に返る。
というか、突然の大声でびっくりした。
だけど白上は私を見て「……どうしたの?……大丈夫?」と呟いた。
白上の視線は、私の手元を見ている。
私はその視線を負って、自分の手元を見る。
私の両手は、いつの間にか掛け布団の端を握りしめていた。
無意識に。
私は慌てて掛け布団から手を離して「何も無い。大丈夫」と返しながら、身体を起こす。
そこに白上に続いて平原と砂山も病室に入ってくる。
白上に「だから病院内を走るな」って言いながら。
……何で戻ってきたの。
ほっといてよ。私のことなんか。
私は早く1人になりたくて、追い返そうと「何で戻ってきたの」と言葉を投げつける。
「何でって……智陽ちゃんが心配だからに決まってるじゃん!」
……やめて。
私なんかに、優しくしないで。
私は必死に言葉を絞り出す。
「……私はもう、みんなの協力者じゃない。だから、心配される理由はない」
「……協力者じゃなくても、私は……ちーちゃんの友達だよ?私は、友達が悩んでるなら全力で力になりたい」
「私は……白上のこと友達だなんて……」
思っていない。
私に、友達なんていない。
味方なんて、いない。
そう思っているはずなのに、私は言葉を言い切ることができなかった。
そんな私より先に、白上がまた口を開いた。
「ちーちゃんが、私のことを友達だと思ってなくても。私は友達だと思ってる。
それに私達、遠足も一緒に行って、体育祭も楽しんだし、プラネタリウムにも行ったじゃん。あと期末テストの勉強会もしたし。
……私は、どれも楽しかった。ちーちゃんは?」
「私は……」
白上のいつもより低く、真面目なトーンの言葉に、私は言葉が詰まる。
さらっとちーちゃん呼びになってることにも、気が付かず。
私だって楽しくなかったわけじゃない。
どこかで楽しいと思っている自分もいた。
だけど私が陰星に近づいて、このメンバーの行動に混じっているのは。
お父さんを探すためだ。
友達になりたくて、一緒にいるわけじゃない。
それにこの事を私は誰にも言ってない。無断で利用しているだけ。
そして今回、私はみんなを危険な目に合わせた。
そんな私がみんなと一緒に何かを楽しむ資格なんてない。
だけど言葉は喉で詰まる。口から出ない。
思ってるはずなのに、言えない。
するとまた白上が先に口を開いた。
「……今はまだ、友達と思われてなくても。私は諦めない。絶対ちーちゃんと友達に思ってもらう」
「……私は……そんな風に思ってもらう資格はない。
さっきも言ったけど私はみんなを騙して、利用しようとしてた。結果、私はみんなを不必要な危険に巻き込んだ。私はそんな酷い人。私はあなた達と……」
何とか言葉を振り絞って反論する私。
だけど、その言葉を遮るように白上が私の手を掴んだ。
「友達の資格って……何。それにちーちゃんは自分のことを『私達を騙して、利用しようとしてた酷い人』って言うけど、私はそうは思ってないよ。
だって、私はちーちゃんが優しい人だって知ってもん」
「優しさなんて……いくらでも誤魔化せる……」
「……確かにそうかもしれないよ。でも、今のその涙は嘘じゃないでしょ?」
「……え?」
そこに、タイミング良く平原が自分のスマホを渡してきた。
私はそれを受け取る。
スマホはインカメラになっていて、画面に私の顔が映る。
そこに映ってる私の頬には、確かに涙が伝っていた。
「今、涙が出るってことは騙して利用してたことを後悔してるってことでしょ?
なら、ちーちゃんは優しいよ。ちーちゃんは酷い人なんかじゃないよ」
もう、反論すらできなかった。
とりあえず私は、平原にスマホを返す。
すると今度は砂山がポケットティッシュを渡してくれた。
私はそれを受け取って、数枚取り出して涙を拭う。
拭い終わった時、白上が「だから」と口を開いた。
「私は、ちーちゃんの力になりたい。ちーちゃんに何か目的があって、私達と一緒にいたなら、それを聞かせて欲しい。
私に出来ることならなんだってする。まー君だって説得する」
「でも……私は……」
今度は小学校の頃の記憶が蘇る。
もう、《《あんな風》》に虐められたくない。
だから、話せない。
話したくない。
すると、白上が「……わかった!」と突然大きな声を出した。
「うん。私だって覚悟を決める」
「……え?」
「……私は、自覚はなかったけど、まー君がいきなりいなくなった後。
中学入ってから1年ぐらいは別人のように暗かったって友達に言われました!」
その話を聞いて、私の口から「何の……話?」と言葉が零れる。
というか、平原も砂山も状況を理解できていないみたい。
混乱している表情を浮かべている。
一方白上は恥ずかしそうに「言っちゃった……」なんて言いながら、顔を赤らめて下を向いている。
いや……どういうこと?
その数十秒後、ようやく変な空気だということに気づいた白上が「ほ、ほら!」と口を開いた。
「人の話したくない秘密を聞こうとしてるんだから、私があまり話したくない事を話せば平等かなって!」
「何だよそれ」「何それ」
平原と砂山が同時にそんな言葉を口にして、笑い出した。
でも2人の言う通り。
何それ。わけわかんない。
そして2人は一通り笑ったあと、平原が「んじゃあ」と口を開いた。
「俺も聞くことになるから言ったほうがいいよな。
と言われてもなぁ…………あ、あったあった。
俺な、昔親父が怖かったんだ。というか泣き虫だったんだよな」
「嘘でしょ!?」
「信じらんない……」
今度は白上と砂山がそんな驚きの言葉を口にした。
「やっぱりか〜……小学校の頃を知らない人にはみんなそう言われるんだよなぁ……」
そんな2人の反応に、そう言い返す平原。
でも2人の気持ちはわかる。
私だって信じられない。
だけど私はこの数カ月、一緒に居て「人を殴ったって噂の平原」ではなく「本当の平原」を見てきた。
……だから少し、言われてみたら想像できる気がした。
「最後!すずちゃん!」
「私……私は…………あ、この1年が黒歴史。だからもうみんな知ってるから話すことはない」
「何それ!?」
「そんなのありかよ……」
「ないものはないの」
白上と平原が「本当にないの?」と砂山にしつこく聞いている。
砂山はそれを少し鬱陶しそうにあしらってる。
確かにズルい気はする。
でも、自暴自棄になってた話なんてあんまりしたくないと思う砂山の気持ちもわかる。
そんなことを考えていると、砂山が「それより、智陽の話が聞きたいんだけど?」と聞いてきた。
……2人の追求から逃げたいんだろな。
でも、話したくはない。
だけど、ここまでしてもらって話さないのはかなり酷い人間だと思う。
それに、ここにいる人は他人を馬鹿になんてしない。
だからきっと、話しても大丈夫。
私は覚悟を決めて私の目的を、私の過去を話し始めた。