第077話 違和感
8月上旬の昼過ぎ。ついに日差しが凄く痛い季節になりました。
まぁ……今は星鎧に守られてるから大丈夫だけど。
そんな暑い日であっても、今日も今日とて私達は澱みと戦っています。
今日は駅近くのビル街の一角の路地で。
周りは警察の人達が封鎖してくれてるみたいで、私達以外に人はいない。
私は澱みの集団から距離を取って、言葉を紡ぐ。
「羊が1匹、羊が2匹。眠れよ眠れ。羊の群れ!」
言い終わると同時に杖を掲げる。
すると私の周りから半透明の羊が数匹現れ、澱みに突撃していく。
私は羊に続いて、澱みとの距離を詰めて杖で澱みを思いっきり殴る。
殴って、殴って、叩く。
すると、殴られた澱みは次々と消滅していった。
羊で澱みの動きを止めて、私が杖で殴って止めを刺す。
私ながらいい作戦だと思う。
上手くいった嬉しさから、思わず1人で頷いてしまう。
そこに、そのいい作戦に対する意見が飛んできた。
「由衣。杖は殴るもんじゃないぞ」
「良いじゃん別に!」
その声の主のまー君は、いつの間にか隣にいた。
……というかまー君の後ろの地面、おかしくない?
その予感は当たり、地面から黒い靄が湧きだして人の形となった。
いやこれまた澱み湧いてるじゃん!?
しかも既に一体、まー君に飛び掛かってるし!
私は咄嗟に「まー君後ろ!」と叫ぶ。
するとまー君は「わかってる」と返しながら振り向く。
そして、襲ってくる澱みを杖で殴って消滅させた。
「……どう?」
「……悪くはない」
「でしょ?」
杖で殴るの、やってみたら結構いいんだよね。
まー君も気に入ってくれたようで良かった。
まぁ……星鎧を纏ってて表情が見えないから、本当はどう思ってるかはわからないけど。
まー君の本心を考えていると、「……囲まれたぞ」とまー君に言われた。
その言葉で私も周りを見渡す。
私達が杖の使い方で話してる間に、私達は車道の真ん中で澱みに囲まれてしまったみたい。
一通り倒したはずなんだけど……今の一瞬でそんなに湧いたの?
そんなことを考えていると、まー君はため息をついた。
「さっさと片付けるぞ」
「……大変そう」
私の口から、思わずそんな言葉が漏れる。
だって見た感じ、澱みは20体ぐらいいるんだよ?
慣れてきたとはいえ、大変。
さっき倒し終えたと思ったばかっりだし。
でもそのとき、いい方法を思いついてしまった。
私はすぐに「まー君!」と声をかける。
「合体技やろうよ!」
「そんなの無いぞ」
「今作ればいいの!合わせて!」
そう言った後、私はすぐに杖を両手で持って言葉を紡ぎ始める。
そんな私を見たまー君は、私がやりたいことがわかってくれたみたい。
まー君は私と背中合わせの状態で言葉を紡ぎ始めた。
「羊が1匹、羊が2匹。眠れよ眠れ。回れよ回れ。羊の群れ!大回転!」
「土よ。生命に安寧を与える土よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、この世に蔓延る澱みを押し上げ、吹き飛ばし給え」
私が杖を掲げると羊達が現れて、私達を中心に澱みを巻き込んで回り始める。
そして私はすぐに「まー君!お願い!」呼びかける。
まー君は「わかってる」と言いながら、杖の先を地面につけた。
すると羊の群れに巻き込まれて、動けなくなっている澱みの足元が盛り上がった。
澱みは呆気なく吹き飛ばされて宙を舞って、消滅していく。
そして、私達を囲んでいた澱みは1体も残らず消滅した。
私ながら、完璧。
嬉しさに浸っていると、「何だ今の!?なんか凄いな!」という驚く声が聞こえてきた。
私はその声がする方を向いて、「でしょ!」と言葉を返す。
「私が考えたんだ〜!」
「まぁ、1番長く真聡と戦ってるだけはあるね」
そこに立っていたのは星鎧を纏って、武器を持っているしろ君とすずちゃんだった。
2人は澱みが多かったので途中で別れていた。
そして今、合流してきたみたい。
こっちに来たってことは、2人の方も終わったのかな?
そんなことを考えていると、しろ君が「ところで……」と口を開いた。
「鈴保、気になってたんだけどさ」
「何?」
「お前、やり投げだろ?なのに槍を武器にして良いのか?」
しろ君がすずちゃんが持っている槍を指さしながらそう聞いた。
するとすずちゃんは肩に立てかけた状態から、両手で持って前に持ってきた。
「1番手に馴染むのがこれなの。
それにこれは星力で生成したもので、やり投げのやつとは別だから良いの」
「そういうものなのか……」
すずちゃんが一緒に戦うって言ってから数日経った。
そしてすずちゃんはもう武器の生成まで出来るようになっていた。
話してるの通り、槍です。シンプル。
でもしろ君のときも思ったけどさ。
みんな選ばれてから星鎧も武器も生成できるようになるの早くない?
しろ君も選ばれてすぐ星鎧生成できてたし、武器も勝二さんの一件が終わってから結構すぐにできてた。
1人で少し拗ねてると、まー君の「何してるんだ」という声が飛んできた。
いつの間にかどこかに行って、戻ってきたみたい。
そしてその言葉に「いや、もう澱みいねぇし」としろ君が返事をした。
「ここ数日は異常なんだ。もう少し……って言っても無駄か」
「無駄って何?」
「何でもない。とりあえず移動するぞ」
そう言いながら、まー君はギアからプレートを抜き取って、元の姿に戻った。
そしてどこかへ歩いていく。
私達もとりあえずはプレートを抜き取って、元の姿に戻る。
そして不満そうに「ちょっと」と言っているすずちゃんを先頭に、まー君に追いかける。
まー君は車道と歩道の間にある策を跨いだ後も歩き続ける。
その後、まー君はビルの間の細い路地に入ってから止まった。
日陰だからひなたより涼しい。
……ここも空気は暑いけど。
とりあえず私達は一息つく。
でもすずちゃんは「で、無駄って何?」とまー君に言葉を投げた。
「……もう少し気を張ってくれと言ってるんだ。お前達だって、少しは感じてるだろ。この違和感を」
「「違和感?」」
私としろ君はそう返しながら首を傾げる。
それを見たまー君は、ため息をつきながら「ほらな」と言った。
するとすずちゃんも「あぁ~……」とだけ呟いた。
「ねぇどういう意味?というか何の話?」
「そうだぞ。言ってくれないとわかんねぇぞ」
「あ、ちなみに私もその違和感はわかってないから。説明して」
「お前らなぁ……」
まー君はまたため息をついた。
……凄く呆れられてない!?
だけどまー君は「ここしばらく……」と口を開いてくれた。
「具体的には鈴保が蠍座に選ばれた日から、澱みが出てくる量がおかしいと思わないか?」
「言われてみたら……確かに?」
「確かにそうだな」
「いや、あんな怪物が出ること自体おかしいでしょ」
すずちゃんの言葉に、私としろ君は「「確かに!」」と返す。
言われてみればそうなんだけど、澱みや堕ち星のような怪物が出ること自体おかしいよね!?
というか私も最初はとても驚いたし。
そう、夜ちょっと眠れないぐらいには。
でもまー君は顔をしかめて、「違う」と呟いた。
どうやらそういうことじゃないみたい。
「それはそうなんだが……今はそういう《《根本的な話》》はしてない。
澱みが人型になって人を襲うだけでもおかしいが、最近は特に量が多い。だから気を張ってくれと言ってるんだ」
「あ、そういうこと?」
「なるほどな……俺も気をつけるわ」
「それに行ってもいないこともあるしね」
そう。すずちゃんの言葉の通り。
ここ数日、ほぼ毎日澱みが出たと聞いて探しに行っても、何回かは結局見つからないこともあった。
あれは……何なんだろうね?
澱みが出たら智陽ちゃんが連絡してくれるんだけど、嘘ついてるとも思えないし…………あれ?
「そう言えば……智陽ちゃんは?」
「メッセージが来ただけで見てない」
「俺達3人は学校から来たから今日はあってないな」
「というか最近、誰か会った?」
私がそう聞くけど、3人は首を横に振った。
つまりここ数日、誰も智陽ちゃんを見てない…ってこと!?
その事実に気が付くと……少し心配になって来た。
「ねぇ……会いに行かない?」
「何でだ」
「だってほら、一応仲間なんだしさ。心配じゃない?
だから今から会いに行こうよ!」
智陽ちゃんは戦えないけど、連絡とか情報でとても助けてもらってる。
だからちゃんと心配とかするべきなんだと思うんだけど……。
「私はパス。部活からの戦闘だから今からは無理。流石に疲れた」
「俺も……パスかなぁ……。今日は空手の日だからな……」
残念ながら、すずちゃんとしろ君には断られてしまった。
私の口からは「そんなぁ〜……」と落胆の言葉が漏れる。
「でも……仕方ないよね………まー君は?」
「俺もパスだ。超常事件捜査班にこの戦闘についての情報を共有しなければならない」
「えぇ〜!?」
「そもそも、誰も華山の家を知らないだろう。
そして『今から会いに行く』と言っても家を教えてくれるやつだと思うか?」
まー君のその指摘に私は固まる。
確かに言う通り過ぎて、反論ができない。
頭の中で智陽ちゃんが「いや、来なくていい。というか来ないで。私は元気だから」と言ってるのが簡単に想像できた。
「……そのうちどこかで会うだろ。
それに、そこまで心配が必要なやつでもないだろ。華山は」
そう言い残してまー君は歩き出した。
そう……だよね。
智陽ちゃんは1人の方が好きなタイプだから会わないだけ。
夏休み中に会わなくても、夏休みが終わったら学校で会える。
そう思って、私は既に歩きだしていた3人の後を追う。
前の3人が先に路地から出た。
次の瞬間、3人がいきなり倒れた。
「え!?何!?どうしたの!?」
私は反射的にそう言った後、走り出す。
そのとき。
私は首の後ろに激痛を感じた。
同時に、私の視界は真っ暗になった。