第075話 向き合いたい
誰かの話し声が聞こえる。
頭がぼーっとする。
……何があったんだけ。
私は靄がかかったような思考で頑張って思い出す。
今日は……部活に行った。
そっか。
私、熱中症で倒れたんだっけ。
やっぱり復帰したてはもう少し気をつけたほうが良かったかな。
……違う。痛いのは全身。
熱中症だったらこんな風な痛みはないはず。
これは熱中症による痛みじゃないことぐらいわかる。
頑張ってもう少し思い出してみる。
部活に行って……帰りに……澱みに襲われて。
それで……逃げて……颯馬が……。
「梨奈!?颯馬!?」
「すずちゃん!?どうしたの!?」
「私ならここにいるよ?」
叫びながら飛び起きる。
目の前に見えるのは白っぽい壁。
服は着ていたはずのジャージから、ドラマとかで入院してる人が来てる服になっている。
……どう見ても病院だよね。
そして声がした方を見ると、ガーゼで手当てをされた梨奈と白上がいた。
……そっか。
私、戦いが終わってから倒れたんだっけ。
状況を整理していると、梨奈が心配そうに「鈴保……?」と呟いた。
「大丈夫?」
「……うん。大丈夫。梨奈は?」
「私は大丈夫。というか鈴保の方が怪我酷いよ?」
「あぁ……通りで……」
その言葉で改めて自分の身体を見て、触る。
確かにあちこち、ガーゼや包帯が巻かれているのがわかった。
通りで全身鈍く痛いはず。
迷ってる間に結構殴られたり蹴られたりした。
絶対梨奈よりも殴られたし。
……そういえば。
「……颯馬は?」
「隣の部屋。陰星君と平原君も向こうにいるよ」
「あ、噂したら!ほら!」
白上のその声で病室の出入り口に視線を向ける。
すると確かにちょうど陰星と平原が入ってきたところだった。
そして入って来て早々、平原が「お~!」と声を上げた。
「気がついたか!良かった良かった!」
「小坂 颯馬も目を覚ました。これで本当に解決だ」
陰星のその言葉に、白上が「……早いね?」と返した。
「堕ち星になってからそこまで経ってなかったからかもな。
既に普通に会話できるまで回復している」
「砂山も心配なら、帰る前に顔見て帰ればいいと思うぞ?」
「別に心配は……いや、でも文句は言わないと………」
そこまで口にしたとき、私はもっと突っ込むべきことがある事に気が付いた。
「え、私今日帰れるの?」
「帰れるぞ。お前が倒れたのはいきなり星鎧を生成して戦ったからだろう。
怪我で倒れた訳じゃない」
そう言われてみて、手や足を動かしてみる。
確かにあちこち痛い。それはわかってた。
でも、折れたとかそういう感じでは確かに違う。
「あんなにやられたのに……」
「星座に選ばれた影響だろう。少々のことなら大怪我にはならないはずだ。」
……そう言われても、人と殴り合いなんてしたことないから普通がわからないんだけど。
でも、どこも折れてなくて安心した。梨奈も大丈夫らしいし。
……あと颯馬も。
ようやく、一安心出来た気がする。
そこに、梨奈が「……ありがと鈴保」と言って来た。
「私のためにあの姿になって戦ったんでしょ?」
「……うん」
「でも……危ないことはしないで……欲しい……な……」
梨奈が言い辛そうな雰囲気で呟くようにそう言った。
私はそれより梨奈が星鎧を纏った姿とかについて、私が言ってないことに怒らないことの方が驚いた。
私ならそこを突っ込みたくなるけど。
……やっぱり、梨奈は優しい。
でもきっとこの優しさが悪い方に働いて、私は勘違いしてしまったのかもしれない。
だけど、梨奈のその気持ちには応えられない。
私は梨奈から視線を逸らしながら、「……ごめん、それは出来ない」と答える。
「私、逃げるのはもう嫌。だから、今度は与えられた力と向き合いたい。
それに、やっぱり戦えるのに見て見ぬ振りは……できないし」
「鈴保……」
私が顔を上げると、梨奈が心配そうな顔をしていた。
私は梨奈の肩に手を置いて、言葉を続ける。
「大丈夫。私よりも強い3人が一緒だし。それに部活もちゃんと行くから」
「……無茶はしないでね」
「……うん。そっちは約束する」
梨奈が肩においてある私の手を握った。
なんだか理由は分からないけど笑えてきた。
そして私が笑うと、梨奈も笑った。
そこに、恐る恐る梨奈の隣にいる白上が「えっと……」と口を開いた。
「じゃあすずちゃんも、これから一緒に戦ってくれるの!?」
「だからそう言ってるでしょ。
というか、すずちゃんって呼ぶのやめてくれる?さっきも呼んでたよね?」
「え〜!?駄目!?可愛いから良いじゃん!」
「私も可愛くていいと思うよ?すずちゃん?」
まさかの梨奈が悪乗りしてきた。
とりあえず、「梨奈まで…やめてってば…」と口にする。
そして私の中では恥ずかしい感情と呆れてる感情が混ざって回ってる。
そんな私を置いて、梨奈と白上は笑ってる。
「可愛くていいのにね~」なんて言いながら。
……梨奈はさておき、白上は諦めたほうが良さそう。
そう思った私の口から、ため息が零れる。
そこに今度は平原が「じゃあ」と口を開いた
「これからもよろしくな!すず!」
「あ、平原は駄目。やめて」
「なんか俺だけ当たり強くねぇか!?」
平原は凄くショックを受けた顔でそう言った。
しまった。また反射的に思ったことをそのまま言ってしまった。
……でも別に平原だけに強く当たってるつもりはないんだけど。
そう思いながらも、私は渋々妥協点を口にする。
「……普通に呼ぶなら、下で呼んでもいい」
「おう!よろしくな鈴保!」
平原が凄く嬉しそうな顔でそう言ってきた。
……やっぱり理解できない。
そう思いながらも、私は「……よろしく、志郎」と言葉を返す。
……なんか疲れた気がする。
これからこのテンションの高い2人と一緒と思うと、少し先が思いやられる。
現にそんな2人はそのまま楽しそうに会話を続けている。
「でもいいよな〜あだ名って。ちょっと羨ましいわ」
「じゃあ私がつけてあげる!
う〜〜んとねぇ……あ、しろ君は?」
「いやそのまんまじゃん」
また反射的に突っ込んでしまった。
でも突っ込んでから思ったけど、私のすずもそのまんまだった。
「俺は気に入ったけどなぁ……」
「だよね!?いいよね?しろ君ってね?」
志郎はどうやら気に入ったらしい。
由衣の言葉にうんうんと頷いている。
それでいいんだ……。
そこからさらに、梨奈が加わって雑談が始まった。
なんか「鈴保をよろしくね?」とか言ってる。
でももう突っ込む気も起きないので、私は聞き流すことにした。
ぼーっとしてると陰星がベッドの隣に来ていて、「……砂山」と話しかけてきた。
「何?」
「別に、無理に戦わなくていいんだぞ」
……こいつ、私の話聞いてた?
そう思いながらも、私は「……さっきも言ったでしょ」と言葉を返す。
「確かに戦うのは嫌。だけど逃げるのはもっと嫌なの」
「……そうか。……無理はするなよ」
「わかってる。
……これからよろしく、真聡」
「……あぁ」
その返事を最後に、真聡からの言葉はなかった。
病室には、3人の高校生の賑やかな声が響いていた。