第064話 逃げ出した
降り注ぐ日差し。アスファルトから跳ね返ってくる熱気。
歩いてるのは平気だけど、立ち止まってると流石に辛い。
「あづい…」と思わず口から言葉が漏れる。
今、私がいる場所は市立病院の前。
バス停の影の下で、さっきの男の子と女の子を待っている。
理由は砂山ちゃんの話を聞くため。
そして、私が砂山ちゃんの話を聞く方に決心できたのは智陽ちゃんのおかげ。
通話で私の状況と考えを話したら「それも大切だと思うよ」って言ってくれた。そして「行くなら市立病院だと思う」とアドバイスまでくれた。
ただ……志郎君に砂山ちゃん探しを完全に任せてしまうのが少し申し訳ない。
だけど、あの巨大蠍の目的がわからない以上、さっきあの場にいた人を守るのは間違いではないと思う。……たぶん。
……ところで学校で怪我をしたときって、行き先は本当に市立病院であってる……よね?
実はやっぱり違う病院だったりする?
でもそれよりも暑い。日陰で手持ち扇風機を使ってるけど暑い。
途中でアイスとか買ってくればよかったかな……。
少し後悔していると、私立病院からまた人が出てくるのが見えた。
でも、私が待ち始めてから結構な人が出ていった。
今回も違うんだろうな……と思いつつ、目を凝らす。
あれは……私が探してた2人だ!
良かった!帰ってなかったし、私立病院で会ってたんだ!
でも隣に教頭先生もいるのも見えてしまった。
私の喜びで上がったテンションが下がっていく。
教頭先生。やっぱり怖いし、「目を付けられると面倒だから近づくな」ってまー君に言われてるし……。
でも話を聞くためには行かないといけないよね……。
そう考えていると、教頭先生がどこかへ去っていった。
そして、2人はこっちに向かって歩いてくる。
……今しかない。
そう感じた私は2人を追いかけて「あ、あの!」と呼び止める。
突然声をかけたから、驚かせちゃったみたい。
2人は顔を見合わせる。
先に口を開いたのは、男の子の方だった。
「お前、こんなとこまで着いてきたのか。
言っただろ、話すことなんてない」
「えっと……誰?というか何の話?」
そう言った女の子は左足をかばって立っている。
それを見た私は少し罪悪感を覚えた。
そして無意識に「その怪我……」と呟いてしまった。
「あぁ。さっき怪物に襲われたときに挫いちゃって。念の為って言われて病院まで来ることになっちゃった」
「……あいつを助けるからだろ。」
男の子が絞り出すように、吐き捨てるようにそう言った。
喧嘩してたぐらいだもんね。
やっぱり《《何か》》あったんだ。
だけど、女の子は男の子の言葉の後。
すぐにキッとした目つきになった。
「颯馬、そんな言い方ないでしょ。鈴保は私達の友達で仲間じゃん」
「でもあいつは逃げ出した。もう友達でも仲間でもない。」
「またそんな事!少しは鈴保の気持ちも考えたら!?」
「でもお前はあいつのせいで怪我したんじゃねぇか!」
「だからこれは私が自分で考えた結果だからいいの!」
今度はこの2人で喧嘩が始まってしまった。
止めないと。ここ病院の前だし。
それに私は鈴保ちゃんについて知りたい。
そう思い、私は2人の声に負けないように「あの!」と声を張り上げて、2人の言葉を遮る。
「鈴保ちゃんと何があったんですか!?」
☆☆☆
「ごめんね……みっともないところを見せて……」
「ううん!私も颯馬君に無理に鈴保ちゃんについて聞こうとしたし……」
何とか喧嘩は収まった。
そして私達はとりあえず病院近くの公園に移動した。
あと道中でお互いの自己紹介と私の事情を説明した。
名前は小坂 颯馬君と好井 梨奈ちゃん。
2人とも私と同じ1年生。そして2人とも陸上部で颯馬君は短距離、梨奈ちゃんはマネージャーらしい。
今は梨奈ちゃんと私はベンチに座ってて、颯馬君はウロウロしてる。
……颯馬君、やっぱりイライラしてるよね?
「で、鈴保に何があったかだよね。話して良いのかな〜…」
「放っておけば良いだろ。」
颯馬君の吐き捨てるような言葉に、梨奈ちゃんは「颯馬は黙ってて」とピシャリと言い返す。
「まぁ、無理にとは言わないから……」
「でも鈴保が危ないかもしれないんでしょ?」
「それは……たぶん……。まだ言い切れないけど……」
結局、澱みと堕ち星についてはふわっとだけど話してしまった。
一応今回は私達が戦ってるっていうのは言ってない。
でも「鈴保ちゃんが狙われてるかもしれないから、何とかしてあげたい」とは言った。
そして梨奈ちゃんは悩んでるみたい。
でも確かに初対面の人に友達の過去を教えてって言われたら困るよね…。
というか普通は断るよね……。
私だって初対面の人に昔のまー君を教えてって言われたら断るもん。
だけど数十秒後。
梨奈ちゃんは「うん、話すよ」と口を開いてくれた。
「鈴保に、私達に何があったかを」
「え、いいの!?」
「私達だって、鈴保をどうにかしてあげたいとは思ってるから」
「……俺は思ってないぞ。」
また冷たいことを言う颯馬君に、梨奈ちゃんは「いらないことを言わないで」と言い返す。
「まず、私と鈴保は小学校からの友達なの。それで、鈴保は中学校から陸上部に入ってやり投げを始めた。私も一緒にマネージャーとして入部して、そこで颯馬に出会ったの。
そのときの陸上部1年生はそんなに多くなくてさ。それに真面目に毎日来てた1年は私達3人くらいだったから自然に仲良くなったの。2人共、県の記録に届きそうでずっと頑張って練習してた。
でも鈴保は最後の3年生の大会を目前に肘を痛めちゃって。出れなかったんだ。その後鈴保はそのまま引退しちゃったし、学校に来る回数も減ったの。
そして、3年生の2学期に入ってから。ようやく学校に来る回数が増えたと思ったら、既にあんな感じになってて、余計に話しかけづらくてさ。
でも同じ高校に進学したし、推薦で入ってたから『またやり投げするのかな』って思ってたんだけど……ずっとあんな感じで私たちも困ってるの」
「そんな事が……」
「怪我をして、そのまま逃げ出しただけだろ。」
「またそんな言い方して……」
梨奈ちゃんの返しは、もう呆れたような声だった。
でも、3年間頑張ったことが結果を出す前に終わることになったら嫌だよね。
……つまり、まー君が「何もかも嫌になってる」って言ってたのは当たってたのかな。
……私は、鈴保ちゃんに何を言ってあげれるだろう。
そもそも鈴保ちゃんは何を望んでるんだろう。
考えてもわからない。
……でも、行動しないと何も始まらないよね。
気を取り直した私はベンチから立ち上がって、梨奈ちゃんの方を向く。
「話してくれてありがと。私、もう少し探してみる」
「お願いするね。私も、鈴保が家に帰ってないか一応聞いてみる」
私は「ありがと~!助かる……」とお礼の言葉を口にする。
鈴保ちゃんの家を知らないから、とても嬉しい言葉だった。
……でも聞いてもらっても、私達が知らないと意味がないよね。
……あ、そっか。
「……もし良かったら、連絡先交換しない?」
「確かに……交換したほうがいいよね」
私達はスマホのメッセージアプリを出して連絡先を交換する。
これで鈴保ちゃんが家に帰ってたら、私も教えてもらえる。
帰ってたなら安心できるんだけど……。
……でも鈴保ちゃんの家族に連絡が取れるまでは、探さないと。
私は、私にできることをしたいから。
その後、私は2人にお礼を言って公園を後にした。