第058話 喧嘩
「失礼しました……」
私はそう言いながら教室の扉を閉める。
廊下には嫌になる暑さと蝉の声が響いている。
窓の外を見ると、夏の刺すような日差しが照りつけている。
それを横目に私は廊下を歩く。
今はもう7月中旬。暑くて当たり前。
そして期末テストは終わって、授業も昼までになった。
楽しい夏休みは、もうすぐそこまで来ていた。
いつもの私なら夏休みが目の前で、テンションが上がっているこの時期。
それなのにテンションが下がっているのには理由があった。
それは私、白上 由衣は夏休みの補習に、半強制的に出席となってしまったから。
一応言うと、テストの点が壊滅的に悪いってわけではない。
でも「今後のことを考えると出席した方が良い」と担任のタムセンに言われてしまった。
だから私のテンションは下がりまくっている。
ちなみに、あのプラネタリウムでの戦闘から特に大きな事件はなかった。
だから私達はそれから研究所跡地での特訓、平原空手道場での稽古、あと期末テストの勉強もしてた。
……ちゃんと勉強、してたんだけどなぁ。
ため息が一つ漏れる。
そのため息と同時に、ちょうど通りがかった教室のドアが開いた。
そして中から志郎君が出てきて、私を見ると「お」と呟いた。
「由衣じゃん。お疲れ~」
「お疲れ〜」
「……やっぱり由衣も補習強制出席?」
「じゃあ、志郎君も?」
「あぁ……」
今度は2人揃ってため息を付く。
せっかくの夏休みなのに課題に加えて、補習もあるなんて頭が痛くなってくる。
とりあえず、私達は帰るために下駄箱に向けてゆっくりと歩き出す。
「補修嫌だね」なんて話をしながら階段を降り、廊下を歩く。
そして、下駄箱近くまで来たとき。
誰かが喧嘩する声が聞こえた。
声が聞こえるのは部室棟の方。
視線を向けると、そこで体操服姿の男子生徒と制服姿の金色の髪の女子生徒が喧嘩をしていた。
そして、その喧嘩を止めようとする体操服姿のもう一人の女子生徒も見える。
その光景を見て、志郎君が「あれ……」と呟いた。
「砂山か?」
「砂山って……体育祭のときの?」
そう。制服姿の金色の髪の女子生徒を私達は知っていた。
名前は砂山 鈴保ちゃん。志郎君と同じクラスで同じ体育委員。
私は体育祭のときに一度会ったことがあった。直接話してはいないけど……。
「……止めたほうがいいよね?」
「だよな」
私達は砂山ちゃんの方向へ走り出す。
しかし、私の肩に置かれた手と「おい」という声によって引き止められた。
振り返るとそこにいたのは私の幼馴染だった。
「あ、まー君」
「あ、じゃねぇだろ。どこ行く気だ。というかいつまで待たせる気だ」
まー君が不機嫌そうな顔で私の肩を掴んでる。その後ろには智陽ちゃんもいた。
確かに、まー君と智陽ちゃんには私がお願いして待ってもらってた。
それなのに、他のことをしようとしてる私が悪いことはわかってる。
でも喧嘩してるのを、見て見ぬふりなんて私には出来ない。
とりあえず状況を説明するために「だって」と口を開く。
「喧嘩してるんだよ!?止めないと!」
「誰と誰がだ。それに他人の喧嘩なんて首を突っ込むものじゃない」
「いやまぁ、俺の同じクラスのやつなんだけどな……?」
「まー君も会ったことはあるって!ほら体育祭のときの!」
私の言葉に、まー君の顔が曇った。
その数秒後、まー君は「覚えてない」と呟いた。
「……志郎、そいつとは仲がいいのか?」
「いや、そう言われるとそこまで話したこともないけど……」
「なら首を突っ込む必要はないだろ。俺は帰るぞ」
そう言い残してまー君は靴を履き替えに行ってしまった。
智陽ちゃんも「帰っていい?」と聞いてくる。
まー君と違って、残ってくれてはいるけど。
……何でみんなそんなに冷たいの?
そう思いながら、もう一度部室等の方を見る。
しかし、そこには誰もいなかった。
……つまり。
「喧嘩は終わった……ってこと?」
「みたい……だな。
……俺達も帰るか」
志郎君の言う通り、終わってるならもう学校にいる必要はない。
私はもやもやしながら下駄箱に向かう。
「ま、まぁ、俺達が行く前に解決?したみたいだし。これはこれで……な?」
「何かスッキリしない〜!」
志郎君がフォローしてくれてるけど、もやもやした気持ちは消えない。
靴を履き替えていると今度は悲鳴が聞こえた。
3人で悲鳴だと確認した私達は、慌てて外靴を履きながら聞こえた方へ走る。
悲鳴が発生した場所は下駄箱と校門の間。
そこで金色の髪の女子生徒、砂山ちゃんが巨大な蠍の怪物に襲われていた。