第057話 たまにでいいから
週明けの平日。
天気は今日も雨だ。
そのせいで屋上が使えないので、俺は仕方なく教室で昼休みを過ごしていた。
自分の席に座って騒がしい教室を眺めながら、昼食用のエネルギーバーを齧る。
そこによろよろとした足取りで、由衣が昼食の弁当を持ってやってきた。
そして前の席を借りてこちらを向いて座る。
しかし、明らかに様子がおかしい。
まず、最近はほぼ毎朝迎えに来るくせに今日の朝は来なかった。
休み時間も他の友人に話しかけられると返答はしていた。しかし、自分から話しかけに行く姿は見ていない。
そして今は弁当にも手を付けず、心此処にあらずの状態で座ってる。
いつものうるさいぐらいのハイテンションは見る影もない。
流石の俺も気になるので「何かあったのか」と声をかける
「え?な、何も……ないよ?」
ぎこちない返事。どう見てもおかしい。
そもそも、俺が気が付かないとでも思ったか。
「嘘をつくな。どう見ても様子がおかしいぞお前」
俺の指摘の言葉に、由衣は「うっ…」と声を漏らしながら目を俺から逸らす。
だがここで引いても仕方ないので、俺は言葉を続ける。
「何だ、俺に言えない悩みか」
「いやぁ……そうじゃ……ないんだけど……」
「じゃあ言え」
由衣は悩んでいるのか、うめくような声を出しながら目が泳いでいる。
しばらくして、ようやく口を開いた。
「実は……ひーちゃんと喧嘩……というか怒らせちゃって。
謝りたいんだけど……私わかんなくて……」
……なるほどな。日和が原因ならここまで落ち込んでいるのも納得だ。
小学生の頃ずっと一緒にいた5人で、最後まで一緒にいたのが日和だからな。
だが日和は由衣と違って静かなタイプだ。
しかし、由衣と本当に喧嘩するのは小学生の頃でもそんなに記憶にない。
流石に異常事態だと思い、俺は「原因は」と聞き返す。
「……プラネタリウム行ったじゃん?」
「行ったな」
「そのとき……実はひーちゃんも誘ってたんだけど、『部活があるから』って断られちゃったんだよね……」
「何で誘ったんだよ」と思わず突っ込みそうになったが、その言葉をなんとか飲み込む。
俺は由衣がちゃんと考えてあの4人だったのかと思っていた。
しかし、どうやら結果として《《たまたま》》あの4人になっただけのようだ。
「日和も俺達が堕ち星と戦っていることを知ってるから呼んでもいい」とでも考えたんだろうか。
……やっぱり由衣は、良くも悪くも楽しいこと1番主義だな。
しかし、今はそこに突っ込んでも話は進まない。
それに日和だって由衣と付き合いが長いので、そんなことで怒るとも思えない。
理由を聞くために俺は「それで」と言葉を返す。
「それで……帰った後に『今度はひーちゃんも一緒に行こうね!』ってメッセージを送ったら……『別に無理に私に合わせなくていい。もう誘わなくて良いから』って返事が来て……私、怒らせちゃったかなぁ………」
由衣はまたため息をついた。
テンションも調子も下がりまくってるのがよくわかる。
外は雨で由衣はこれだ。
ここの湿度だけ異常に上がってる気がする。
それにここまで下がってるのは久々……再会してからは初めて見た。
だが、流石にこれを放置するのはマズいだろう。
それに、もし今澱みや堕ち星が現れて「友人関係の悩みが原因でいつものように戦えません」なんて話にならない。
……仕方ない。橋渡しするか。
「……俺が日和に話を聞いてきてやる」
「……いいの?」
由衣は低いトーンで聞き返してきた。
本当に落ち込んでいるな……。
……いや、自分で行きたいのか?
「そう言ってるだろ。何だ、行かない方が良いか?」
「ううん。ありがと。でも…本当に良いの?まー君、嫌じゃない?それにこれは私とひーちゃんの問題だし…」
「面倒ではあるが嫌ではない。お前の調子が悪い方が困る」
元気付けるために、少し本音を零す。
すると由衣は「そっ……か、そうだよね!」といきなり大声でそう言った。
「明るいのが私だよね!まー君も暗い私よりも明るい私の方が好きだよね!」
由衣は話を聞いてもらいスッキリしたのか、はたまた俺が話を聞いてくるから安心したのか。
理由はわからないが元気になって、「いただきま〜す!」と言い弁当を食べ始めた。
普段のお前は賑やか過ぎるからもう少し静かにしてくれる方が助かるんだが。
だが今それを言うのは酷だと思い、またもや言葉を飲み込む。
そこからの由衣は、いつものように賑やかだった。
本音を口にしたことを後悔したのは、言うまでもない。
☆☆☆
放課後。生徒たちの様々な声が響く校舎内。
そんな中、俺は2つ隣の教室で人を待っている。
窓の外から聞こえる小さな雨音を聞きながら。
すると、教室の中から「お待たせ」という声と共に、リュックを背負った女子生徒が出てきた。
そう。由衣と日和の仲直りの橋渡しだ。
「いや、別に。それより、部活前に引き留めて悪かったな」
「すぐに始まらないし、少しぐらい遅れても大丈夫。
それより、真聡が私を呼び出すなんて珍しいね」
そう言いながら、俺の隣に並ぶ日和。
……さて、どう言うか。
普段の日和なら、由衣をあそこまで落ち込ませるようなことは言わないはずだ。
まだ怒ってる可能性だってある。
……いや、遠回りするだけ時間の無駄か。
覚悟を決めて、俺は口を開く。
「……俺は丁寧なことはできないから単刀直入に聞くぞ。由衣と喧嘩したらしいな」
その言葉を受けて、日和が顔を背けた。
……ミスったか。
しかし日和は、ため息をついた後。口を開いた。
「……由衣に『仲直りを手伝って』って頼まれたの?」
「いや、俺が聞き出した。あまりにもテンションが低かったからな」
「……責めに来たの」
「何でそうなる。事情を聞きに来たんだ」
もう一度、日和はため息をついた。
そして、「喧嘩……というか……」と口を開いた。
「私が一方的にキツく言っちゃったというか……。
由衣の性格はわかってはいるんだけど、何でかキツく言っちゃった」
「……なるほどな。
……だが、友達の友達と一緒に出かけるのは俺も気まずだろ。そこに関しては文句を言う権利があると思うぞ」
俺のその言葉を聞いて、日和は「そうだよね?」と言いながら顔をこちらに向けた。
「……それに、いつまでもあの頃の関係に拘る必要もないと思う。
私達、もう高校生だし。……それにお互い色々と忙しいし」
恐らくこの《《色々》》とは自分の部活などのもあるだろう。
しかし、一番は俺達の堕ち星との戦いのことが言いたいんだろう。
俺と由衣は星座に選ばれ、戦う力が与えられた。
しかし、日和は選ばれていない。ただの高校生だ。
「命の危険がある戦いに巻き込まれたくない」と思っても仕方がないだろう。
それに、いつまでも小学生の頃の関係に拘る必要もないのも事実だ。
俺はひとまず「そうだな」と返して、日和の考えを肯定する。
だが、俺は由衣と仲直りの手伝いとしてきた。
そのため日和と由衣の妥協点を見つける必要がある。
俺は推測にはなるが、由衣が思ってるであろうことを言葉にする。
「……由衣は俺達5人でいた、あの時間が楽しくて好きだったんだろう。
きっと今でもあの頃のメンバー出会えたらって思うんだろう。だから日和も、たまにで良いから、あいつと遊びに行ってやってくれ。
……これからも、あいつと友達でいてやってくれ」
日和からすぐに言葉が返ってこない。
廊下に響いている放課後の生徒たちの話し声とが良く聞こえる。
窓の外の雨音も聞こえる。
しばらくして、ようやく日和は口を開いた。
「……わかった。でもさ、真聡がそれを言う?」
「……どういう意味だ」
俺の返事に、日和はまたため息をついた。
「自覚ないならいい。
……でも、あまり他の人がいるときには誘わないでね」
「あぁ。誘うなら2人きりか、居るとしても俺までと言っておく」
「ありがとう。
……それと……ごめん。巻き込んで」
「別に。……そもそもこれは俺が戻ってきたから起きた問題だろう」
またもや訪れる沈黙。
だが、これは事実だろう。
俺がこの街に戻ってこなければ、俺が2人と再会しなければ起きなかったかったはずだ。
しかし日和は「でも、由衣は真聡にまた会えて嬉しそうだったよ」と呟いた。
今度は俺が言葉に困る。
俺が、2人と再会したのは予想外だったんだ。
「この予想外がなければ」と、何度思った事か。
……だがこれは、言っても仕方のないことだ。
俺は逃げるように「じゃあ、伝えておく」と話を纏める。
「うん。私からも謝る」
「じゃあまたな」
「うん。また」
別れを告げた俺達は、背中を向けあう。
そして、反対方向へ歩き出した。