第056話 日曜の朝
由衣達と別れてから、3時間は経っただろうか。
ようやく出番が終わった俺は、科学館を後にする。
雨はもう止んでいた。
俺は1人。使わない傘を手に持って、帰るために駅へと歩みを進める。
あの後。数十分に渡る地元の警察からの取り調べの途中、丸岡刑事が超常事件捜査班の数人の応援と共に来てくれた。
そして、先に来ていたこの周辺が管轄の警察官に俺のことを説明してくれた。
……やはり協会は、堕ち星に関することを俺に丸投げするつもりなのだろうか。
そして俺の存在が認められた後。ある程度情報を共有してもらった。
その1つに「黒服の男は防犯カメラにはぼやけて映っていた」という情報があった。
まぁ、由衣達や見鏡先輩親子の反応から予想はしていたが。
……あいつが認識阻害魔術を使えるのだろうか。
そして情報共有が終わった後。改めて合同で盗まれたものがないか調査をした。
結果、盗難物はやはりないと結論付けられた。
しかし、あいつは「必要なものは回収できた」と言っていた。
その証拠に、あいつは2枚のプレートを持ち去った。
なので、盗まれた物は回収しそこねた2枚のプレート。
何の星座か確認できなかったので、推測をするしかないが。
俺達が回収したのが天文関係の星座だった点から、盗まれた1つはレチクル座ではないかと結論付けた。
もう1枚については黒服の男が使っていたからす座ではないかと推測する。
恐らく俺と由衣の攻撃によって、他の堕ち星と同じように体内からからす座の力がプレートとして排出された。
それをあいつはすぐに拾って、再び取り込んで堕ち星に成り逃走したのだろう。
つまり、《《本当に》》盗まれたのはレチクル座だけだろう。
レチクル座がどんな力を持つかはわからない。
しかし奴らの手に渡った以上、悪用されるのは目に見えている。
……次出会ったときには取り返さないとな。
一方、俺達が回収した3つのプレートはそのまま持っていってくれと言われた。
科学館にあっても再び狙われるリスクがあるだけで、特に使えるわけではない。
そもそも、あった事すら認識されてなかった。
それなら俺が持っておいたほうが良いという結論になった。
現状こちらも能力などはわからないが、ありがたい話だ。
……それにしても、何で科学館に星座の神遺が4つもあったんだ?
それも学芸員の人達は「そのプレートを見たことがない」と言っていた。
レチクルや六分儀、八分儀、望遠鏡はもちろん置かれていた。
しかし、特別古そうな物や意味がありそうな物が合ったわけではない。
……やはり、わからないことが多すぎる。
そこで、信号の赤が目に入ったので俺は足を止める。
今日の出来事を頭の中で整理しながら歩いていたので気が付かなかったが、いつの間にか駅前まで帰ってきていた。
信号が青になったのでまた歩き出す。
特に寄り道をするつもりもないので、まっすぐ改札へ向かう。
そして改札の目の前まで来た。
改札を通るために、ポケットからスマホを取り出そうとする。
そこに「まー君!こっちこっち!」と、聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
一瞬空耳を疑ったが、どう考えても由衣の声だ。
驚きと疑いの気持ちで足を止め、振り返る。
そこには予想通り由衣がいた。志郎と華山も一緒に。
……先に帰っていいと言ったんだが。
それに調査の途中で見鏡先輩が様子を見に来たときに「既に帰った」と言っていたのだが……。
俺は疑問をそのまま「何でいる」とぶつける。
「いや……『何でいる』はないだろ……」
「ね。わざわざ待ってたのに」
「でも私が言った通りの反応だったでしょ?」
由衣のその言葉に志郎と華山は「まぁ確かに」という反応をする。
……どんな会話をしていたんだこいつら。
というか、俺の疑問の答えを貰ってないんだが。
俺はもう一度同じ言葉を投げかける。
「だって一緒に来たんだから、帰るときも一緒でもいいじゃん!」
「……先に帰ってて良いって言っただろ」
「まぁ怒んなって。
由衣は1人で頑張ってる真聡に差し入れするって張り切ってたんだから」
志郎は「ほらこれ」という言葉と同時にコンビニのビニール袋を渡してきた。
この感じだと……俺が超常事件捜査班と調査をしている間にコンビニに行って時間を潰していたのか?
俺は「怒ってはない」と返事をしてから、袋を受け取り中身を見る。
中にはスイーツが2つとミルクティーが1本入っていた。
あまりにも偏った中身に、俺の口から「何で中身が甘いものに偏ってるんだ」というツッコミが漏れる。
「だって疲れたときには甘いものでしょ?」
……前にも聞いたな、それ。
由衣から甘いものばっかり渡されるので、甘党にされそうな危機感を覚える。
しかし、せっかく買ってきてくれたんだ。
突き返すのは失礼なので、ありがたく頂いておくことにする。
「俺の為ならもらっておく」と返事をしてから、再び改札に向けて歩き出す。
スマホケースを改札に翳し、通り抜ける。
すると、改札を抜けたあたりで華山が早足で隣に並んできた。
「今日。初めてしっかりと陰星君が変身して戦うところを見たんだけど。やっぱり日曜の朝のヒーローみたいだよね」
……こいつ、まだそんな事を言ってるのか。
俺は呆れながら「だから違う。それに変身でもない」と否定する。
「そうは言っても……似てるよ」
「知らん。最初に星鎧を生成したときからあんな感じだった」
俺のその言葉に、華山は「ふ~ん」と返してきた。
「ねぇ。ベルトから音が鳴ったりさ、光ったりしないわけ?」
「しない。それにベルトじゃない、ギアだ」
そう返してから、俺はホームに上がるためにエスカレーターに乗る。
同時に後ろにいた由衣と志郎が「何を話しているのか」と聞いてきた。
面倒だが、説明しないと逆にずっと言われるので仕方なく説明する。
説明が終わると同時にホームに着いたので、エスカレーターを下りる。
最初に口を開いたのは志郎だった。
「日曜の朝のヒーローねぇ。昔は見てたな。智陽は今も見てるのか?」
「何。悪い?」
「いやいや!聞いただけだって!だからそんな顔しないでくれって……」
志郎のその声で、華山の顔に視線を移す。
すると、確かに凄い目つきで志郎を睨んでいた。
しかし志郎の弁解を受け、華山の目つきはすぐに普通に戻った。
そして、数秒の間を開けてから華山は口を開いた。
「……今になって見ても面白いよ。子供の頃じゃわからなかったストーリーの深さとかもあるし」
「そうなんだ……。
というかさ、まー君も昔見てなかった?」
由衣の言葉で華山と志郎の視線が同時に俺を捉えた。
華山の目に至っては少し輝いている気がする。
いらないことを言いやがって……。
とりあえず、この空気は気まずいので口を開く。
「昔の話だ。今はもう見てない」
「何だ。……今も面白いのに」
露骨にがっかりした声と共に、華山は視線を逸らした。
実際見ていたのは幼稚園や小学校の話だ。
今は見ている時間すらない。
一方、志郎は俺の言葉を気にしてないらしく、「……なんか気になってきたな。ちょっと調べてみるか」と言ってスマホを取り出した。
由衣もつられたのか、「私も調べる!」と言ってスマホを取り出した。
そこにちょうど電車が来たので俺達は乗り込む。
ラッシュの時間ではまだない。
そのため、電車はまだそこそこ空いていた。
由衣と志郎は空いてるシートに座った。
そしてスマホを見ながらさっきの話の続きをすぐに始めた。
……本当に調べているのだろうか。
電車が扉を閉めて、俺達を乗せて走り出した。
俺はドア際に立ち、何となくでガラスの向こうの外を眺める。
そこに、華山がまた「ねぇ」と話かけてきた。
「必殺技とか強化フォームとかは?」
……こいつ、しつこいな。
だが仮にも協力関係の相手だ。邪険にするわけにもいかない。
俺は内心呆れながらも「だから無いって言ってるだろ」と返す。
「何度も言わせるな。
……それに、俺は正義のヒーローでもできた人間でもない。俺はただ……俺がやるべきことをやってるだけだ」
「……正義のヒーローじゃない……か」
そう呟いた後、華山は口を閉じた。
何が言いたいんだこいつは。
俺は再び外に見える、雨に濡れた街に目線を向ける。
そもそも、俺は正義のヒーローなんて器じゃない。
俺を正義のヒーローだなんて、本物のヒーローに失礼だ。
俺は……誰も救えないんだから。
俺達はそのまま星雲駅に着くまで、言葉を交わすことはなかった。