第053話 黒服の男
「娘に付き合ってもらってすまないね」
「いえいえ!私こそ星座について色々な話を詳しく、わかりやすく教えてもらって楽しかったです!」
由衣が男性学芸員とそんな会話をしている。
俺達はそんな2人の会話を聞きながら、科学館内を移動している。
……まぁ志郎と華山、見鏡先輩も何やら会話をしてはいるが。
そして男性学芸員は、なんと見鏡先輩の父親だった。
彼は娘が褒められたからか、少し照れくさそうに笑ってる。
見鏡先輩は父親が科学館の学芸員のため、小さい頃からよく科学館に来ていたらしい。
そのため、ここまで星座のことが好きになったとかなんとか。
今は見鏡先輩の父親の案内でこの館にある天文台に案内してもらっている。
とは言っても入口までだが。
流石に学芸員の身内がいるとは言え、見学イベント以外では中に入れてもらえないようだ。
天文台へは一本道で誰もいない。
いるのは1人の学芸員と5人の高校生。俺達だけ。
俺達の話す声と足音がよく響く。
しかし、反対側から男が前から歩いてきた。
黒服にフードで顔を隠している、不審者のような恰好。
だがその男、何食わぬ顔で見鏡先輩の父親にお辞儀をした。
そして俺達とすれ違い歩き去っていった。
……どう考えてもおかしい。
違和感を覚えた俺は見鏡先輩に小声で「あの」と話しかける。
「見鏡先輩はここの学芸員の顔をほとんど覚えているんですか?」
「まぁ、大体の人は……」
「今すれ違った人に見覚えは?」
「そう言われると……始めて見た気がするような……」
その言葉を聞いて俺が覚えた違和感は確信に変わった。
俺は足を止めて振り返る。
そして、黒服の男の背中に言葉を投げる。
「おいお前。ここで何をしている?」
黒服の男は足を止めた。
「ちょっと迷ってしまってね。来た道を戻るところだよ」
しかし、振り返ることなく俺の言葉に答えた男。
その声は優しい、言うなれば王子様のような喋り方。
だが俺の耳には胡散臭さしか残らなかった。
由衣が「ちょっとまー君!?」と言っているが、俺は気に留めず言葉を続ける。
「普通の人にはそれで通るだろうな。だが、俺は誤魔化せないぞ。正体を見せろ」
俺が覚えた違和感。
それは黒服の男とすれ違ったときに、僅かに感じた澱みの気配と他の人の反応だった。
普通の堕ち星は澱みを抑えることは基本ない。
しかし、この男は意図的に抑えている。
そして他の人はこの男がいることを《《違和感なく》》処理しているような反応。
これは、認識阻害魔術の効果だ。
この男、ただものではない。
しばしの沈黙の後。黒服の男はため息を発した。
「バレないようにコソコソしてたのに……バレちゃったか。
君、もしかして噂の山羊座君?」
「その言い方だと初対面のようだな。蛇ではないなら何座だ、お前」
「それは秘密。
ここで戦っても良いんだけど……今日のやることはもう終わってるんだよね。だから、帰らせてもらうよ」
男がそう言い切ると澱みが一斉に湧き出す。
そこまで広くない通路に、かなりの数の澱みが現れた。
もちろん俺達は囲まれている。
見鏡先輩親子の悲鳴が聞こえる。
そして黒服の男は澱みが湧いたのを見ると、左手を振りながら立ち去っていった。
背中が澱みの群れの向こうに消えていく。
このままだとあの男に逃げられる。
俺は急いで指示を出す。
「志郎は澱みの殲滅。由衣と華山は見鏡先輩親子と一緒に天文台へ行って、あいつが何をしたか確認」
「まー君はどうするの!?」
「あいつを追う。ここは任せるぞ」
由衣と志郎が何か言ってるが、今は揉めている場合ではない。
俺は2人の言葉を無視しながら、左手を男が逃げた方向に構える。
そして、短く言葉を紡ぐ。
「風よ、吹き荒べ。澱みを吹き飛ばせ!」
左手を中心に前方に向けて突風が吹く。
突風によって澱みは吹き飛ばされ、消滅していく。
澱みの壁に穴が開いた。
俺はそれを確認すると同時に走り出す。
自分に認識阻害と身体能力向上の魔術を使いながら。
館内を走り抜けながら、状況を確認する。
まだ騒ぎになっていない。
だとすると、あいつは普通に出口から出たはずだ。
そう考えた俺は進路を科学館の出口に定める。
そして、科学館の出たところで黒服の男の背中を見つけた。
雨はまだ降っていて、男は傘をさして科学館から立ち去ろうとしていた。
一方、追いついた俺は傘をさしていない。
だが出る直前に防水魔術を使用したため、俺の身体は濡れてはいなかった。
そして俺は「追いついたぞ、堕ち星」と言葉を投げつける。
「おっと。追いついてくるとね。
じゃあ……ちょっと相手をしてあげようかな?」
そんな軽い言葉と同時に、黒服の男の姿は異形の姿へと変わった。
背中から翼が生え、口のあたりに嘴が現れる。
そして全身は黒い羽毛に包まれている。
辺りに人々の悲鳴が響き、周囲の人々が逃げ出す。
しかし、堕ち星はそれを気にしていないようだった。
これはこれで動きやすくて助かる。
だが、恐怖からか動けなくなってる人もいる。
俺は念の為に「死にたくないなら早く逃げろ!!」と叫ぶ。
一方、からす座は「そうそう、逃げろ逃げろ〜」と軽口を叩いている。
一般人を襲う素振りはやはりない。
今回はそこを気にする必要はなさそうだ。
そう考えた俺は、落ち着いて姿から推理した星座を口にする。
「その姿……からす座だな?」
「せえか~い!」
そう言いながら、からす座は羽根を飛ばしてきた。
俺はそれを左側に飛んで、転がって避ける。
そして転がりながらもギアを呼び出す。
追撃は来ないので立ち上がって、いつもの手順を取る。
「星鎧 生装」
その紡ぐと同時に、ギア上部のボタンを押す。
雨の中、星座の光が俺の身体を包みこむ。
その光の中で、俺の身体は星鎧に包まれる。
そして、光は晴れる。
からす座は星鎧を纏った俺の姿を見て、「やっぱり君が山羊座か……」と呟いた。
そして「じゃあお手並み拝見といこうかな?」と言って飛び上がる。
しかし、そのままこちらに突っ込んできた。
俺はそんなからす座の手を掴んで受け止める。
そこから力比べが始まった。
最初は互角だった。
しかし、途中から押されて俺は押し負ける。
だけど、体勢を崩す前に受け流すようにからす座を左側へ逸らす
そして俺は右斜め前に飛びこむ。
……やはり、この堕ち星は強い。会話ができるだけある。
正面からやり合うのはよくないな。
ならばどう攻めるべきか。
その答えはすぐに思いついた。
なぜなら、今日の天気は雨だ。成功するイメージはできてる。
俺はそんなことを考えながら転がって、体勢を立て直す。
それと同時に、からす座がもう一度羽根を飛ばしてきた。
俺は身体の前で左手を払い、風魔術で風の壁を作って防ぐ。
そして右手で杖を生成し、言葉を紡ぐ。
「水よ。生命の源たる水よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星と成りしカラスの座を追い、貫き給え」
唱える終わると同時に、杖先をからす座に向ける。
すると周りの雨水や地面の水たまりが手の平ほどの水球になった後。
一斉にからす座に向かって飛んでいく。
その水弾が逃げるからす座を追いかける様子は、まるでアニメなどである追尾するレーザーのようだ。
からす座は逃げ続け、水弾を壁や水弾同士、さらには自分の羽根などで潰して減らしていく。
それに対して、俺は減った分を補充するように落ちてくる雨水に星力を与え、水弾にする。
そしてからす座を追尾させる。
そんな戦いが1分ほど続いた後、決着がついた。
勝ったのは俺の水弾生成速度だった。
からす座は俺の斜め上の辺りで水弾に囲まれ、四方から水弾に被弾した。
姿が多量の水が衝突したことにより見えなくなる。
ひとまずは一撃を入れた。次はどう来る?
そう考えた瞬間。
俺は真上から黒い何かが落ちてくることに気がついた。
からす座だ。
やつがかかと落としで突っ込んできた。
俺はそれをギリギリの所で避けて、地面を転がる。
からす座は先程まで俺が立っていたところに立っていてる。
そして「外したかぁ……」と残念そうに呟いた。
「ところで俺、濡れると飛べなくなるんだけど。それをわかってて今の攻撃をしたの?」
「あぁ。鳥は濡れると羽の油分がなくなって飛べなくなるんだろ?
……だがお前はまだ飛べる。何故だ?」
「単純だよ。上に逃げたから当たっていない。それだけのことさ」
……なるほどな。
俺が操れるのは俺の周りの雨水だけで、上空の雨水はコントロールができない。
そうなると。仕留めるなら、からす座が逃げ回るなら俺も追いかけて、適度な間合いを保たないといけない。
しかし俺の魔術では浮くことはできても、鳥のように飛ぶことは不可能だ。
……ならば。
奥の手を出すしかない。
俺はギアから山羊座のプレートを抜き取る。
そしてズボンのポケットの位置の星鎧を一瞬消滅させて、わし座のプレートを取り出してギアに差し込む。
これは中等部時代に手に入れたプレート。
使おうと思い、ずっと持ち歩いては居た。
上手く行ったことはないが……今使えないとヤバい。
俺は呼吸を整えて集中する。
そして身体の中の魔力回路を駆け巡る星力を再認識する。
大丈夫だ。今の俺はあの頃よりも強い。
そして俺は言葉を紡ぐ。
「星座の力を宿す鎧 生成」
その瞬間、身体中に激痛が走る。
耐えろ。
今あいつを倒すにはこの方法しかない。
だから、何としても成功させなければならない。
そう自分に言い聞かせる。
しかし、それも虚しく山羊座の星鎧は消滅してしまった。
俺は痛みに耐えれず、地面に膝をつく。
この失敗が致命的な隙となった。
「何か面白そうなことしてるけど、失敗したみたいだね」
ゴロゴロと雷鳴が響く中、からす座の声が飛んでくる。
マズい状況がさらにマズくなった。
俺は痛む身体をおして、ギアにもう一度山羊座のプレートを差し直す。
「そうはさせないよ?」
そんな言葉を投げてきたからす座は、既に目の前いた。
そして蹴りが俺の鳩尾に入る。
俺は吹き飛んで、濡れた地面を転がる。
「遊びはここまで。君を倒しておくと、蛇君が喜ぶと思うんだよね。
だから悪いけど、ここで死んでもらうよ?それに、隙を晒した君が悪いんだから」
またもやからす座は既に目の前にいた。
右足は既に上げられている。
その直後、右足は俺に向かって振り下ろされた。