第042話 そんな力
警察の立ち入り禁止をなんとか潜り抜けて、ようやく怪物が現れたって場所に辿り着いた。
そして一番最初に目に飛び込んできたのは、一直線に伸びる火だった。
どういう状況か分んねぇけど、この火はきっと真聡が出したんだと思う。
実際に、火元には鎧を纏った人が2人見える。
あれが真聡と由衣だよな。
つまり、真聡が杖の先から火を出しているってことだ。
状況を俺なりに整理していると火が収まった。
もしかしてもう終わったのか?
確認しようとあたりを見回す。
すると2人の反対側に怪物がいた。
昨日と同じ、赤黒い身体に鋭い爪がある獣のような怪物。
あれが、あの優しかった勝二兄かもしれない。
そう思った次の瞬間、俺は気がつくと走り出していた。
俺は怪物に駆け寄って、肩を掴んで「なぁ!あんたは勝二兄なのか!?」のかと問いただす。
すると怪物の姿が変わり、人間の姿に戻った。
その姿は、俺の兄弟子であの優しかった勝二兄だった。
けどその優しかった面影はない。
目つきも顔色も悪い。
こんな勝二兄、見たことねぇ。
そんな勝二兄の口から「あぁ、そうだよ」と肯定の言葉が発された。
その言葉を聞いて、俺の中で何かが切れたような気がした。
「な……なんで……なんでだよ勝二兄!なんでこんなことするんだよ!?
昔俺が『誰かを守るためにもっと強くなりたい!』って言ったら『いい夢だ』って言ってくれたよな!『一緒に警察官目指すか?』とも言ってくれたよな!?
なのになんでこんなことすんだよ!?なんで人を襲うんだよ!?」
肩を揺さぶりながら俺は自分の思いを叫ぶ。
しかし、勝二兄の口から出たのは「……そうだったか?」という冷たい言葉だった。
「……じゃあ全部嘘だったのかよ。
……じゃあ勝二兄は俺のことを……どう思ってたんだよ!」
「俺は……お前のことが憎かった。恵まれた環境の癖に逃げるお前が。
ようやくその環境のありがたさに気づいたかと思えば、俺をすぐに追い越していくお前が!
俺は恵まれすぎているお前が!その才能が!憎かった!」
予想もしていなかった言葉に、俺は言葉を失う。
なんだよ、それ。
あの優しい笑顔の裏では俺のことをずっと憎んでたってことかよ。
ショックからか力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
そんな俺に勝二兄は追い討ちをかける。
「だがそんな日々も、もう終わりだ。俺はこの力を手にした。
俺はもう……誰にも負けない力を手にしタ!」
勝二兄の姿が再び怪物の姿に成った。
このままだと殺られる。
頭ではわかっていたが、もうどうでも良かった。
逃げる気力も、避ける気もなかった。
失意と共に、俺は目を閉じる。
「じゃあナ……シロウ……!」
次の瞬間、身体の横側から衝撃を感じた。
そしてそのまま吹き飛ぶ感覚。
痛みはある。
だけど、血が出た感覚などはなかった。
思っていたのと違う感覚で目を開けると、俺は紺色と赤色の鎧に庇われていた。
「志郎君!折れちゃ駄目!」
俺の身体を起こしながら、由衣は励ましの言葉を投げてくる。
だけど想像していたとはいえ、最悪の事態を前に俺の頭の中はショックでぐちゃぐちゃだった。
そんな俺の口から「もう……いいわ……」と情けない言葉が漏れる。
「諦めないで!
前も言ったけど堕ち星に成ってる人は普通じゃないの。だから私達が絶っ対に勝二さんを元に戻すから、だから折れないで!」
そう言い残して、由衣は真聡のところに走って行った。
既に真聡は勝二兄と戦っている。
そこに由衣も参戦する。
けど勝二兄は目では追えない速度で、2人を圧倒する。
結局、2人は吹き飛ばされて俺の前に転がってきた。
そんな2人の姿を見て、俺は思わず「……こんなの勝てるわけ無いだろ」と呟いてしまった。
すると、2人は立ち上がりながら言葉を返してきた。
「確かに、勝二さんは強いよ。
でもまだ、私もまー君も立てる。だから私たちは諦めないよ」
「……仮にあいつとの日々が嘘だったとしても、お前の中にあるものは嘘じゃないだろ。
前にお前が俺に言った『俺が戦えば、誰かが助かる』って言葉。それはあいつが堕ち星になって、今までが否定されたことで消えるようなものだったのか?」
「それは……」
真聡は俺の返事を聞く前に、去っていった。
由衣も俺を気にしながらも真聡を追いかけて行った。
そして、2人と勝二兄との戦闘が再び始まる。
一方、俺は言われたことについて考える。
確かに勝二兄は好きだった。本当の兄貴だと思ってた。
だけど、俺が怪物と戦いたいと思った理由に勝二兄は関係ない。
なんなら空手を始めた理由とも関係ない。
俺は小学生のあのとき、自分で戦えない誰かが助けを求めているなら助けたい思ったんだ。
だから俺は強くなるって決めたんだ。
視線を戻すと、真聡と由衣はまだ戦っている。
勝二兄は相変わらず目で追えない速さだ。
だけど真聡も負けじと速度を上げ、今は何とか渡り合っている。
そうだ。
俺はあの姿を見て、同じように誰かを怪物から守りたいって思ったんだ。
俺の口から無意識に、「やっぱり俺は……あの力が欲しい」と言葉が零れる。
「その気持ち、凄くわかるよ」
突然聞こえたその声に、俺は全身に鳥肌が立つような感覚がした。
そしてその声は、俺のすぐ隣から聞こえた。
声の主はいつの間にか俺の隣に立っている。
話しかけられるまで気配すら感じなかった。
俺は恐る恐る隣を見る。
嫌な雰囲気を纏う、全身赤黒い鱗の怪物。
こいつもきっと堕ち星だろう。
だけど、勝二兄よりも強いと感じた。
だけど俺は、圧に負けずに口を開く。
「なんだよ、お前」
「そう身構えないでよ。僕は君に力を与えに来たんだ」
「力を……?」
「そう、力。君がやりたいことを何でもできる力。欲しいだろ?」
「それは……」
欲しいか欲しくないかで聞かれたら欲しい。
だけど、俺はこいつが放つ邪悪なオーラを無視できなかった。
そんな俺に鱗の怪物はさらに誘いの言葉を投げてくる。
「山羊座と一緒に居ても、力は手に入らないよ?
だって、あいつは《《そういう奴》》じゃないから」
それは……そうだろうな。
真聡はきっと、俺に力は与えてくれない。
だけど、おかしくなった勝二兄と同じ感じがするこいつから受け取る力はまともなのか?
俺は悩みながらも、考えを口にする。
「俺は……お前からは受け取らない。お前の力は勝二兄をあんなふうにした力だろ。だったら、俺はそんな力はいらねぇ。
俺は誰かを守る力が欲しいんだ。人をおかしくさせて、誰かを襲う力なんて欲しくねぇ!
お前から受け取るくらいなら、力なんて一生いらねぇ。俺は死ぬまで力が手に入らないとしても、真聡や由衣について行く!」
「はぁ……残念。君は自分の心に蓋をするんだ」
怪物の左手が伸びてきた。
この手に触れられたらマズい。
本能がそう言ってる。
俺は反射的に右手でその手を払う。
そして「いらねぇって……言ってんだろ!!!」と叫びながらダメ元で左手で怪物を殴る。
その瞬間。左手が凄く熱くなった。
しかし、俺の拳は右手で止められた。
だけど怪物は俺の拳を払って、後ろに下がって距離を取った。
俺の拳が、効いた。
そして左手の熱さは全身を駆け巡って、今までにないほど力が湧いてくる。
「これなら……いける!!!」
俺は距離を詰めて、もう一発食らわせる。
怪物は俺の拳を嫌そうに払いのけた。
やっぱり、効いている。
鎧を着た2人よりも威力は低いだろうけど、前よりは確実に手応えはある。
さらに追撃にもう一発入れようとする。
しかし、腕を掴まれて止められてしまった。
「生身のくせに……調子に乗るな!!」
俺は突き飛ばされ、地面を転がる。
……やっぱり生身では怪物とは戦えないのかよ。
鱗の怪物が近づいてきて、その手が俺に伸びる。
なんだよ、ここまでかよ。
そう思った時。もう一度、風が吹いた。
俺は反射的に腕で目を守る。
腕を目の前から退けると、紺色と黒色の鎧が俺と怪物の間にいた。
俺に伸ばされた手は真聡がその手首を掴み、止めていた。
「山羊座……またやられに来たのかい?」
「この前のお礼をしに来たんだよ。今日こそお前を倒す」
「ふぅん。でもどうするつもりだい?このまま3人で一緒に燃え尽きるか?」
「あまり俺を……舐めるな!!」
真聡はそう叫ぶと、言葉を紡ぎ始めた。
「氷よ。世界に永遠を与える氷よ。今、その大いなる力を我に分け与え給え。今、澱みに塗れ堕ちた星座と成りしへびの座に永遠の眠りをもたらし給え」
次の瞬間。鱗の怪物と真聡は掴まれている手首からゆっくりと凍り始めた。
俺は真聡から溢れる冷気に危険を感じて、慌てて距離を取る。
その間にも真聡と鱗の怪物は凍っていく。
だけど腕以外も凍り始めたとき、その氷は砕けた。
そして鱗の怪物は後ろに下がって、真聡と距離を取った。
「まさか凍らせてくるとはね。ちょっと驚いたよ。
今日ここで決着をつけても良いんだけど……僕としてもやりたいことがあるからね。今日は帰らせてもらうよ。
こじし~?僕帰るから~」
そう言い残すと、鱗の怪物は飛ぶように繁華街のビルの間に消えてしまった。
俺はとりあえず、真聡の元に駆け寄る。
するとそこに、由衣が転がってきた。
転がってきた方を見ると勝二兄がいて、俺を見ていた。
「シロウ……お前もカ……。
お前はいつもそうダ。俺がどんなに努力しても、それを簡単に越していク」
「そんなこと……ねぇよ」
「まぁいイ。力を得たからには今度こそ決着をつけよウ。俺とお前、どっちが強いカ」
そう言い残した後。
勝二兄も飛び跳ねるよう移動して、繁華街のビルの間に姿を消した。
夕闇が迫る戦いの場には、3人の高校生だけが残された。