第037話 バカ息子
その後。
俺達は平原 志郎の母に連れられて、平原空手道場にお邪魔することになった。
……まぁ、由衣は先にお邪魔していたのだが。
そして道場内で円形に座り、平原 志郎の両親も交えた計5人で先程の堕ち星を始め、こちらの事情など色々な話をしていた。
そして一通りのこちらの事情を話した後。
鍛えられた身体に髭を剃っていない顔が印象的な、言うなれば圧がある男性。平原 志郎の父親が「うちのバカ息子がまた迷惑をかけたな。すまない」と座ったまま頭を下げた。
「いえいえ!そんなそんな!私だって無理言って、色々教えてもらったんで!」
由衣が右手を顔の前で振りながら答える。
「そうか……そっちの青年は?」
今度は平原 志郎の父親の視線が俺を捉えた。
自己紹介……しておくかぁ。
しかしそれよりも早く、由衣が口を開いた。
「私の幼馴染の陰星 真聡です。怪物退治だと私の先輩になります」
「なんでお前が俺の自己紹介をするんだ。それぐらい自分でする」
自分でするつもりだったのに、何で由衣がしたんだ。
こいつは俺を何だと思ってるんだ。
しかし、平原 志郎の父親はそんな会話は気にしていないようだった。
「そうか。俺は志郎の父、平原 大牙だ。うちのバカ息子は君にも迷惑をかけたんだな。すまなかったな」
今度は俺に向けて頭を下げる平原 大牙さん。
確かに「俺も怪物と戦いたい」と言われたときは困ったが……本人の父親に謝られるほどは……ない。
なので俺は「いえ、別に」と言葉を返す。
するとそのとき。
平原 志郎が「親父!」と大きな声で叫んだ。
「黙って聞いていりゃ実の息子をバカバカバカバカ言いやがって!しかも自分の息子の友達相手に言うか!?」
「黙らんか!それに2度しか言ってない!
言われたくなければ、しっかり勉強して期末テストの点数を上げろ!」
痛烈なカウンターが飛んだ。
平原 志郎は反論できないのか、言葉に詰まっている。
……中間テストの点数悪かったんだな、こいつ。
それが原因で父親と喧嘩してるのか?
だがまぁ……テストの点が悪いのに自分の子供が違うことに夢中になっていたら……叱りたくもなるか。
しかし、平原 志郎は父親への反抗心からか反論を再開していた。
俺はその会話を聞いて、1つの疑問を思い出した。
「そういや、由衣。お前はどうだったんだ」
「えっ、私!?わ、悪くはなかったよ!?」
「つまり良くもなかったんだな」
「うぐっ…」
隣に座っている由衣の視線が露骨に俺から逸れていく。
どうやらこっちにも心配要素があるようだ。
……いや、その話をしてる場合ではない。
堕ち星について話さなければ。
俺は「すみません」と言って、言い争いをしている平原親子に割って入る。
「さっきの怪物の元の人間に心当たりはありませんか」
「ん?
……あぁ、恐らくはうちに通っている深谷 勝二だろう」
平原 大牙さんは答えた後、深く息を吐いた。
その言葉を聞いて、由衣が「あの……」と口を開いた。
「なんで言い切れるんですか……?」
「技を出す癖などもそうだが、何よりあいつの悪い癖である足の動かし方が一緒だった。それに数日前から連絡なく休んでいるからな」
「じゃ……じゃあ、やっぱりあの化け物が勝二兄だって言うのかよ!」
「お前だって動きでわかっただろう」
平原 志郎から何とも言えない声が聞こえた。
どうやらかなりショックだったようだ。
……いや。知り合い、ましてや親しかった相手が怪物だと言われたらかなりショックだ。
その気持ちはよくわかる。
平原 志郎の視線は下を向き、手が震えている。
……こいつの前では話を続けない方が良いだろうか。
しかし、俺の懸念をよそに平原 志郎は口を開いた。
「じゃあ……あんなに優しかった勝二兄が俺を狙ってるってことなのか……!?」
「……そういうものだ。堕ち星ってものは。
その人がどういう人だったかなんて関係ない。相手が誰であろうと堕ち星になってしまった以上は戦うしかないんだ」
「そう言われても……信じられっかよ!」
平原 志郎はそう吐き捨てて、道場を飛び出していった。
母親の「志郎!」という声が道場内に響く。
……少しきつく言いすぎただろうか。
いや、俺は事実だ。
信じれなくても、相手が誰であろうとも、戦わなければ犠牲が出る。
だから怪物退治なんて、首を突っ込むべきではないんだ。
そして飛び出していった平原 志郎は母親は追いかけていった。
……だが今俺が気にするべきことではない。
優先すべきは堕ち星を倒すことだ。
俺は手がかりを得るために「……動機とかはわかりますか?」と平原 大牙さんに問いかける。
「……いや、わからんな。
志郎が言った通り、優しいやつだった。だから俺も実感がないぐらいだ」
「そうですか」
それならこれ以上ここにいる必要はない。
動機などは丸岡刑事に連絡をして、超常事件調査班で調べてもらったほうが良さそうだ。
俺は「ありがとうございました。今日は帰ります」とお礼の言葉を口にする。
そして鞄を手に取り、由衣に「帰るぞ」と声をかける。
そんな俺達を平原 大牙さんが「待ちなさい」と呼び止めた。
「陰星君……だったか」
「何ですか」
「君もうちで学ぶといい」
いきなりの提案に、俺は理解が追いつかず固まってしまう。
そんな俺の代わりか、何故か由衣が「いいんですか!?」と言葉を返した。嬉しそうに。
「あぁ、俺の教え子が起こした問題だ。
……本来なら俺が責任を負うべきだが、怪物は普通の人間では歯が立たないんだろう。だったら、それぐらいはさせてくれ」
俺は格闘技には詳しくない。
だが、平原 大牙さんの全身を見れば普段から鍛えていて、ただものではないのが俺でもわかる。
それに、由衣のこと短期間での成長を見るに教えるのも上手なのだろう。
……だが、不必要に他人と関わるのは避けたい。
しかし、この人に教わるのはこれからの戦いに役に立つかもしれない。
体術は焔さんから教わり、その後は我流で来た。
ぶっちゃけ、そろそろ限界を感じていた。
……ここは甘えさせてもらおうか。
「では、お言葉に甘えさせて貰います」
「やった〜!これで私も堂々と教えてもらえる〜!」
何故か嬉しそうに手を叩いて喜ぶ由衣。
……何が嬉しいのやら。
そして俺達は、次の夜の教室が始まるまで、みっちりとしごかれる事になった。