第033話 教えた覚えはない
土曜日昼前。
俺はいつもの研究所跡地の駐車場で特訓していた。
堕ち星を無力化する方法がわかったので、今後の戦い方も変わってくる。
そのため、できれば由衣も来て欲しいのだが…。
あいつはここ数日、放課後など「用事があるから……ごめん!」と言って顔を出さないことが増えた。
そして今日、ようやく来ると言ったのだが……昼前なのにまだ来ない。
何だあいつ。この前まではやる気に溢れていたのに。
星鎧が生成できるようになり、熱を出して……やる気がなくなったのか?
いやそんなやつじゃなかったはずなんだが……。
そう考えていると「遅れて……ごめん……!」という声が聞こえてきた。
振り返ると、ちょうど由衣が息を切らしながら階段を上り切ったところだった。
「あ?なんだ、やっと来たのか」
「いや……その……本当にごめん。ちょっと……寝すぎちゃって……」
荒い呼吸。申し訳なさそうな表情。いつもより整っていない髪型。
ようやく来た由衣はいつもと違う雰囲気と姿だった。
……何をしてるかはわからないが、しばらく様子を見るか。
もし何か俺に不利益が生まれることをしていても、対処はもう少し後でもいいだろう。
それよりも今は今後についての方が大事だ。
あれ以来、堕ち星は出ていない。
だが次にいつ出るかはわからない以上、悠長にしていて良いわけでもない。
「で、今日はどうする」
「今後について話すんじゃなかったの?」
「じゃあまずそうするぞ」
☆☆☆
「つまり……これからは2人とも星鎧を生成して戦う。それで堕ち星とかの相手をまー君がして、私は援護。でも、堕ち星を人間に戻すのは私の役目……ってこと?」
「纏めるとそうだな」
「おっけ〜!私も頑張るね!」
そう言いながら由衣は座ったままガッツポーズをする。
遅れてきたときは少し心配したが、いつものようなテンションに戻っていた。
とりあえず俺は「……無理だけはするなよ」と一応、釘を刺す。
「わかってるって!」
元気な返事が返ってきたが、前回それで熱を出している。
……本当に大丈夫か?
だが、気にしていると話が進まない。俺は懸念を横に置いて「で、次」と話を進める。
「星鎧が生成できるようになったから次の段階だ。武器と固有能力についてだ」
「武器は……まー君が使ってる杖みたいなやつだよね?」
「俺はそうだな。お前だとまた別のものになるだろうが」
「固有能力は……まー君だとあの火とか水を出すやつ?」
実際は違うのだが……別に今訂正するほどのことではない。
「まぁ……そうだな」と返事だけをして、話を進める。
「とりあえず、武器から始めるか」
「わかった!…ってどうするの?」
「まずは星鎧を生成してくれ」
すると由衣はもう一度「わかった!」と言うと、立ち上がって俺から少し距離を取った。
そしてレプリギアを呼び出し、いつもの手順で紺色と赤色の星鎧を生成した。
「ここからどうするの?」
「自分の固有能力や戦い方、そしてどんな武器だと戦いやすいかを考えろ」
「……ねぇ、私の固有能力って何?」
その質問に、俺は言葉に困ってしまった。
それははえ座の堕ち星を人の姿に戻したとき以外、牡羊座の固有能力と思われるものを見ていないからだ。
つまり、俺も具体的なの能力がわからないのが本当のところだ。
そうなると……これが1番楽か。
「……軽く、手合わせするか」
「え?」
俺は困惑している由衣を気にせず立ち上がって、ギアを呼び出す。
場所を少し移動しながら、俺もいつもの手順で紺色と黒色の星鎧を生成する。
そして、星座の力を宿した鎧を身に纏う。
「ほら、こい」
「いや『こい』って言われても……」
「戦うための能力だ。なら実際に戦ったらわかるだろ。それにこの前、はえ座を元に戻したときもパンチだっただろ」
しかし、由衣は気乗りしないのか「それは……そうだけど……」と歯切れの悪い返事だ。
「何を渋ってるんだ。お互いが星鎧を生成してるんだ、生身のときと大差ない。ほらこい」
そう俺が言うと、由衣はようやくやる気になったのか「じゃあいくよ……?」と返してきた。
そして、距離を詰めてきてパンチの予備動作に入る。
避けれないことはないが、避けたら意味がない。俺は無詠唱耐衝撃魔術を使用し、星力を左手に集中させて受ける準備をする。
そして、由衣の拳を左手で受ける。
凄まじい力が左手にかかる。
しかし、特に身体に異常はない。しっかりと受けきれた。
ただ……前より拳が重くなっている気がする。
打ち方も見覚えのない打ち方だった。
あんな打ち方、教えた覚えはないが……。由衣1人だけで、それに短期間でこんなに威力が変わるか?
色々考えて黙っていると心配したのか、由衣が「……どう?……大丈夫?」と声をかけてきた
「特になんともない」
「そんなぁ~……」
そもそも、一撃でわかったら苦労しない。
……色々試してみるか。
「このまま身体動かすぞ。他は後だ」
「……わかった」